バラードはうまく歌えない

「よし。じゃあ、これをまとめて藤堂さんに提出するか。いくつか通ればいいが」

 凛さんが今の今まで鉛筆を走らせていた、藤堂さんからもらってきた事務所のコピー用紙数枚をとんとんと机で整えた。

「うん、こういう形で俺たちも運営に参加させてもらえるのはとてもありがたいよね」

 東雲さんは頷いた。

 今日は、これからみんながエスブレの活動としてやっていきたいことを藤堂さんに提出するためのメンバー7人だけの会議だった。
 俺も顔出し解禁となってやれることが増えたからだ。もちろんライブの希望も含んでいる。最終的には藤堂さんや会社の判断にはなるが、メンバーの希望も出してほしいということで。

「まあ、エスブレ自体が実験的だしな」
「あの……」

 会議が終わろうとしている。ずっと迷っていた。言うか言わないか。でも思っていることを腹にためているのはよくないと思って。

「ん? なんだ、樹」
「楽曲の話なんですけど」
「うん」

 凛さんが真っ直ぐ俺を見る。こういう会議で初めて口を開く俺を見る視線は優しかった。ちゃんと聞いてくれようとしている。

「エスブレのみんなで全曲やる、というのを提案したいです。振付も含めて」

 ずっと思っていたことだ。 

「……ああ、なるほどな」
「無理だろ」

 凛さんが何かを言いかけたところへ、俺の向かい側に座っていた飛鳥さんが被せてきた。ばっさりと、吐き捨てるように。

 その言い草にムッとした。
 誰かに向かって話していたわけじゃなくみんなに、ではあったけど、凛さんが答えてくれようとしていたのに、横から奪い取るなんて。……どうせ俺が嫌いだからだろう。聞く耳なんて持ってないんだと思う。

「どうしてですか?」

 それでもこの話を終わらせてしまうのは嫌だった。

「フルアルバム全曲なんて無理だ。せいぜい二曲か三曲あたりだろ」

 どうして飛鳥さんがそんなことを言えるのだろう。凛さんでも東雲さんでもなく。

「作詞も作曲も振付も、エスブレ内でできるじゃないですか。実験的なのだとしたら、それもありじゃないんですか」

 がっつり飛鳥さんと正面切って目が合う。喧嘩みたいなことをするつもりはないけど、言葉に険が滲んでしまう。

「ありだとしても、二、三曲だっつってんだろ」

 飛鳥さんは最初から喧嘩腰か。

「作詞は飛鳥さんも東雲さんもできるし、作曲は東雲さん、海斗さんができる。振付だって、凛さんと京さんがいる。何が不足なんですか」
「足りてるとか足りてないとかの話をしてるんじぇねえんだよ。売れるかどうかの話だ。エスブレだけで金をとれるものが本当に作れるのか、って話だ。入場無料のお遊戯会じゃねえんだぞ」

 あれがお遊戯会なわけない。飛鳥さんは自分のことまで否定してることに気付かないのだろうか。

「俺は作れると思います」

 そう言った途端、飛鳥さんは机をドンと重く叩いた。

「バカ野郎! 冗談は大概にしろ。お前、お勉強だけできる空っぽ野郎なんだな?」

 はあ!? 俺の中でぶちっと何かが切れた。

「飛鳥」

 京さんが飛鳥さんの名前を呼んだけど、飛鳥さんは反応することなく俺をじっと見ている。いや、睨んでる、が正しい。

「エスブレっつっても、たくさんの人が関わってて、大きな金も動く。それに見合うだけのものが作れるのか、それが高宮さんたちに認められるのか、ってことなんだよ。そんなこともわかんねえのかよ」
「飛鳥、もうやめておけ」

 そう言ったのは凛さんだったか。

「一年たったからって、偉そうな口をきくな」

 !

「あ、飛鳥さんだって、まだ二年じゃないですか!」

 偉そう? 冗談じゃない。そんなわけないだろ!

「おい!」

 パイプ椅子を倒して立ち上がった飛鳥さんに胸倉を掴まれる。くそっ、そんなことで怯むと思ってるなら大間違いだ。

「ふざけんな! お前の一年と俺たちの一年を一緒にすんじゃねえ。調子に乗るな。どれだけ凛さんと東雲さんと藤堂さんが苦労して道を作って、みんなで必死にやってきたと思ってんだ!」

 当然俺は話で簡単にしか知らない、わかってるよ、そんなことは。でも俺だって!

「俺だって必死にやってます!」
「お前にわかるわけない。わかってたまるか。お前は舗装された道を歩いてるだけなんだよ。砂利道なんかじゃなくてな!」
「じゃあ、俺は一生認められないんですか、俺はどうやったら砂利道から始められるんですか!」

 そんなに砂利道が偉いのか。もうそこへは行けない俺はどうすればいいんだよ!

「それぐらい自分で考えろよ、俺たちにあれこれ言う前にな! お前はちゃんと歌うのが先だろ!」

「飛鳥、その辺でやめときな。その一年は樹に背負わせるものじゃないだろ」

 そんな横柄なつもりはない、と言い返そうとした時、瑞希さんの静かな声が会議室に響いた。

「……ッ」

 飛鳥さんは小さく舌打ちして俺から手を放し、自分の座っていた場所へ戻った――と思いきや、会議室を出て行った。すでに会議は終わってはいる、だからいいのだろう。誰も止めなかった。

「樹、いつかはそういう形に持っていけたらいいけど、今はまだ」
「……」

 そう言う瑞希さんに俺は頷くことができなかった。

「よし、会議は終わり。レッスン室空けてもらってるから、自主練する奴はやっていけ。以上」

 少しの沈黙の後、凛さんが立ち上がり会議室を出ていくのをきっかけに、他のみんなも会議室を出ていった。

 だけど俺は腰が重く、立ち上がれなかった。何かよくわからなけいけど、納得がいかなくて。今、レッスン室に行きたくない。飛鳥さんもいるだろうし。自主練と言いながら結局みんな練習するのだ。

 俺はダンスだけじゃなく、もちろん歌の練習もしなければならない。逃げるみたいだけど、個室で歌の練習をしたい。

「樹」

 一番最後に席を立った東雲さんがドア口で振り返った。

「今日はたくさん意見が言えたね。樹の言うことが間違っていたわけじゃない。瑞希も言ってたけど、今はまだ、ってだけだ。エスブレはレベルの高いチームだ。でも作詞作曲、振付を全部自前でやれるかと言えば、今は誰もゴーサインを出さないと思う。俺もそう思うし、飛鳥もそう思ってるんだろう。もっと磨いていかなきゃならない。凛や京くんだってフミ先生から学んでる最中だと思うよ」

 東雲さんの優しい声が染みる。言葉がすとんと入ってくる……。
 下っ端のくせに、生意気なことを言ってしまった。飛鳥さんの言う通りだ。軽んじたつもりはなかったけど、みんなの怒りを買ったかもしれない。大人だから何も言わなかっただけで本当は。

「……余計なことを言いました」
「余計なことじゃない。樹がそういう風に考えてくれていたことは嬉しいよ。樹はどうする? レッスン室行く? 自主練だから、行かなくてもいい。飛鳥に遠慮する必要はない。こうやって言い合うのも大事だよ。みんなエスブレを良くしようと思ってのことだ。今日を糧に明日はまたみんなで積み上げていくよ」
「はい」
「うん、よし」

 東雲さんはにこりと笑って、会議室を出て行った。

 歌……俺は歌えてないのかな……。
 今になって、飛鳥さんの言葉が胸に刺さった。