講義が終わって、すっかり夕方な街の中の事務所を目指す。
「おはようございます」
仕事をしている社員さんの邪魔にならないように会釈をしながらそっとデスクとデスクの間を通り、藤堂さんのもとへ行く。
「樹君、お疲れ様」
パソコンのキーボードから手を放して藤堂さんはにこりと笑った。
「凛君からもらった活動要望書、今検討中だからもう少し待ってね」
いや、そうじゃなくて。いや、そうと言えばそうなのか。それが発端ではあるけれども。
「あの……飛鳥さん、もう来てますか?」
「飛鳥君? うん、来てるよ。レッスン室へ行ってるはず。飛鳥君とぶつかったって、凛君から少し聞いてるよ」
……そりゃ報告はするよな。お菓子の取り合いみたいな可愛らしいものじゃなかったんだし。ぶつかった中身も凛さんは藤堂さんに話したのだろうか。聞いて、まだまだ理解が足りない子だと思ったかな……。
「俺が悪かったんです、ちょっと知ったかぶったから」
「実は詳しくは聞いてないんだけど、意見を言うことは悪いことじゃないよ。思っていることを言えないようなグループじゃ困る。もし間違えていたのなら正せばいいだけなんだ。ちゃんと言えば伝わるはずだから。これからも思ったことは口に出して。僕にでも凛君にでも、誰でもいいから」
藤堂さんは頭ごなしに否定しない人だ。揉めたことも間違えたことも。
「僕と高宮さんで始めたエスブレのプロジェクト、とても自信があるんだよ」
俺をデスクに座ったまま俺を見上げる藤堂さんは楽しそうににこっと笑う。
「必ず成功させたいし、その力を最初からみんな持ってる。だからぶつかっても大丈夫。目指すところは同じだよ」
「……ありがとうございます」
そうやって期待してくれるから、俺は最後まで頑張りたい。その笑顔を曇らせたくない。
「行っておいで。エスブレは7人だよ。誰が欠けても成立しない」
藤堂さんの満面の笑みに背中を押されて、エスブレの名前で取ってあるレッスン室のドアを開ける。
「おはようございます」
しかしいつも一番刺さる視線をくれる飛鳥さんはいなかった。藤堂さんはレッスン室にいると言っていたのに。そして珍しく凛さんも。藤堂さんのところにはいなかったから、取材や何か用事で遅れているのだろうか。
「凛は個室に飛鳥を飛び出し中だよ。雷を落とすって言ってたけどね」
ドア口で止まった俺に東雲さんは一番欲しい答えをくれた。
「あ、はい」
そうですか……。雷……、この間のことだよな。揉めたことなのか、俺と飛鳥さんの空気が悪いことなのか。揉めたことは違うか。誰も止めなかったし、東雲さんも意見だと言ってくれた。
じゃあやっぱりいつまでも終われてないことだ。
次は俺か。怒鳴られるんだろうな……。
前に夜に出歩いてた時、凛さんにドカンと怒られた。
歌の練習で通っていたカラオケ店に向かう途中で少し理不尽に感じたけど、まあ、デビュー前にトラブルがあってはいけない(それは今もで、学生の俺と飛鳥さんは、バイト・夜遊び禁止は継続中)というのはわかるし、寮の門限を破って出てきてるのもあって、ちゃんと怒られた。意地悪で言ってるわけじゃないというのも重々わかってるので。
今回は前と違うが、怒られ案件に値するだろう。いつまでやってんだと。
二人とも怒られてこの件は終わるのであれば俺は飛鳥さんに謝る必要はないのだろうか。いや、別か。フェードアウトは居心地が悪い。
ちょっと個室を覗いてみようか、レッスン室の向かいだ。個室は定員一人か二人ほどの、ボーカルや発声の練習などをする電話ボックスを広げたような、レッスン室よりずっと狭い防音室だ。
凛さんがここにいないということはまだ始まらなくて自由練習。なので俺はレッスン室に荷物を置いて、廊下へ出る。個室が並ぶ中明かりがついているところが使用中ということになる。今は一つしかガラス面の多いドアから明かりは漏れてなくて、凛さんと飛鳥さんがそこにいるのだとわかる。
視界に入らないようにそっと遠目にドア越しに部屋の中を伺う。
………。
一番尊敬する凛さんから雷、となると飛鳥さんもしゅんとしているのだと思ったら、二人とも和やかな雰囲気だった。何より飛鳥さんは顔を上げて話していたし凛さんも飛鳥さんの頭をくしゃくしゃと撫でていた。
雷……? 違うな、ただ話してるだけだ。割と軽めに注意されたとかそんな感じか。雷を落とすべきだとは思わない。今の無視されてる状態が終わればいいのであって。
いつまでもここにいても仕方ないのでレッスン室に戻って、ストレッチを始める。飛鳥さんが戻ってきたら呼ばれるのだろう。俺もあんな感じで注意されるのだろうな。
「よし、始める」
と。
凛さんと飛鳥さんが戻ってきた。
え? 俺は?
「シェイプでアップな」
フミ先生はいない、自主練習に近いチーム練習。
東雲さんがデッキを操作し曲が始まる。カウントが鳴るなかでみんな位置につきイントロと同時に動き出す。
俺は東雲さんと真ん中でエアマイクを握る……が。
俺は……?
SHAPEに続き、そのまま止めることなく二曲を流す中、自身も踊りながら鏡越しにみんなを見ていた凛さんが活を入れる。
「残すなよ、出し切れ!」
大音量でみんなの息遣いは一切聞こえないが、全力で三曲ぶっ続けはきつい。
そんな中でも、俺は飛鳥さんに続いて呼ばれなかったことが気になっていた。凛さんに気付かれれば集中しろと怒られるとは思うが。
しかし練習時間を使うのも違うから練習が終わった後に、というのもわかる。
それもまた落ち着かない……。
「おはようございます」
仕事をしている社員さんの邪魔にならないように会釈をしながらそっとデスクとデスクの間を通り、藤堂さんのもとへ行く。
「樹君、お疲れ様」
パソコンのキーボードから手を放して藤堂さんはにこりと笑った。
「凛君からもらった活動要望書、今検討中だからもう少し待ってね」
いや、そうじゃなくて。いや、そうと言えばそうなのか。それが発端ではあるけれども。
「あの……飛鳥さん、もう来てますか?」
「飛鳥君? うん、来てるよ。レッスン室へ行ってるはず。飛鳥君とぶつかったって、凛君から少し聞いてるよ」
……そりゃ報告はするよな。お菓子の取り合いみたいな可愛らしいものじゃなかったんだし。ぶつかった中身も凛さんは藤堂さんに話したのだろうか。聞いて、まだまだ理解が足りない子だと思ったかな……。
「俺が悪かったんです、ちょっと知ったかぶったから」
「実は詳しくは聞いてないんだけど、意見を言うことは悪いことじゃないよ。思っていることを言えないようなグループじゃ困る。もし間違えていたのなら正せばいいだけなんだ。ちゃんと言えば伝わるはずだから。これからも思ったことは口に出して。僕にでも凛君にでも、誰でもいいから」
藤堂さんは頭ごなしに否定しない人だ。揉めたことも間違えたことも。
「僕と高宮さんで始めたエスブレのプロジェクト、とても自信があるんだよ」
俺をデスクに座ったまま俺を見上げる藤堂さんは楽しそうににこっと笑う。
「必ず成功させたいし、その力を最初からみんな持ってる。だからぶつかっても大丈夫。目指すところは同じだよ」
「……ありがとうございます」
そうやって期待してくれるから、俺は最後まで頑張りたい。その笑顔を曇らせたくない。
「行っておいで。エスブレは7人だよ。誰が欠けても成立しない」
藤堂さんの満面の笑みに背中を押されて、エスブレの名前で取ってあるレッスン室のドアを開ける。
「おはようございます」
しかしいつも一番刺さる視線をくれる飛鳥さんはいなかった。藤堂さんはレッスン室にいると言っていたのに。そして珍しく凛さんも。藤堂さんのところにはいなかったから、取材や何か用事で遅れているのだろうか。
「凛は個室に飛鳥を飛び出し中だよ。雷を落とすって言ってたけどね」
ドア口で止まった俺に東雲さんは一番欲しい答えをくれた。
「あ、はい」
そうですか……。雷……、この間のことだよな。揉めたことなのか、俺と飛鳥さんの空気が悪いことなのか。揉めたことは違うか。誰も止めなかったし、東雲さんも意見だと言ってくれた。
じゃあやっぱりいつまでも終われてないことだ。
次は俺か。怒鳴られるんだろうな……。
前に夜に出歩いてた時、凛さんにドカンと怒られた。
歌の練習で通っていたカラオケ店に向かう途中で少し理不尽に感じたけど、まあ、デビュー前にトラブルがあってはいけない(それは今もで、学生の俺と飛鳥さんは、バイト・夜遊び禁止は継続中)というのはわかるし、寮の門限を破って出てきてるのもあって、ちゃんと怒られた。意地悪で言ってるわけじゃないというのも重々わかってるので。
今回は前と違うが、怒られ案件に値するだろう。いつまでやってんだと。
二人とも怒られてこの件は終わるのであれば俺は飛鳥さんに謝る必要はないのだろうか。いや、別か。フェードアウトは居心地が悪い。
ちょっと個室を覗いてみようか、レッスン室の向かいだ。個室は定員一人か二人ほどの、ボーカルや発声の練習などをする電話ボックスを広げたような、レッスン室よりずっと狭い防音室だ。
凛さんがここにいないということはまだ始まらなくて自由練習。なので俺はレッスン室に荷物を置いて、廊下へ出る。個室が並ぶ中明かりがついているところが使用中ということになる。今は一つしかガラス面の多いドアから明かりは漏れてなくて、凛さんと飛鳥さんがそこにいるのだとわかる。
視界に入らないようにそっと遠目にドア越しに部屋の中を伺う。
………。
一番尊敬する凛さんから雷、となると飛鳥さんもしゅんとしているのだと思ったら、二人とも和やかな雰囲気だった。何より飛鳥さんは顔を上げて話していたし凛さんも飛鳥さんの頭をくしゃくしゃと撫でていた。
雷……? 違うな、ただ話してるだけだ。割と軽めに注意されたとかそんな感じか。雷を落とすべきだとは思わない。今の無視されてる状態が終わればいいのであって。
いつまでもここにいても仕方ないのでレッスン室に戻って、ストレッチを始める。飛鳥さんが戻ってきたら呼ばれるのだろう。俺もあんな感じで注意されるのだろうな。
「よし、始める」
と。
凛さんと飛鳥さんが戻ってきた。
え? 俺は?
「シェイプでアップな」
フミ先生はいない、自主練習に近いチーム練習。
東雲さんがデッキを操作し曲が始まる。カウントが鳴るなかでみんな位置につきイントロと同時に動き出す。
俺は東雲さんと真ん中でエアマイクを握る……が。
俺は……?
SHAPEに続き、そのまま止めることなく二曲を流す中、自身も踊りながら鏡越しにみんなを見ていた凛さんが活を入れる。
「残すなよ、出し切れ!」
大音量でみんなの息遣いは一切聞こえないが、全力で三曲ぶっ続けはきつい。
そんな中でも、俺は飛鳥さんに続いて呼ばれなかったことが気になっていた。凛さんに気付かれれば集中しろと怒られるとは思うが。
しかし練習時間を使うのも違うから練習が終わった後に、というのもわかる。
それもまた落ち着かない……。



