「樹、バテるのは早いよ。ちゃんとご飯食べてきたの?」
振付のフミ先生、中山史子先生が床に座り込んでる俺に言う。
「……食べてきました」
寮なんでちゃんとご飯は三食出るし、栄養も量も過不足なくとれる。
昨日はフミ先生が他の仕事が入っていたから、凛さんに練習を見てもらっていた。本来、俺にダンスの指導をしてくれるのはこのフミ先生だ。凛さんはアシスタント的に入っていて。
それはそうだ。凛さんだって、グループの仕事や自分自身の練習もある。今日はフミ先生のみでレッスンをしてくれている。
「そう? レッスンの時は食堂のご飯とは別に何かもぐもぐできるもの持っておいで」
一緒に踊っているのにフミ先生は微塵も息があがってない。素人と一緒にされては先生も怒るとは思うけど。
「はい」
フミ先生も凛さんも、できないことを頭ごなしに怒る人ではないが、とにかく厳しい。MV撮影までの時間があまりないからそうせざるを得ないところもあるのだろう。
俺にもっとダンスのセンスがあればよかったのだけど、時間を掛ければ磨けるものかどうかもわからないけど、とにかく今はピタリとはまる感覚がない。これだ、と自分で腑に落ちる瞬間がちっともない。今は頭で理解するより体に刷り込む方が先だ。自然とそこに足が出るのではなく、ちゃんと場所を決めて出す。とにかく機械的でもいいから出す。……そういうレベルのダンスだ、今の俺は。
そこへノックが響き、レッスン室のドアが開いた。
「フミ先生、樹君、ちょっと休憩しませんか?」
そう言って中に入ってきたのはマネージャーの藤堂さん。手には透明なレジ袋があって、ペットボトルや菓子パンが透けて見えた。
「いいところに来たというか、樹に甘いんじゃないって思わないこともないけど。まあいいや、休憩にしようか。スケジュールの確認もしたいから藤堂君もいて」
フミ先生の無造作に髪を束ねていたヘアゴムの解き方はやや乱暴なんだけど、がさつではなくセクシーで格好いい。俺が見る限り凛さんもフミ先生とは対等に話すけど敬語で話すし尊敬しているのがわかる。年齢が上だからという理由だけではない、きっと。
「わかりました。あっちは終わりましたのでこのまま樹君につけます」
腕時計を見た藤堂さんはレジ袋を床に置いた。
MVの打ち合わせだったはずだ。藤堂さんの言う「あっち」とは俺以外のエスブレのみんながいるところだ。俺だけ当然別メニュー。
「さっきみんなで上がってきた音源聴いてたんだよ、いい仕上がりだと思うって凛君たち言ってたよ」
スポドリをフミ先生と俺に差し出して、藤堂さんも座る。
「ありがとうございます」
「お世辞でもなんでもないからね、そこは自信持って。東雲君とのバランスもいい」
ちゃんと俺の目を見て言ってくれる。いつも。だからその言葉は嘘じゃないとわかる。
「へえ。東雲だけのより、ちゃんと自分の歌が乗った音源で踊った方がリアリティあるし緊張感あるかもね」
フミ先生はニヤニヤして俺を見る。
「じゃあちょっと音源取りに行ってきます。樹君も気になるよね?」
藤堂さんは立ち上がって。
「あ、え……まあ……」
自分の歌で踊るって、恥ずかしいのだろうか。いや、恥ずかしがってる場合じゃないのだけど。聴くなら今じゃなくて、落ち着いて聴きたいところではあるけれど。
藤堂さんがドア口に行くと同時にドアが開いた。
「藤堂さん、今日はもう終わりでいいんすよね?」
ひょっこり顔を出したのは、飛鳥さん。俺より二つ上の大学生パフォーマー。
はみ出しそうな、見てる人がワクワクするようなダンスをする人だ。……俺へのあたりが一番きつい人だけど。
とはいえ飛鳥さんも他の人も何も言わない。でも視線だったり態度で拒絶されている。それがあからさまなのが飛鳥さん。
「動画のチェックが終わったんなら今日はもう終わっていいよ。凛君には言ってたんだけどな」
「あの人はまだやってますよ。大方終わったから俺たちはもういいって言って」
エスブレは東雲さんが歌、他の人たちはダンスパフォーマンス、のカバー曲を定期的に動画共有サイトに投稿していて、その最新作のチェックらしい。俺は一切かかわってないから詳しくは知らないけど。
「そういうことか。うん、じゃあ今日は解散で。レッスン室は全部埋まってるから自主練もなしで帰ってね」
「はーい、じゃあフミ先生、藤堂さんさよなら、お疲れっした!」
飛鳥さんは丁寧にドアを閉めて廊下を歩いていった。
レッスン室は廊下側の壁はガラス面が広くて、部屋の外からも中が見える状態で。ドアを閉める時も廊下を歩く時も俺を一切見なかった。……いつものことだ、まるでいないかのように。俺の名前を呼ばないことも。
「まあ加入して二か月三か月と言っても、樹は授業もあって週末しか来れないから、みんなと一緒にいる時間は多くないよね」
フミ先生が溜息まじりに言う。まあ、誰が見たって、気付くよな。俺が一人浮いてるってこと。
「僕が少し見誤ってました。樹君のせいでも誰のせいでもない」
藤堂さんは俺のことも、メンバーみんなのことも悪く言ったことはない。エスブレを大事にしてるのだと思う。だからみんな藤堂さんを信頼している。逆らって言うことを聞かない、なんていうのは見たことがない。
「百戦錬磨の仕事の虫が珍しいね、読み違えるなんて」
「みんないい子なんです。時間が少しかかるだけで、樹君のことはちゃんと認めています」
だから、と藤堂さんは俺を見て。
「樹君は今のままでいい。その真っ直ぐな姿勢を変える必要はない。あと少し飛鳥君たちを待ってあげて欲しいんだ。でも辛い時は僕に言って。そこは無理してはいけないところだから」
つらいなんて、つらくないことはないけど、みんなの気持ちもわからないこともないから、言えない。言わない。藤堂さんが味方でいてくれるから、大丈夫だ。
「藤堂君の意見に私も賛成。しっかり踊り込んであいつらをぎゃふんと言わせてやりな。みんなプロ。ちゃんと真っ当な評価ができる子たちだからね」
ぎゃふんなんて言わせる自信はないけど、エスブレにいてもいいと思ってもらえるようにはなりたい。ダメだった時のことは考えない。そこは強気で。
自分で選んで決めてここにいるのだから。エスブレのメンバーなのだから。
振付のフミ先生、中山史子先生が床に座り込んでる俺に言う。
「……食べてきました」
寮なんでちゃんとご飯は三食出るし、栄養も量も過不足なくとれる。
昨日はフミ先生が他の仕事が入っていたから、凛さんに練習を見てもらっていた。本来、俺にダンスの指導をしてくれるのはこのフミ先生だ。凛さんはアシスタント的に入っていて。
それはそうだ。凛さんだって、グループの仕事や自分自身の練習もある。今日はフミ先生のみでレッスンをしてくれている。
「そう? レッスンの時は食堂のご飯とは別に何かもぐもぐできるもの持っておいで」
一緒に踊っているのにフミ先生は微塵も息があがってない。素人と一緒にされては先生も怒るとは思うけど。
「はい」
フミ先生も凛さんも、できないことを頭ごなしに怒る人ではないが、とにかく厳しい。MV撮影までの時間があまりないからそうせざるを得ないところもあるのだろう。
俺にもっとダンスのセンスがあればよかったのだけど、時間を掛ければ磨けるものかどうかもわからないけど、とにかく今はピタリとはまる感覚がない。これだ、と自分で腑に落ちる瞬間がちっともない。今は頭で理解するより体に刷り込む方が先だ。自然とそこに足が出るのではなく、ちゃんと場所を決めて出す。とにかく機械的でもいいから出す。……そういうレベルのダンスだ、今の俺は。
そこへノックが響き、レッスン室のドアが開いた。
「フミ先生、樹君、ちょっと休憩しませんか?」
そう言って中に入ってきたのはマネージャーの藤堂さん。手には透明なレジ袋があって、ペットボトルや菓子パンが透けて見えた。
「いいところに来たというか、樹に甘いんじゃないって思わないこともないけど。まあいいや、休憩にしようか。スケジュールの確認もしたいから藤堂君もいて」
フミ先生の無造作に髪を束ねていたヘアゴムの解き方はやや乱暴なんだけど、がさつではなくセクシーで格好いい。俺が見る限り凛さんもフミ先生とは対等に話すけど敬語で話すし尊敬しているのがわかる。年齢が上だからという理由だけではない、きっと。
「わかりました。あっちは終わりましたのでこのまま樹君につけます」
腕時計を見た藤堂さんはレジ袋を床に置いた。
MVの打ち合わせだったはずだ。藤堂さんの言う「あっち」とは俺以外のエスブレのみんながいるところだ。俺だけ当然別メニュー。
「さっきみんなで上がってきた音源聴いてたんだよ、いい仕上がりだと思うって凛君たち言ってたよ」
スポドリをフミ先生と俺に差し出して、藤堂さんも座る。
「ありがとうございます」
「お世辞でもなんでもないからね、そこは自信持って。東雲君とのバランスもいい」
ちゃんと俺の目を見て言ってくれる。いつも。だからその言葉は嘘じゃないとわかる。
「へえ。東雲だけのより、ちゃんと自分の歌が乗った音源で踊った方がリアリティあるし緊張感あるかもね」
フミ先生はニヤニヤして俺を見る。
「じゃあちょっと音源取りに行ってきます。樹君も気になるよね?」
藤堂さんは立ち上がって。
「あ、え……まあ……」
自分の歌で踊るって、恥ずかしいのだろうか。いや、恥ずかしがってる場合じゃないのだけど。聴くなら今じゃなくて、落ち着いて聴きたいところではあるけれど。
藤堂さんがドア口に行くと同時にドアが開いた。
「藤堂さん、今日はもう終わりでいいんすよね?」
ひょっこり顔を出したのは、飛鳥さん。俺より二つ上の大学生パフォーマー。
はみ出しそうな、見てる人がワクワクするようなダンスをする人だ。……俺へのあたりが一番きつい人だけど。
とはいえ飛鳥さんも他の人も何も言わない。でも視線だったり態度で拒絶されている。それがあからさまなのが飛鳥さん。
「動画のチェックが終わったんなら今日はもう終わっていいよ。凛君には言ってたんだけどな」
「あの人はまだやってますよ。大方終わったから俺たちはもういいって言って」
エスブレは東雲さんが歌、他の人たちはダンスパフォーマンス、のカバー曲を定期的に動画共有サイトに投稿していて、その最新作のチェックらしい。俺は一切かかわってないから詳しくは知らないけど。
「そういうことか。うん、じゃあ今日は解散で。レッスン室は全部埋まってるから自主練もなしで帰ってね」
「はーい、じゃあフミ先生、藤堂さんさよなら、お疲れっした!」
飛鳥さんは丁寧にドアを閉めて廊下を歩いていった。
レッスン室は廊下側の壁はガラス面が広くて、部屋の外からも中が見える状態で。ドアを閉める時も廊下を歩く時も俺を一切見なかった。……いつものことだ、まるでいないかのように。俺の名前を呼ばないことも。
「まあ加入して二か月三か月と言っても、樹は授業もあって週末しか来れないから、みんなと一緒にいる時間は多くないよね」
フミ先生が溜息まじりに言う。まあ、誰が見たって、気付くよな。俺が一人浮いてるってこと。
「僕が少し見誤ってました。樹君のせいでも誰のせいでもない」
藤堂さんは俺のことも、メンバーみんなのことも悪く言ったことはない。エスブレを大事にしてるのだと思う。だからみんな藤堂さんを信頼している。逆らって言うことを聞かない、なんていうのは見たことがない。
「百戦錬磨の仕事の虫が珍しいね、読み違えるなんて」
「みんないい子なんです。時間が少しかかるだけで、樹君のことはちゃんと認めています」
だから、と藤堂さんは俺を見て。
「樹君は今のままでいい。その真っ直ぐな姿勢を変える必要はない。あと少し飛鳥君たちを待ってあげて欲しいんだ。でも辛い時は僕に言って。そこは無理してはいけないところだから」
つらいなんて、つらくないことはないけど、みんなの気持ちもわからないこともないから、言えない。言わない。藤堂さんが味方でいてくれるから、大丈夫だ。
「藤堂君の意見に私も賛成。しっかり踊り込んであいつらをぎゃふんと言わせてやりな。みんなプロ。ちゃんと真っ当な評価ができる子たちだからね」
ぎゃふんなんて言わせる自信はないけど、エスブレにいてもいいと思ってもらえるようにはなりたい。ダメだった時のことは考えない。そこは強気で。
自分で選んで決めてここにいるのだから。エスブレのメンバーなのだから。
