バラードはうまく歌えない

 ここから卒業式までの3日間は怒涛だった。と言っても俺はずっと家にいるだけ。正確には俺の周りが怒涛だったのだ。……多分、言葉以上に。

 実家に帰宅して翌日の写真週刊誌の発売日、母親がコンビニから買ってきてくれた。ちょっと楽しそうだったのは、まあ仕方ない。こんなことそうそうないし。

 実際の雑誌を開いてみれば、ページの後ろの方に、藤堂さんから見せてもらったコピーそのままが載っていた。雑誌の方はもちろん写真が綺麗で。

 記事の中身としては、ただ俺のことが少し書いてあるだけだった。藤堂さんから説明されたように、高校三年生でこの3月に卒業を迎える、と超要約すればそれだけのこと。

 何かを悪く書かれてもいないし、何かの疑惑を書かれているわけでもない。そんなものは当然ないんだけど、でっち上げのようなものは何もなかった。

 デビューアルバムのMVの一部を切り出した、フードを深く被って顔が見えていない俺と制服姿の俺の写真が載っていて。本名も学校名もナシ。まあ制服を見ればどこの学校かはわかるけど。

 「もうすぐプロフィールが公開されるらしい。話題性が消えるこれからが勝負だろう。顔を隠したフードの少年の今後の活躍を期待する。」なんて最後は応援されていた。藤堂さんとの話の場で適当に言った、「宣伝になる」まさにそうなっている。

 だが、記事の中身云々ではなく、俺が卒業式に出れないことでもなく、制服で写っていることが問題なのだ。

 学校がバレてしまった。在校生卒業生、学校に迷惑がかかる。正直、この記事を一体どれほどの人が見てどれほどの人が興味を持つのかわからないが、それでも悪目立ちしてしまったことは間違いない。好奇の目で見られてしまう。

 今まで芸能活動をした人なんていなかったからそんなことは一度もないのに、俺がやらかした。

 同日昼過ぎに、事務所の公式サイトで正式なアナウンスがあった。

 本日発売された写真週刊誌に掲載されている俺の名前が出ている記事について確認中である、該当すると考えられる学校への問い合わせ、生徒への接触は控えてほしい、記事にある3月1日は、レコーディングのため俺は卒業式などの学校行事の参加はない、と。

 確認中と言いながら本人だと言ってるような気がするが……。仮に本人であることはなんとか否定できても、学校を否定することは嘘をつくことになる。そのうちこの正解を出す時がくるのかもしれないけど、しばらくは曖昧なままなのかもしれない。卒業式が終わって、俺の影が三ツ矢からなくなる頃までは。

 卒業するからもういい、というわけではなかった。卒業式までの数日、たとえ一日でも迷惑をかけてはいけないのに。

 そしてその夜、高校から一斉メールが卒業生・在校生とその保護者に届き(要は全校生徒)、写真週刊誌掲載の件、俺の活動のことは一切スルーした上で、今回の卒業式は参加人数の把握と出入りのチェックをすることになったので卒業生は明日までに生徒便で保護者の参加人数の申告をしてほしい、在校生に関しては卒業式当時は不要不急の外出は控えるよう、と書いてあった。

 面倒くさいことを強いてしまった。なんで今年は、と思う人もきっといる。
 駆け出しのグループにマスコミが殺到することはないだろうから、あくまで万が一を防ぐ話ではある。でもゼロではないので。

 翌日、学校では卒業式の簡単な練習が行われた(はず)。俺はもちろん外へ出ずに自宅待機のまま。

 何もすることがない、する気が起きない。藤堂さんからは、今のところトラブルはないと、いう電話があり。未成年と濁してたけど高校生であることは薄々バレてたのだろうと思う。徹底して顔を隠してたし。誹謗中傷はなく、大丈夫なのかと心配する問い合わせがいくつかあったと。ありがたい。

 メンバーを代表として(と言っていたから)凛さんから電話があった。そっちに行ってやりたいが難しい、と謝られた。謝らせてしまった、まったく落ち度はない凛さんに。なんて返したらいいかわからずに、元気なので大丈夫です、と当たり障りのない返事になってしまい。多田からはアレを見たのか、メールが来た。有名人じゃん、と茶化したものだったが、うまいこと切り返せなかった。

 荷物はほとんどをいくつかの段ボールに入れていたものの、持ってこれるはずもなく、後日両親が部屋の片付けを兼ねて取りに行くことになった。

 俺はもう学校へ寮へ近寄ることはできない。来ないでくれとはっきり言われた。当然だ。

 藤堂さんの車で寮へ戻り、自宅へ帰る時に自室から持ち出せたのは、普段使いのリュックに入れられるものだけで。日常使っている小物と、みんなからもらったお守り、藤堂さんの万年筆と凛さんからもらったブレスレットだけだった。

 卒業式当日、当然俺は家で待機。式は滞りなく執り行われ、何もトラブルなく、マスコミもなく、終了した。それでもみんなに窮屈な思いをさせてしまった。
 晴れの舞台だったのに。
 先生方や、もしかしたら警備員さんなんかも立ったのかもしれない。

 もう、クラスのみんなや3年のみんなは記事を見たりして俺だとわかったのだろうか。まあ、そうだよな、当日いないし。担任は何て説明したのだろうか。芸能関係に興味ない奴も多いから、特にざわつくこともなく、かもな……。

「仕方ない、そんなもんだろ……考えるのやめよう」

 そこへ、スマホが短く震え、メッセージが着信した。『樹君、迎えに来たよ』と藤堂さんから。ん? 迎え?

 と、さらに家のドアチャイムが鳴り、母親の「あら、藤堂さん」なんて声が。急いで玄関へ向かうと、当たり前というか、スーツ姿のいつもの藤堂さんがいた。

「お、はようございます」

 家の中でこの挨拶はちょっと異質だ……母親の前だとちょっと気恥ずかしい。

「樹君、みんな待ってるから」

 今回の騒動で、藤堂さんは両親に深くそれはもう深く頭を下げて謝罪した。ご子息を守れなかったと。

 もしかして修羅場になるのか、と、父親が激怒する未来を想像するのは簡単だったし(歌手? お前なんかが大成するか、と最初はバッサリ大反対だったので)、どうしようかと、俺は父親を羽交い絞めにすべきか、などと身構えていたら、父親は一ミリも怒ることなく、日頃の感謝と、「これは仕方ない、ある程度予想はしていた」と言った。

 そんなことを言えるのかとびっくりしていたら、「芸能界はそんなものだろう?」と父親に諭され。「そういう道を選んだのはお前だ。逆に宣伝にもなるだろう、悪いことをしたわけじゃない。堂々としていればいい」と。

「卒業のお祝いをしようって。行こう」