バラードはうまく歌えない

「おー、今年は樹なんだー、さんきゅー」

 事務所内にいるのはわかっていても案外すぐ見つかるものではなくて、俺は同じ建物内にいながらメッセージアプリを使って瑞希さんと海斗さんを探し当てた。

 と。

「あの……海斗さんは?」

 自販機コーナーにいたのは瑞希さん一人。
 特に待つ必要はないと思い、瑞希さんに先にチョコレートを渡した。

 ぱあっと明るく笑った瑞希さんはあっという間に、小さな欠片二つを胃の中へ入れた。

「海斗ねえ、高宮さんと会ってるよ。今の今までここにいたんだけどね」

 まだ俺にとってそう馴染みのない名前が出てきた。
 高宮さんはレコード会社の人でエスブレ担当で、少し偉い人、らしい。レコーディングやMV撮影、取材で顔を合わせる程度だ。

「もしかして待ってくださってました?」

 この自販機コーナーでやることと言えば、買った飲み物を飲むぐらいで。飲み終われば立ち去るだろう。瑞希さんの手には何もなくて。

「あー、まあ俺はね。海斗は樹を待ってたというより高宮さんが来るのを待ってたから」

 まあ、海斗さんのそのクールさ?はいつものことなのでいい。
 実は未だ海斗さんとじっくり話をしたことがない。俺に対して「同じグループの人間」、以上の興味がなさそうで、それを隠すつもりもなくいつもオープンにしてるから話しかけづらい。

 でも、いつかは瑞希さんに見せる静かだけど微かに楽しそうな笑顔を俺にも見せてほしい。諦めてない、俺は。

「海斗には俺が渡しとくよ、チョコ。また探すのは面倒だし。高宮さんとは曲の話をしてるみたいだからいつ戻って来るかわかんないしね」
「海斗さんの曲、次のアルバムに入るんですか?」

 以前、高宮さんは海斗さんに、曲ができたら持ってくるように、と言っていた。アルバムの曲がどうやって決まるのか知らないが、次のアルバムのリリース準備が始まっているこの時期に高宮さんと話すということは海斗さんは採用されたのかもしれない。

「どうだろうね、海斗はそういうのって何にも言わないから俺もわかんないな。ま、お互い仕事の話はもともとしないけど」

 その口ぶりは。ずっと訊きたくて訊けなかったことがある。

「瑞希さん、質問していいですか?」
「うん? いいよ。ダンスでも芝居でも」

 ……お芝居はしたことないし、その予定もない。

「瑞希さんと海斗さんって、エスブレ以前からの知り合いなんですか?」

 凛さんと東雲さんがそうであるように。高校からの付き合いだと東雲さんが教えてくれた。

「うん、知り合いっていうか、実家が隣同士」

 え、それって。

「俺と海斗は俗に言う幼馴染みってやつ」

 えええ、何かすごい。幼馴染みで芸能界で同じグループにいるって、めったにないシチュエーションじゃ……。

「あいつが暇そうにしてるから、俺エスブレっていうグループに入るんだけどお前もどう?って誘ったら入るって言うからさ」

 ええ!? そんなんでメンバーになれるのか。
 いやいや、それは瑞希さんの端折りすぎで、本当は、藤堂さんに認められ、社長のOKがでて、契約書にサインして、っていうことだよな。

 飯食いに行こう、みたいな話じゃない。海斗さんはちゃんと実力があって、たまたまそれが瑞希さん家の隣の人だった、ってことだ。

「樹は海斗に興味あるの?」
「え、当たり前じゃないですか。エスブレの人ですよ、無関心なわけないじゃないですか」
「そっか。あいつね、本当はピアノ弾きなんだよ。酒が飲めるならあいつのバイト先一緒に行けるのになあ」

 海斗さんアルバイトしてるんだ。バーみたいなところでピアノを弾いてるってことなのかな。

 でもエスバレ内ルールとして学生はバイト禁止じゃ……飛鳥さんだってしてない。まさか藤堂さんに隠れてしてるってわけじゃないだろうから、海斗さんはOKなんだろうな。ってか、一番ピアノ、二番ダンス、ってこと?

「まだ17なんで」
「だよなあ……ん? 今高3だよね? 18じゃないの? スキップしたとか?」

 あれ?、と瑞希さんが首を捻る。
「俺、3月が誕生日なんで」

 小さな頃は同学年の一年違いに苦労したと母親が言ってたけど今は多分……どうなんだろうか。

「わあ、そうなのか。酒飲めんの、まだまだ先かあ」
「はい」
「みんな樹と酒飲むの楽しみにしてそうなのになあ。凛さんとか嬉しがってしばらく毎晩連れ回すだろうな」

 瑞希さんは想像したのか楽しそうに笑う。
 凛さんって酒好きなのか。豪快に飲む姿……難くはない。

「酒と言えば、藤堂さんは下戸なんだよ」
「そうなんですか」

 こちらも案外、わかる気もする。仕事してる普段の姿を絶対崩さない、感じがしないでもない。

「エスブレの中で唯一の下戸。俺、べろべろに酔った時、真夜中に車で迎えに来てもらったことある」

 優しいな、藤堂さん。自分のことよりみんなのことを優先してるんだろうな。やっぱり、マネージャーさんなんだ。

「次の日めっちゃ怒られてひたすら平謝りしたけどね。ちゃんと自制しなさいって」

 怖いのかな、怒ったら。俺の夜の外出の時は凛さんの雷が先に落ちたからあまり怒らなかったのだろうか。怒られてみたいようなみたくないような……。

「ああ、樹、もしかして他も回る予定? だったらごめん、長話しちゃった」

 あの夜のことを思い出していると瑞希さんが少し慌てたように俺の顔を覗き込んだ。

「あ、いえ、あと凛さんと東雲さんのところへ行きますけど、全然大丈夫です」

 凛さんと東雲さん、そして藤堂さんは打ち合わせ中。すでに世話チョコを渡したいと伝えていて、いつでもいいからおいでと言われている。

「そ、ならよかった」

 瑞希さんは右手をポケットに入れて、自販機の前に立った。

「樹は好き嫌いなかったよね?」

 背中越しにそう言ってボタンを押したかと思うと、振り向きざまに俺に向かって、小ぶりのスチール缶を投げた。

「わ……、あ、りがとうございます」

 受け取ったのは、コーンスープ缶。少し熱くてお手玉をしてしまった。

「チョコのお礼。美味かったよ、ありがと。さ、次へどうぞ、ショコラティエ・イツキ」