飛鳥さんから受け継いだバレンタインチョコを事務所の給湯室で作らせてもらっていたら、包丁が必要なことを忘れていて。
近くの女性スタッフさんに声をかけたら給湯室にあったらしい包丁を貸してくれた。そのままココアパウダーも一緒に掛けてくれて、パッケージングまで手伝ってくれた。
パッケージングと言っても、色気も素っ気もない10センチくらいのジッパーバッグに小さな欠片を二つ入れたものだが。
お礼にスタッフさんにお裾分けして、いよいよみんなに渡しに行く。
バレンタイン・チョコ、まさか俺が作るとは想像だにしなかったけど、飛鳥さんの言うのももっともで。
女の子だからあげる、ではなく、お世話になってるから、っていう理由もアリで、男でも女でも関係なく、あげればいいじゃないか、と。もちろん告白の応援アイテムというのもアリで。
ちなみに、ウチの事務所はタレントへのプレゼントはメッセージカードや手紙のみ、とお願いしているらしく。チョコレートなどは当然届かない。
実は今日はみんなが事務所に集まる日ではない。とは言え、個人的に用事があって来る人や自主練に来る人は確実にいて、公式チャンネルに月4回ほど投稿している動画の打ち合わせもあったりで。
俺は週末しか来れないが、他の人はちょこちょこここに来ている感じではある。凛さんと京さんはキッズクラスのダンスのレッスンがあるし。
用意したのはメンバー6人と藤堂さんとフミ先生と社長の9人分。
社長になんて気軽に会えないだろうから藤堂さんに託すとして。
お世話になってると言えば、ここのスタッフさんもそうなのだけどそこを数にいれると大変な量となる。下っ端が何やってるんだ、と怒られそうでもあるし。
よし、まずはフミ先生と一緒に練習してる飛鳥さんと京さんのところだ。
事務所に来ていれば、どこにいるのか大体わかるようになっている。どこのレッスン室か確認すると、三人寄って何か話し込んでいるのが廊下から見えた。レッスン室は廊下側の壁がガラス張りだ。
ノックしてドアを開ける。
「お疲れ様です」
スタッフさんにもらった白い紙袋を下げた俺を見た飛鳥さんは、ニヤリと小さく笑った。俺が何しに来たのか分かったのだろう。
今日は2月14日なのだから。
「お疲れさん、樹。どうしたの。兄さんたちに用事?」
フミ先生が京さんとの話を止めて不思議そうに俺を見る。俺のレッスンは入ってないからここに来る理由が見当たらないのだろう。
「いえ、フミ先生にもあります」
ずんずんと中へ入り、ささっと各人の手の中に、ジッパーバッグを押し込んだ。
「樹?」
京さんが自分の手の平の中をまじまじと見る。
「いつもお世話になっているので、感謝の世話チョコです」
……感謝と言うわりに雑なパッケージで申し訳ないけども。
飛鳥さんは早速二つしか入ってない欠片の一つを取り出して口に入れた。
「ん……美味い。ま、あのレシピがあれば当然だな」
結局、褒めてるのは自分か。美味かったのは本当だけど。
「ああ、去年の飛鳥のチョコね。確かに美味しかったな。樹、ありがとね」
フミ先生は合点がいったらしい。
「で。珍しく手首にお洒落なのつけてるね。ティファニーと見たけど?」
フミ先生が言った途端、飛鳥さんがばっと俺の手を見た。パーカーの袖で隠れてたはずなんだけど、フミ先生は目敏い。
「は? お前何ハイブランドしてんだよ」
ええ、ええ、似合ってませんよね、わかってますよ、俺だって。
「頂きものなので」
「へえ、太客でも捕まえたか」
さすがになんだかムカッとなって。
「凛さんからです」
訊かれなきゃ黙ってるつもりだったが、恐らくいつかはバレるのだ。なら今でもいいよな。
「……え?」
小馬鹿にしたように笑っていた飛鳥さんが一瞬顔色を変えた。そこまでの反応を狙ったわけじゃない。でも飛鳥さんならそうなる、か……。やっぱ言わなきゃよかったかな。
「事務所のクリスマス宴会に行かないからクリスマスプレゼントって」
「俺、そんな高価なもの貰ったことない。えー、何で俺にはくれないんだろう……お前、いらないなら俺に寄越せよ」
冗談なのか本気なのかわからないテンションで飛鳥さんが俺の右の腕を掴んでパーカーの袖を引き上げる。いや、冗談の目じゃない。
「や、これはいただいたものなんで誰にもあげられませんよ」
腕を振りほどこうにも飛鳥さんの力に抗えず。
「飛鳥、何子供みたいなこと言ってんの! お兄ちゃんは弟から取り上げたらダメだろ」
見かねたフミ先生が間に入って、腕を解いてくれた。
「パドロック……」
それでも飛鳥さんは納得のいかない顔をしているが、俺にはどうしようもなくて。そんなに俺が凛さんからプレゼントをもらうことが許せないのか。
心から尊敬していて一番弟子ぐらいに思ってるのはわかってる、けど。
「飛鳥、お前は宴会の時、凛さんに管巻いて被ってたキャップもらってただろ。それから家族にってゲーム機ももらってただろ」
ん? 飛鳥さんももらってんじゃん。
「……京さん、あんなに酒を浴びるように飲んでたのによく覚えてますね」
飛鳥さんが「言ってほしくなかった」という顔で首を竦めた。
「わはははは、京はザルだよ」
フミ先生が豪快に笑う。
京さんがザル……そう言えば、みんなが酒を飲んでる姿って思いつかないな。なんかカッコ良さそうだ。
「桐谷、そのブレスレットいくらするのか調べてみろ。ゲーム機どころじゃないんだからな。凛さんに気ぃ遣わせんなよ」
「はい……」
先輩の言うことはすべてイエスというわけじゃない(ダンス除く)が、気を遣わせるなと言われれば、はいと言うしかなくて。飛鳥さんだってあの日たくさんもらってるのに。
でもそんなに欲しいのなら譲ります、とは言いたくない。だって、たまたまではなく、俺に、凛さんがくれたものだ。高価なものならなおさら、凛さんの気持ちを踏みにじることになる。
はいと言って、いつまでもここにいては配り終わらないので、次へいく。
頂きものの値段を調べるのって、失礼じゃないのか……? 高いもの、という認識だけじゃだめなのか。
近くの女性スタッフさんに声をかけたら給湯室にあったらしい包丁を貸してくれた。そのままココアパウダーも一緒に掛けてくれて、パッケージングまで手伝ってくれた。
パッケージングと言っても、色気も素っ気もない10センチくらいのジッパーバッグに小さな欠片を二つ入れたものだが。
お礼にスタッフさんにお裾分けして、いよいよみんなに渡しに行く。
バレンタイン・チョコ、まさか俺が作るとは想像だにしなかったけど、飛鳥さんの言うのももっともで。
女の子だからあげる、ではなく、お世話になってるから、っていう理由もアリで、男でも女でも関係なく、あげればいいじゃないか、と。もちろん告白の応援アイテムというのもアリで。
ちなみに、ウチの事務所はタレントへのプレゼントはメッセージカードや手紙のみ、とお願いしているらしく。チョコレートなどは当然届かない。
実は今日はみんなが事務所に集まる日ではない。とは言え、個人的に用事があって来る人や自主練に来る人は確実にいて、公式チャンネルに月4回ほど投稿している動画の打ち合わせもあったりで。
俺は週末しか来れないが、他の人はちょこちょこここに来ている感じではある。凛さんと京さんはキッズクラスのダンスのレッスンがあるし。
用意したのはメンバー6人と藤堂さんとフミ先生と社長の9人分。
社長になんて気軽に会えないだろうから藤堂さんに託すとして。
お世話になってると言えば、ここのスタッフさんもそうなのだけどそこを数にいれると大変な量となる。下っ端が何やってるんだ、と怒られそうでもあるし。
よし、まずはフミ先生と一緒に練習してる飛鳥さんと京さんのところだ。
事務所に来ていれば、どこにいるのか大体わかるようになっている。どこのレッスン室か確認すると、三人寄って何か話し込んでいるのが廊下から見えた。レッスン室は廊下側の壁がガラス張りだ。
ノックしてドアを開ける。
「お疲れ様です」
スタッフさんにもらった白い紙袋を下げた俺を見た飛鳥さんは、ニヤリと小さく笑った。俺が何しに来たのか分かったのだろう。
今日は2月14日なのだから。
「お疲れさん、樹。どうしたの。兄さんたちに用事?」
フミ先生が京さんとの話を止めて不思議そうに俺を見る。俺のレッスンは入ってないからここに来る理由が見当たらないのだろう。
「いえ、フミ先生にもあります」
ずんずんと中へ入り、ささっと各人の手の中に、ジッパーバッグを押し込んだ。
「樹?」
京さんが自分の手の平の中をまじまじと見る。
「いつもお世話になっているので、感謝の世話チョコです」
……感謝と言うわりに雑なパッケージで申し訳ないけども。
飛鳥さんは早速二つしか入ってない欠片の一つを取り出して口に入れた。
「ん……美味い。ま、あのレシピがあれば当然だな」
結局、褒めてるのは自分か。美味かったのは本当だけど。
「ああ、去年の飛鳥のチョコね。確かに美味しかったな。樹、ありがとね」
フミ先生は合点がいったらしい。
「で。珍しく手首にお洒落なのつけてるね。ティファニーと見たけど?」
フミ先生が言った途端、飛鳥さんがばっと俺の手を見た。パーカーの袖で隠れてたはずなんだけど、フミ先生は目敏い。
「は? お前何ハイブランドしてんだよ」
ええ、ええ、似合ってませんよね、わかってますよ、俺だって。
「頂きものなので」
「へえ、太客でも捕まえたか」
さすがになんだかムカッとなって。
「凛さんからです」
訊かれなきゃ黙ってるつもりだったが、恐らくいつかはバレるのだ。なら今でもいいよな。
「……え?」
小馬鹿にしたように笑っていた飛鳥さんが一瞬顔色を変えた。そこまでの反応を狙ったわけじゃない。でも飛鳥さんならそうなる、か……。やっぱ言わなきゃよかったかな。
「事務所のクリスマス宴会に行かないからクリスマスプレゼントって」
「俺、そんな高価なもの貰ったことない。えー、何で俺にはくれないんだろう……お前、いらないなら俺に寄越せよ」
冗談なのか本気なのかわからないテンションで飛鳥さんが俺の右の腕を掴んでパーカーの袖を引き上げる。いや、冗談の目じゃない。
「や、これはいただいたものなんで誰にもあげられませんよ」
腕を振りほどこうにも飛鳥さんの力に抗えず。
「飛鳥、何子供みたいなこと言ってんの! お兄ちゃんは弟から取り上げたらダメだろ」
見かねたフミ先生が間に入って、腕を解いてくれた。
「パドロック……」
それでも飛鳥さんは納得のいかない顔をしているが、俺にはどうしようもなくて。そんなに俺が凛さんからプレゼントをもらうことが許せないのか。
心から尊敬していて一番弟子ぐらいに思ってるのはわかってる、けど。
「飛鳥、お前は宴会の時、凛さんに管巻いて被ってたキャップもらってただろ。それから家族にってゲーム機ももらってただろ」
ん? 飛鳥さんももらってんじゃん。
「……京さん、あんなに酒を浴びるように飲んでたのによく覚えてますね」
飛鳥さんが「言ってほしくなかった」という顔で首を竦めた。
「わはははは、京はザルだよ」
フミ先生が豪快に笑う。
京さんがザル……そう言えば、みんなが酒を飲んでる姿って思いつかないな。なんかカッコ良さそうだ。
「桐谷、そのブレスレットいくらするのか調べてみろ。ゲーム機どころじゃないんだからな。凛さんに気ぃ遣わせんなよ」
「はい……」
先輩の言うことはすべてイエスというわけじゃない(ダンス除く)が、気を遣わせるなと言われれば、はいと言うしかなくて。飛鳥さんだってあの日たくさんもらってるのに。
でもそんなに欲しいのなら譲ります、とは言いたくない。だって、たまたまではなく、俺に、凛さんがくれたものだ。高価なものならなおさら、凛さんの気持ちを踏みにじることになる。
はいと言って、いつまでもここにいては配り終わらないので、次へいく。
頂きものの値段を調べるのって、失礼じゃないのか……? 高いもの、という認識だけじゃだめなのか。

