バラードはうまく歌えない

 明らかに俺は飛鳥さんに無視されている。まるで加入した頃のように。 いや、それ以上か。

 怒らせたのは俺だ。だからそんな態度を取られても仕方ないとは思う。
 だけど、五日間も無視ってどうなんだ。完全に無視。

 二日目の時、飛鳥さんに詫びを入れるべきなのかと思った。でも飛鳥さんに謝ると言うのはなんだか違う気がして。
 
 俺の提案は今はまだ実現不可能だ、というだけでひどく的外れだったというわけじゃない。だから詫び入れは止めた。

 飛鳥さんの気が収まるまで待とうか、なんてことを思っていたら、今日で五日目。

「あれ? 今、夏目さん通らなかった?」

 瀬名は少し声を落として俺に気持ち顔を近づけて言った。事務所関係のことはちょっと声を落とす、ということを覚えてくれた。

「……通ったね」

 大学の学食で瀬名と昼飯を食っていた。相変わらず瀬名はお洒落なランチボックスで、俺は今日はうどん定食で。

 飛鳥さんは食堂の全面ガラス張りの窓の際を歩いて行った。俺たちはその食堂側の窓の際にいたにも関わらず、ちらりとも見た様子はなかった。

「スルーして行ったね。樹に気付かなかったのかな」

 いや、気付いたからスルーしたのだ。

「……飛鳥さんを怒らせちゃって」
「樹が?」

 瀬名は驚いているけど、茶飯事というか、なんというか。飛鳥さんから笑顔を向けられたことなんてない。怒っているわけではないだろう時でも。

「そう」
「謝った方がいいんじゃない?」
「うーん、まあ、うん」
「夏目さんに謝ってほしいの?」
「いや、そうじゃない」

 謝るとか謝らないとかじゃなくて、あの場でもう終わってるべきなんじゃないかと、何日も引っ張るのは。

「夏目さん、ちょっと怖そうだもんな。悪い人ではないと思うけど、ちょっと怖い」
「あはは……うん、いい人だよ、ただ、今回は俺に怒ってるだけ」
「でもエスブレって絆つよだから、喧嘩ぐらいじゃ壊れるなんてことなさそう」
「そう見える?」
「見えるよ。たまーに事務所で見かける樹たち、いつも楽しそうだよ」
「STMは?」

 スペシャル・トゥ・ミー、というグループ名で、愛称?はSTMと言うらしく。やっぱり聞けば瀬名はセンターだった。

「ウチは、そうだなあ……リーダーの速水さんがしっかり者だからみんなついていってる感じかな。割とビジネスライクっていうか、仲良し、って言われると違うかもしれない。仲が悪いというわけでもないんだけどね」

 まったく知らない者同士がグループになるって、そういうものだよな。

 ウチは俺以外は三年目、特に最初は大変だったことを考えれば瀬名のグループのような時期はとうに過ぎていて、家族みたいなものな気がする。
 俺はまあ……まだ半端ものかな……。

「デビューシングル、好調だって聞いたけど。おめでとう」

 先週とうとうデビューした瀬名たち。良い感じだと藤堂さんから聞いたのだ。
 俺が瀬名と大学で出会って昼飯を一緒に食う仲だと藤堂さんに話した時、すでに藤堂さんは瀬名が同じ大学だと知っていて。まあマネージャーさん同士、そういう情報の共有もするのだろう。

「ありがとう。マネージャーさんも予想を越えた伸びだって言ってた」

 瀬名は心底嬉しそうだった。

 エスブレとは違い、正統派なアイドルグループ。事務所が大々的に売り込んだ結果なのだろう。ある程度作り込まれたレールを瀬名たちは走っているのだと思う。

 それはもちろん良いとか悪いとかではない。グループごとに戦略は違うということだ。

 ……と、わかってきた。ただ自分たちが一生懸命やっていれば売れるかというとそうでもない、ってことに。

「明るくて元気が出る曲だった」
「聴いてくれたの? ありがとう」

 デジタル配信の方で曲を買った。上手くいかない日もあるけどそんな時はきっと誰かが手を差し伸べてくれる、だから明日は元気を出して頑張ろう、というデビュー曲らしいさわやかな曲だった。

「これからメディアへの露出も増えていくんだろう? 近いうちに歌番組に出たりバラエティに出たりする感じ?」
「うん、そんな感じ」

 仕事の話は、お互い話せないことも多い。

「オンエアとか決まったら教えて」
「了解。ちゃんと教える。樹も何か決まったら教えてよ? ライブとかライブとかライブとか」
「ぶっ……。そんな3回も言わなくても」

 思わず噴き出したけど。

「だって生で見たいよ、エスブレ。立花さんたちのダンスも樹や水無瀬さんの歌もさ」

 瀬名も気にしてくれるのか。動画のコメント欄にもライブはいつやるのか、という書き込みもちらほら見る。 嬉しくてありがたい。

「うん、ありがと」


 食堂で別れ、次の講義の教室へ向かいながら瀬名の言葉を思い出すに。

 やっぱりいつまでも飛鳥さんと空気が悪いのはいけないと思った。時間をかけるところじゃない。

 今日事務所に行ったら、飛鳥さんと話をしてみよう。ちゃんと理解してなかったことを謝ってもいい。飛鳥さんの気持ちもちゃんと聞きたいから。