「樹!」
学食で一人、ラーメンをすすっていたら。
また、あの大きな声で。
ちょ……本当にやめてほしい。注目されてるのは俺じゃないとわかってるけど、近寄られるとこっちまで注目……いや、俺、多分認識されてないかも。
みんな自分のことで精いっぱいだよな。勉強しにきてるんだから。どちらにせよ少々寂しいやら、ありがたいやらで。
いや、ちょっとぐらいこそこそざわざわされてもいいのに……なんて思うのは俺も大概だな。俺は芸能人じゃないって。今度、飛鳥さんに訊いてみよう。知らない人から声を掛けられたことがあるかどうか。
「昼飯? 俺も一緒に食べていい?」
女子数名と手を振って別れて、こちらへ来る。モテるんだな。いや、わかる。ホントにキラキラしてるし、それが案外嫌味じゃない。
もう二度と会うことはないと思っていた朝倉瀬名、あれ以来本当によく会う。今日みたいな学食だったり、大学の正門だったり。
「……どうぞ。できればもう少し声控えてくれると嬉しい」
「あ、ごめんごめん。ありがと」
瀬名は今でもとにかく目立つ。来月デビューすると、大学内大変なことになるんじゃないかと思うけど……。
瀬名は向かいの席に座ると、鞄からお洒落な紙袋とお茶のペットボトルを出した。
「樹はいつも学食?」
「うん」
お弁当を作るよ、と母親は言ってくれたものの、一応稼ぎはある身なので、学食で昼はとっている。なんてったって安いし。二十歳になるまでは事務所からの給料は親管理で、この4月から小遣いを昼飯代を乗せて増量してもらった。
「一人で食べてるの?」
瀬名は紙袋を開いて、中から分厚いサンドイッチを取り出す。紙袋がお洒落なら、中身も当然お洒落なわけで。
「うん、まあ……友達いないし」
高校で仲の良かった友達はみんな違う大学だ。サークルなんかに入ることもないから友達できないかもしれない。まあ、瀬名がいるし。そちらはたくさんお友達もいそうですが。女子とか。
瀬名はいただきますをちゃんとして、サンドイッチを頬張った。……なんか食う姿も背筋がピンと伸びててキラキラしてる気がするな。他の人がどんな人か知らないけど、瀬名ってグループのセンターなのかもしれない。
「あれ? 夏目さんは? 同じ大学だって聞いたけど」
夏目……ああ、飛鳥さんのことか。
「学部も違うし学年も違うから会うことないよ」
俺を見つけても声はかけないだろう。
「そうなんだ。俺も樹しか友達いないから、昼飯、時間合ったら一緒に食べていい? 待ってなくていいからさ」
「さっきの女子は?」
あれは友達じゃないのか。
「友達っていうか、同じ講義ってだけで。今日初めて話したよ」
そうなのか……一体何を話すんだろう。三年間男子校で寮生活で、同年代の女子と話す機会なんてほぼなかったから想像つかない。
「サインできるのかって訊かれた」
「ああ……そういうのはマネージャーさんに訊くか、最初の時にルールとして言われたりするよ」
エスブレは基本的にサインはしない。多田は特別。サインあるにはあるけど、今のところファンの人に色紙にサイン、というのはない。アルバム特典のブックレットに小さく印刷されたものだけだ。
瀬名のところはどうなんだろう。アイドルってサインばんばんするものなのかな。
「違う違う、樹の」
瀬名はサンドイッチを持った反対の手をひらひらさせた。
ん?
「……俺?」
「そう」
「なんで?」
「S-BulletのKIRI君だからでしょ」
「……エス・ブレット、知ってんの?」
あの女子たち。
「そりゃ知ってるよ。大学内みんな知ってるってわけじゃないにしても、誰も知らないってことはないよ、もっと自覚して」
「いや、まだ二年目だし」
「ちゃんとファーストアルバムヒットしたじゃん、樹は写真週刊誌にも出たし。ファンの人が大学内にいたっておかしくないよ」
あのお洒落な女子たちは俺たちのこと知ってるんだ……誰推しなんだろう……海斗さんかな、お洒落な人は王子な気がする。東雲さんもありだな。しっとりした大人の魅力があるし。
「みんな一応、ここではいい意味でスルーなんだと思うよ。勉強しに来てるしね」
……そうなのか。SNSなどでの書き込みやアルバムの売り上げでエスブレを知ってくれてる、ファンという人たちはいるとわかってはいたが、実際に目の前にいたことがなかったし。そうか、いるんだ。
「樹、嬉しい?」
瀬名がにこにこしながらぐっと顔を近づけてくる。
「え、まあ、うん……なんで?」
「そんな顔してる」
……顔に出てるよな、やっぱり。顔が少しだけにやけてるのが自分でもわかる。少し、だから余計変な顔になってるかもしれない。
「ファンの人がいるって嬉しいよね、俺たちもみんなに愛されるグループになれるといいな」
うん、嬉しい。疑うとかじゃないけど、輪郭がない感じだったから。
……素直に喜んでいいよな。うん、嬉しいと思う。ありがたい。サインはできないけど、この先も応援してくれると嬉しい。
「瀬名のところもきっと大丈夫だよ。頑張ればちゃんと見てくれる人はいるから」
「うん、樹が言うなら間違いないね。心して頑張るよ」
瀬名はさわやかに笑った。
「桐谷」
え? 名前を呼んだその声は。
「夏目さん……!」
瀬名が急に立ち上がった。
「桐谷、ちょっと来い。すみません、少し桐谷借ります」
振り向くと飛鳥さんが立っていた。ほんの少し怖い顔をして。
いつも事務所で見るそのままの格好、ストリート系に、前髪をヘアバンドで上げた、さすが3年生というのか、先輩な貫録で、立っていた。
食堂を出て、目の前のなんかちょっと廊下のくぼみみたいな少し薄暗いところに引っ張られて。
「やっと見つけたよ、お前見当たらねえんだもん」
え?
「わざわざ呼び出すことじゃないと思ってたら全然捕まらねえ」
「……すみません」
なんだかよくわからないけど、俺が悪いみたいなので一応謝っておく。
「で、あいつ誰だ」
くいっと学食の方を顎で指す。瀬名のことだよな。
「友達、です」
「高校の?」
「いえ、大学で知り合いました」
「名前は?」
……尋問みたいだな。なんなのだろう。
「朝倉瀬名。同じ事務所の新人さんっていうか来月デビューするっていう人で同じ一年生です」
「ふうん。ウチの事務所のヤツなら大丈夫か」
心配されてるのかな……どうせ鈍臭いって思われてるんだろうし。
「お前いつもここで飯食ってんのか」
「はい」
「じゃあ、昼はここに来ればいるんだな」
「ええ、はい……」
「わかった。さすがに二人雁首揃えると目立つからな。用がある時はすぐ済むようにするが」
一応所在確認みたいなものか。同じ大学内にいて連絡が取れないのもおかしな話、と言えばそうでもある。
そんなことを考えていると飛鳥さんは終わったとばかりに離れようとするので。
「あ、あの」
こういうのはタイミングを逃すと何となく聞けなくなる。特に飛鳥さんとは事務所でだってそう話すことはない。
「何だよ」
飛鳥さんは足を止めてくれた。
「飛鳥さん、大学内で知らない人に声かけられたことありますか?」
「はあ?」
「ファンの人とか……」
「ねえよ。まあ遠巻きにじろじろ見られることはよくある。一応プライベートだし、遠慮してんだろ。スマホカメラは知らん。こればっかりはな」
「そうですか……」
飛鳥さん自体にまず声をかけづらいとかあるかもな。女子なんかは。
「朝倉はいいとして、他の奴は一応気を付けとけよ。友達は選べ。つまんないかもしれないが用心にこしたことはない」
「はい」
……用心するとか、そんなことを考えたことはなかった。やっぱり俺、何にもわかってないのか。飛鳥さんはちゃんと考えて大学生活を送ってきたんだろうな。
「なんかあったら呼べ。チャットでも電話でもいいから」
「はい」
そして今度こそ飛鳥さんはどこかへ出て行った。
友達ひとつから気を付けないといけないか。俺一人の話じゃないもんな。グループに迷惑がかかる。
……瀬名がいてよかったな。瀬名なら同業で同じ事務所で事情もわかる。大学には別に遊びに来てるわけじゃない。友達は少数精鋭って感じでいく。うん。
俺は再び食堂に戻った。



