バラードはうまく歌えない

 瑞希さんに貰った、コーンスープ缶。温かくて飲んでしまいたい衝動に駆られたけど、まあやっぱちゃんと渡して感謝を伝えて、が先だよなと思いとどまり。

 藤堂さん、凛さん、東雲さんは一つ上のフロアの会議室にいる。ここはエレベーターを使わずに階段で行くべきだ。下っ端だし。今、俺は仕事をしてるわけでもないし。……階段を使うとほぼほぼ誰にも会わないし気が楽というのもある。

 建物内だけど脇というか建物のデザイン外というか非常用みたいな素っ気ない階段を一段抜かしで上がる。少々重い防火扉みたいなドアを開けて、一番近いところの会議室だ。

 紙袋の中の味気ない小さなジッパーバッグはあと4つ。社長の分は多分藤堂さんが渡してくれるのだろう。いるかいないかもわからない上に、俺なんかがするっと会える相手じゃない。

 実際、会ったのなんて二回? 契約書にサインして所属の挨拶に行った時と、メジャーデビューが決まった時メンバーみんなで行っただけだ。

「失礼します」

 お伺いを立てた時に、自由に入ってきていいからねと藤堂さんに言われている。普通の、秘密ではない打ち合わせなのだろう。

 小さめの会議室にいた三人はドアを開けた俺を見た。それはそうだろう。うん。

「いらっしゃい、樹君」

 藤堂さんがにこりと笑って、スケジュール帳か何かの厚めのノートを閉じた。

「どうしたんだ、樹」

 凛さんと東雲さんは不思議そうに俺を見る。藤堂さんは二人には俺がお邪魔することを言ってなかったようだ。

「今日、バレンタインなので、感謝の世話チョコを」

 藤堂さん、東雲さん、凛さん、の順に長机を回りお礼の言葉を添えてジッパーパックを置いていく。

「ああ……去年、飛鳥が作ってきたチョコ? 今年は樹が担当?」

 凛さんの手元へ置いた時に、手に取ってくれた東雲さんが少し首を傾げた。

 ちゃんと東雲さんも飛鳥さんのチョコ覚えてるんだ。……俺の分はなかったみたいだけど。

「はい。レシピを教えてもらって、材料もメーカーまで教えてもらって事務所で作りました」

「飛鳥は四人兄弟の長男だから実は面倒見がいい。お前も四番目の弟になったかもな」

 ニヤニヤと凛さんが笑う。

 まさかそんなことはない。絶対、基本的に嫌われてるし。俺だって別に飛鳥さんの弟になりたいとか思ったことはない。俺が飛鳥さんを嫌う理由はないけど。

「いや、そ……あ」

 忘れてた。あぶない。何のためにしてきたんだ。打ち合わせ中に長居してはいけない。もう一つのミッションを完了して早く退出しないと。

「ん? なんだ?」

 言葉を止めた俺に凛さんが先を促す。

「今日、はめてきたんです。ちゃんと一度はめたところを見てもらおうって。実は初めて箱から出しました」

 丁度視線が合った今だと、俺はパーカーの袖を押し上げて、凛さんに手首を見せた。

 途端、凛さんの顔からニヤニヤが消え、小さな驚きを貼りつけて固まった。

 ついでに、場がしん、と静まり返った。三人が何となく三様にこっちをじっと見て。

 ん? なんで? 俺まずいこと言ってないよな? プレゼントを見せに来るなんてはしゃぎすぎか? しかも打ち合わせの場所に。場違いすぎ?

「樹、そのブレスレット洒落てるね。凛からのプレゼント?」

 どこか楽し気に東雲さんは訊く。

「はい、クリスマス宴会に行けないからと」

 凛さんからプレゼントをもらったとなれば不機嫌になるのは飛鳥さんだけで、他の人は何も思わないだろうと隠すことなく答えた。

 リーダーだし、みんなにプレゼントを贈ったかもしれない。現に飛鳥さんはゲーム機をもらったって京さんが言ってた。

 それぞれに見合ったものを、というか俺は見合ってないけど、プレゼントを用意したんじゃないかな。藤堂さんのクリスマスプレゼントだってしかりだ。握りやすくてとても書きやすかった。あんまりまだ使えてないけど。

「凛君……奮発したね」

 藤堂さんは少し……目が……笑ってないような気がした。やっぱ似合ってないよな、過ぎた代物だって思ってるかな。受験生だし、学生だし、こんなお洒落なもの、今は不相応だろうって。 

「あの、でも、これカッコいいんで、次のジャケットとか取材とかではめたらいいんじゃないかなって」

 このままでは贈った凛さんまで怒られてしまうかもしれない。
 桐谷樹には似合わないかもしれないが、KIRIなら、エスブレの中のビジュアルとしてならアリだろう。多分。

「……そういうのは衣装さんと相談だ……だよ、な、東雲?」

 珍しく凛さんの視線が流れたかと思うと東雲さんに振った。なんだろう、やっぱ俺しくったか? 早く退散した方がいいな。場違いだったな。

「でもシルバーだし、パドロックモチーフってちょっと大人っぽいし、楽曲のイメージと合うこともありそうだね」

 東雲さんは、やっぱり楽しそうに小さく笑ってるんだけども。

「今はまだ撮影に私物は使わせないよ、衣装部が用意したものじゃないと。ファンの目もあるしね」

 その横で藤堂さんは口調は優しいままだけどぴしゃりと言い放った。うーん……そうか、そうだよな。もー、やっぱ俺しくったな……。

「樹、チョコは社長にも持って行くのか?」

 突然、凛さんは立ち上がった。え? 急になに。

「あ、はい。可能ならば」
「樹君、社長の分は僕から渡しておくよ。今日は外出なさってるし」

 藤堂さんの即答。やっぱりそうだよな。

「すみません、お願いします」
「うん、じゃあ、打ち合わせを再開しようか。樹君、チョコレートありがとう、あとで食べさせてもらうね」

 俺から社長分のチョコを受け取ると、藤堂さんは閉じていたノートを開いた。もう帰れということだろう。うん。

「樹」

 凛さんはまだ立ったままで。

「はい」
「ありがとな」

 いつものニカッとした感情溢れた笑顔ではなかったけど。

「はい」

 俺が返事するとまたパイプ椅子に座った。

 ので。
 俺は会議室を出た。