バラードはうまく歌えない

「OKです!」

 カットごとに切り分けられたリード曲のМV撮影が終了。

 とにかく何とか終えられたことに心底ほっとして。出来を云々自分で言えるほどではもちろんないが、教えてもらったことを自分の全力で踊った。出し切った。

 とは言え、これで終わりではない。МVではないライブパフォーマンス的な動画用に、ちゃんとフル尺の中で通しで踊れるように特訓は続く。

 最後は七人の引きで終わるカットだった。しばらくの静止後にOKが出るとみんなポーズを解き、カメラ奥にあるテーブルへ歩いていく。私物や、みんなでつまむ菓子や飲み物が置いてある。ほぼ予定通り進んだこともあってかスタジオ内の雰囲気は良く、お疲れさん、と声がいくつも上がった。

 多分息が上がってるのは俺だけだろう。撮影中はなるべく抑えてたがカットがかかって一気に息苦しくなった。

 みんなのいるテーブルへ行くか迷う。バミられてた俺の位置から少し離れたところで一人立ち尽くしてしまった。

 スタッフさんは片付けを始めていて邪魔にならないよう隅に寄って。俺はみんなに受け入れてもらってないから。今日だって挨拶と撮影時の位置確認でちょこっと話した程度。

 凛さんと東雲さんとは普通にしゃべれるけど、他のメンバーはだめだ。無視されるギリギリの態度を取られるのがわかってるから声をかけることに躊躇するし、身構えるから余計な体のこわばりを覚えて、言っちゃいけないけど疲れる。

 メンバーに加入してから二か月以上経つとはいえ平日には授業があってレッスンに来れないから、実際に顔を合わせるのは週末のみだ。

「樹君、お疲れ様。頑張ったね」

 後ろからぽんと肩をたたかれた。

「ありがとうございます」

 声をかけてくれたのは藤堂さん。本当に言葉通り頑張っただけだ、クオリティだとかそういったものを語るレベルにない。

「みんなお菓子つまんでるよ。樹君も糖分補給しなきゃ、ね」

 先に立って俺を促す。行きたくないわけでもないし、俺が拒む理由もない。藤堂さんの後ろをのろのろと歩いてみんなのいるテーブルにたどり着く。

「みんなお疲れ様。今までの動画共有サイト用の撮影とは勝手が違って疲れたんじゃない?」

 藤堂さんがみんなの顔をぐるりと見渡す。

「違いましたけど、俺すっごく楽しかったっす」

 飛鳥さんが楽しそうに答えた。踊れる人の感想なのだろう。元気が溢れている飛鳥さんのダンスは見ている方も楽しくなる。

「それはよかった。フミ先生もみんなのこと褒めてたよ」

 きっと俺はその中には入ってないな。先生にはずっと怒られっぱなしだったし、凛さんにも「間違ってはないな」って言われる程度だし。

 みんなの楽しそうにお菓子をつまむのを藤堂さんの後ろで見ていると、東雲さんが優しく笑いながらチョコがかかった個包装のクッキーを差し出してくれた。

「疲れた?」 
「……はい、少し」

 藤堂さんに背中を押されて、東雲さんの隣でクッキーを受け取る。

「たくさんあるからしっかり食ってけ。藤堂さんの差し入れだから気兼ねなく食うといいぞ」

 そう言ったのは凛さん。その言葉通りいろいろな形のクッキーが山積みされている。

「そうそう。スタッフ分は別にあるから好きなだけ食べるといいよ。このお菓子は瑞希君のリクエストなんだ」
「はい」

 確かに甘いものを口にしたい気分だ。包装を開けてそっと一口食べると、口の中に少し苦みのあるチョコレートが広がった。とても美味い。もう一つ貰ってもいいだろうか。

「樹」

 ……え。

 机の真ん中にあるクッキーの山に手を伸ばそうとした時、ぼそりと名前を呼ばれた。それは凛さんでも東雲さんでもなく。

 初めて名前を呼ばれた、しかも下の名前で。呼んでくれたのは、京さん、安藤京さんだった。

 その場が静まり返って。

「……はい」
「ちゃんと形になってた。かなり頑張ったんだな」

 にこりともしないが、俺の見る限り京さんはいつも誰にでもこんな感じで。
 口数が圧倒的に少ないけど間違ったことや人を貶すようなことを言わない人で、ストイックなダンスは凛さんとエスブレの双璧だ。

「そうね、個性のかけらもないけどこれからだよね。京さんの言う通り、いいんじゃない?」

 とはすでに役者として芸能活動をしている瑞希さん。0歳から芸能界にいて、濃いめのオーラを放つ。

「俺もそう思う。個性なんてあとからついてくる。まずは踊れるようにならないと」

 と言うのは瑞希さんの隣に立つ大学三年生の海斗さん。瑞希さんとは同い年らしいクールな人。ファンの人からは整った顔立ちもあって氷の王子と呼ばれているのだと藤堂さんが言っていた。

「あ、ありがとうございますっ」

 三人から、凛さんと東雲さん以外のパフォーマンス担当のメンバーから初めて言葉らしい言葉を向けられた。しかも褒めてもらえた。少しだけど、俺的には上等だ。

「俺もまあ、お前の歌、嫌いじゃないしな」

 踊りに関してではないけど、飛鳥さんからも。

「……ありがとうございます」

 なんか。
 なんか、目頭が熱くなって。堪えないと。でも抑えた手のひらからとめどなく流れ出て。

「大丈夫。みんな樹君の頑張りをわかってるんだよ」

 藤堂さんが背中をさすってくれる。こんなことで、と思ったかもしれないけど、自分が思ってた以上に嬉しかったようで勝手に涙が零れ出た。

「ありがとうございます……」

 本当に嬉しかった。声をかけてくれたことが、少しでも褒めてもらえたことが。今の俺に見合った評価なのだとわかるから。

「樹、もう泣くな。お前はちゃんとS-Bulletのメンバーでボーカルだ」

 温かい凛さんの手の平が俺の頭をがしがしと撫でて、その勢いのままがしっと一瞬抱きしめられた。よくやった、と褒めてくれた。

 顔合わせの日に初めてエスブレのパフォーマンスを見せてもらって。セクシーだけど硬派で、品があって、カッコ良くて、魅力的で、惹きつけられて。

 とにかく衝撃で、あまりにもプロフェッショナルなパフォーマンスに、そこに自分がいることを想像できなかった。
 でもその輝きの中に自分もいたいと強く願って。でも俺には何もなくて、同じように輝くためには、一ミリでも近づくためには、それには死に物狂いで努力するしかなくて。今もまだ足りてはいない。

「ウチの末っ子は泣き虫なのかな、樹?」

 東雲さんの声は優しい。

 いいえ。俺は泣き虫じゃないです。声にならないから精一杯首を横に振る。
 泣くのは今日だけだ。ここから始まるのだから。

「ウチのチームは強気に勝ちに行くタイプで絶対引かないからね。樹も食らいついておいで」

 目尻を手の甲で強く拭って。

「はい!」

 顔を上げた。