バラードはうまく歌えない

 無事、前期日程も終わり。

 多分、大丈夫だろう。手堅く点は取れたと思うので。根本的に間違っていたらどうしようもないが、不安な個所はほぼなかった。滑り止めの方へ行くことはないと思う。

 このあとは卒業式のみ。明後日に練習があって翌日が本番。

 今は部屋の片づけだ。荷物を出すのは卒業式の翌日から3日間。俺を含む今日あたりからバタバタと自分の荷物を段ボールに詰める奴、2月頭からの自由登校で少しずつ実家に持って帰る奴、いろいろだ。

 卒業、だ。
 入寮した時は3年もつのだろうかと実家が近いにも関わらずホームシックにも少々なったが、ちゃんと最後まで過ごせた。

 去年の冬から生活ががらりと変わったものの、学業も諦めずに頑張れた。もちろん、学業を優先させてくれた事務所と、芸能活動を許してくれた学校の支えがあってこそだ。俺一人の頑張りで何とかなったわけじゃない。

 制服を着るのもあと数日。
 楽しかった。感傷的になるつもりはないが、野郎だけの生活も悪くはなかった。彼女を作りたいと思うこともなく、暇があれば歌の練習ばかりしていた。
 もう親や学校に守られている時間は終わる。これからは社会に出ていく。責任がついて回るし、自分で決めていかねばならない。

 なんて、偉そうなことばかり並べても。何もできていないし、何も追いつけていない。

 歌うのは好きだ。ダンスも少し踊れるようになった実感があって楽しくなってきた。
 でも、まだだ。あの人たちと肩を並べるにはもっと努力が必要だ。もっと攻めていきたい。ファンの人に応援してもらえるように。

 俺の歌を聴いてほしい。俺には歌しかないから。頭からつま先までのすべてで歌う。何かを与えられるなんて思わないけど、一緒に楽しんでもらえたら嬉しい。歌だけは誰にも負けたくない。別に喧嘩をしたいわけじゃなくて、一歩引くなんてことをしたくないだけ。

 4月に、来月になれば、プロフィール公開で顔が出る。やっとエスブレに貢献できる。これまで俺のせいで制限がかかっていた活動もすべて解禁になり、多くの人にエスブレを届けられるようになる。

 そう言えば、生徒会執行部―もう代替わりしてしまったから旧ってことになるのだろう、桜野や多田たちにもお礼言っとかないとだ。身バレ防止の協力を頼んでいた。とは言え、バレそうな危ないなんてことは一度もなく。

 ウチの学校、多分みんな他人に関しては呑気で気にも留めてなさそうだ。桜野が生徒会長時にイタズラめいて掃除の時間にエスブレの曲をかけてくれた時も、俺は教室で掃除当番だったにもかかわらず、誰にも声を掛けられなかった。俺が歌ってたのに。

 俺はそんなに存在が薄いのかと多少しょげもしたが、考えれば、売り物の歌を歌ってる奴が教室に目の前にいるなんて想像できるはずもなく。よほど歌に興味があるか、JPOPに興味があるかじゃないと耳にすらいれてなかったかもしれない。いや、まあそれもな……。

 少し悲しくなったその時、ドアがノックされた。

「きりたにーおれー」

 ……「おれ」で分かり合えるようなそんな彼氏、俺いないんだけど。

「開いてるよ」

 しつれーしまー、と飄々として入ってきたのは、多田。

「お土産。下界に行ったからさ、高校最後のメロンパン」

 両手に小さな紙袋を一つずつ持っていた多田は、一つを俺に差し出した。

「サンキュ。でも高校最後って……そりゃそうだけど」

 何でもないことなのに高校最後ってつけるとちょっと寂しい感じが……。生クリーム入りメロンパンはデパ地下のパン屋さんでいつでも売ってるのだ。俺たちの卒業とは何の関係もない。高校生の多田が買ってくれるメロンパン、というならばそうだけど。

「そうやって過ぎ行く時間を惜しむのも悪くないっしょ? ピッチピチの男子高校生です、って名乗れなくなるんだしさ」

 多田はニッと笑う。何言ってんだ、お前は樫木先生がいるだろ。今更どこにアピールするんだよ……。

「ま、お前はその方がいいか。本当の意味でデビューかもな」
「うん。多田や桜野たちには世話になった。ありがとな」

 知る必要のなかった秘密を半年も握らされ、本当に迷惑だったと思う。

「俺は家宝も手に入れたし、ちょっとだけ優越感もあったし楽しかったよ。こんな経験そうそうあるもんじゃないだろ」

 そう言ってくれると救われる。

「それにそういうお礼はさ、卒業式で言うと効果的よ? お前気が早いよ」
「ははは、そうだよな。でも忘れないうちにって。卒業式の時にもう一回言うよ」

 こんな大事なことを言い忘れるはずはないが、多田には今言っておきたかった。スカウトされた時、エスブレに入ると決めた時、多田とは同室だったのに隠してた。協力を頼む、一人部屋になる三年の夏まで。
 事務所側との約束だったから破ることはできない。だけどやっぱり俺自身が嫌だった。

 と、机の上に置いていたスマホが震えた。
 藤堂さんからだった。

「お、電話? 退散するわ、じゃ」

 いつまでも震えているスマホの意味を理解した多田は片手を上げて出て行った。