バラードはうまく歌えない

 晴れて大学生になった。

 住まいは高校の寮から実家に戻って。……学生は実家から通うこと、がエスブレのルールで、この4月から3年生になった飛鳥さん、3月で大学を卒業した海斗さんも実家……あー、海斗さんはどうだったんだろう。わからない。

 そして学生ゆえにアルバイトと夜遊び禁止は継続。ちゃんと両立できるようスケジュールを調整してある、学業をおろそかにしていけない、とは事務所社長の言葉。せっかく学べる環境にあって、自分で選んだのなら最後まで全うしなさい、と。

 俺個人としては、4月から顔出し、プロフィール解禁となって、すでに取材が一つ入っている、なぜだか小中学生向けの雑誌のインタビューで、エスブレのボーカルになった経緯や夢が叶った気持ちや努力を話してほしいとかいう……。

 藤堂さんから聞いた時大笑いしたのは飛鳥さん。お前、子供から大人気なの?とげらげら笑われた。それは飛鳥さんでしょう。ASUKA君カッコいい、と小中学生から多く書き込みがあるのを俺は知ってる。

 顔出しについては、実はそう反響もなく、普通の男の子なのがいい、KIRI君はそこ枠なんだ、的なで終わり。
 ……イケメン枠でも芸能人キラキラオーラ枠、さわやか枠、おしゃれ枠、ヤンチャ枠、硬派枠でもないことは自分でもわかってる。普通。

 普通ゆえなのだろう、歌に関してももう少し色気を出せって言われることもある……色気って何だよ、そんなのどうやって出すんだって話で。
 
この一年で気づいたけど、俺は自然とにじみ出るなんとか、ってよりもシステム的に形から入る質みたいだ。案外コピーがうまいかもしれない。そこから自分の方へ離れていく感じ。

 だけどその中で、顔が見えるともっと応援したくなる、って書き込みもあった。とてもありがたくて。もっともっと頑張ろう、と誓った。応援してもらえるように、楽しい気分になってもらえるように。

 大学構内、マスクもメガネもキャップもなくても誰も何も言わない。
 そもそもデビュー二年目のアーティスト、特に俺なんか知らないだろうし興味もないだろう。ここにおいてはそれでよかった。みんな勉強をしに来てる、ってことなのだろう。

 で、入学式も済んで、事務的な手続きも済んで、そろそろ講義が始まるという今。帰宅しようと大学から出ようとした時、

「エスブレのKIRI君だよね?」

 名前を呼ばれた。ご丁寧にグループ名まで付けてくれて。

 多少はぎょっとなるのだ。
 誰も知らないだろうと思いつつも、一人ぐらいは知ってる人がいるかもしれないと。こそこそしたいわけじゃないけど……いや、それはなんだか思い上がりか? いや、わかんないんだよな。ファンの人とリアルに会ったことないし。どういう反応で、どんな風に接してくるのかわからない。

 その声はちっとも落としてなくて、まるで友達を呼ぶような軽さで。
 慌てて振り向くと、一人の男子学生(多分)が立っていた。誰? ファンの人? いやまさか? エスブレには男性ファンもいるにはいるが俺というよりは凛さんだったり京さんだったりだ。

「俺、KIRI君と同じ事務所で、今度『Special to Me』っていうグループでデビューする、朝倉瀬名」
「え、ちょ、あの、もう少し声を――」

 大学の出入り口、誰もいないわけじゃない。

 事務所がどうとか、デビューがどうとか、芸能関係者じゃない人が口にするワードでもない。誰も聴き耳を立ててはいないだろうけど、好奇の目で見られる可能性だってあるわけで。俺はここに学びに来ているのであって、派手に目立ちたいわけじゃない。

 飛鳥さんも3年生で在学中だ。少なくともこの人を入れて三人は芸能関係者がいることになる。そのことで大学に迷惑をかけて中退なんてことは嫌だ。

「あ、ごめん、見つけてちょっと嬉しくなっちゃって。どうぞよろしく」

 ……ごめんという割には全然声のボリュームが変わってない。

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

 えっと、なんだっけ、この人。朝倉さんで、今度デビューする人で、ス、スペシャル……なんて言ったっけ……っていうグループの人。
 ……顔はさわやかイケメン王子様。アイドルグループってことなのかな。ニコニコと綺麗に笑う人だ。完璧。

 ウチにもやたらさわやかな人がいるが系統が違う。王子じゃない。王子は別にいるし。いやこれ、一人で歩いていても目立つ人だな。あんまり近寄らないようにしよう。

「KIRI君、俺も一年生、一緒だよ。敬語やめて」
「あ、そう、ですか……はい」

 一年生、同い年なのか。だから朝倉さ……朝倉はやけに慣れ慣れ……フレンドリーに寄ってきたのか。
 大した差じゃないけど、俺の方が芸歴的には一年先輩じゃ……というのは超カッコ悪いのでやめよう。ここじゃ仕事は関係ないし、瑞希さんみたいに子役から、ってこともあるし。

 まあいいや、帰ろう。もちろん一人で。さっきから通り過ぎる人がちらちらと見てる気がする。俺じゃなくこの人だろうから。アイドルだからとかじゃなくまずイケメンだから。身長も俺より高いし、カッコいい。
 じゃ、これで、とさっさと進行方向を向こうとしたら。

「引き留めてごめん、俺のこと瀬名って呼んで。あ、KIRI君のことはKIRI君って呼ぶから」

 あ、KIRI君は……ちょっと……と思ったけど、別にアリか? いや、ファンの人みたいな呼び方は違うか。

「俺、桐谷樹って言うんで」
「知ってるよ、もちろん。何て呼んだらいい? 樹君でいい?」

 ぐいぐい来るな……。呼び捨てで呼んでくれって言われたら、じゃあこっちもそれで、と言うしかない。しかも桐谷、じゃないらしい。

「……樹でいいよ」
「わかった! じゃあ、樹、また明日ね」
「うん、また明日」

 とようやく別れて。

 自分が陰キャだとかそういうことを考えたことはなかったが、朝倉瀬名を前にしたら、自分は結構そっちよりなんじゃないかと思ってしまった。

 飛び切り明るくもなく飛び切り暗くもなく、ちょうどフラット、真ん中な面白みのない普通の人間、だと思ってたんだけど。

 三ツ矢は結構のんびりな奴が多かったのだろうか。あんなテンションの奴はいなかった。世の中朝倉瀬名みたいなのがスタンダードなのだとしたら、俺はちょっと疲れてしまう。

 いや、やっぱりあれはちょっと突き抜けてるだろ。
 アイドルやる人ってあんな感じなんだろう。どうせ大学内ではそうそう会うはずもない。今日はたまたまだ。飛鳥さんに一度も会ってないからそんなものだ。事務所で会うことはあるかもしれないけど。

「うん、帰ろう」