2月。
申し訳程度にしか振られていないボーカル向け(つまりは東雲さんと俺)ダンスの練習を一人黙々とレッスン室の鏡に向かってやっている。
だいたい同じ振りである東雲さんの半分以下の出来だと怒られながら励まされながら、俺には退却という言葉はなく這ってでもやるしかない。
日付は決まっていないがそろそろMVの撮影が始まる。
スタッフさんやエスブレのみんなに迷惑がかかるから、できませんでしたなんて冗談でも言えない。
……ちなみに東雲さんは親友でもあるリーダーの凛さんに前々から手ほどきを受けていたらしいしセンスがある、とウチの事務所がやってるダンス教室の小学生クラスのアシスタントさんでもある京さんが言っていた。
俺は体育の授業でほんの少しやって、あとはテレビを見ながら真似したとかその程度。ボーカルゆえにダンスは限りなくないに等しいが、それでもゼロではなく、先のアルバムのMV撮影では直前まで、夢に出てくるほどに振付のフミ先生やみんなにしごかれた。
あの時よりは少し動けるようになったとは思うが見様見真似の体を抜け出せていない。何事も真似からだと凛さんは言ってまだ許してくれているがいつまでもそれに甘えてはいられないわけで。
もちろん、歌の練習もやる。そっちが本業だ。おろそかになっては本末転倒、俺のいる意味がない。
「足が逆」
!
いきなりドアが開いて声がした。結構な音量で曲を流していたのにそれを上回るボリュームで間違いを指摘された。その口調は嫌味成分多めで。
鏡に映るその人は紙袋を手にした飛鳥さん。パフォーマーで二つ上の大学生は最後のつけたしのような形で加入した俺への風当たりが一年たった今でもきつめだ。デビューまでの、一年ほどを地道に動画やSNSで活動してきた苦労を知らないだろうとねちねち言われる。
でもそれはその通りだから受け止めるしかない。俺以外の六人みんなの努力の上に今のSーBulletがある。だから俺はこれから頑張るしかないのだ。
と。
「こっちに一度重心を置いてから足を出さないと最高にダサい」
すたすたと歩いてきて、俺の横でステップを踏んでみせた。
「はい」
経験がないからとか言ってる場合ではなくてやらねばならない。
答えは全部イエス。そこだけを切り取ればできるのに動作がつながると上手くできない。コツは教えてもらえたので練習あるのみ。
「でだ。お前にはもう一つ仕事がある」
鏡越しから直に俺を見て。
「はい?」
「二月は何があるかわかってるな?」
そう言って飛鳥さんは紙袋を突き出す。
「え……撮影日決まったんですか?」
「バカちげーよ、二月と言ったらバレンタインだろ」
あ、なるほど。チョコレートをファンの人からもらったりするんだろうか。
「お返しとか何かやることがあるんですか?」
「ちげって。だからこれ」
押し付けるので紙袋を受け取るしかなく。
やや重みのある紙袋の中を覗くと、何かが書いてあるらしい紙とガラス容器とプラスチック容器が入っていた。なんだこれ。
「お前が作るんだよ、チョコレート」
「え? ファンの人たちにですか?」
「ばっかやろう、エスブレのみんなと藤堂さんとここの社長にだよ!」
え?
「去年は俺が作った。お前にはやらなかったが、俺が勝手に作ってみんなに配ったんだよ、日頃世話になってるから」
……ひとつだけ引っかかるところがあったが、まあ今はいいとしよう。なるほど、お世話になってるからか。
「今年はお前がやれ。下っ端だからな」
あー、そういうことならやるべきだ。うん。
「はい、やります」
「よし。この紙袋にレシピと入れ物は入ってるから材料は自分で買え。量はたくさんいらないからな、気持ちだから少しでいい」
「はい」
頷くと飛鳥さんは踵を返した。
ここで作っていいのだろうか。台所あるし。寮に帰ってやれないことはないけど人に見られた時に説明が面倒かもな。
紙袋からレシピだろう紙を取り出す。「レンジだけでつくれる生チョコ」と手書きだった。飛鳥さんの字だ、これ。俺に渡すために書いてくれたのだろうか。
「桐谷」
目を通していると出て行ったと思っていた飛鳥さんがドア口で俺の名を呼んだ。
「買い物、付き合ってやってもいいぞ。お前学校の寮だもんな」
ありがとうございます、と言いかけたら、レシピの紙にはちゃんと事務所から一番近いスーパーの名前と買うべき材料の具体的なメーカーと商品名が書かれていた。
これなら料理をしたことがない俺でも迷うことはない。
「大丈夫です、このレシピがあれば俺一人でやれそうです」
「小学生でも作れる簡単なやつだけどわかんなかったらメッセージ飛ばせ」
「はい」
そして今度こそレッスン室を出て行った。
ねちねち言うこともあるけど、飛鳥さんは良い人だ。もちろん藤堂さんも他のみんなも。
申し訳程度にしか振られていないボーカル向け(つまりは東雲さんと俺)ダンスの練習を一人黙々とレッスン室の鏡に向かってやっている。
だいたい同じ振りである東雲さんの半分以下の出来だと怒られながら励まされながら、俺には退却という言葉はなく這ってでもやるしかない。
日付は決まっていないがそろそろMVの撮影が始まる。
スタッフさんやエスブレのみんなに迷惑がかかるから、できませんでしたなんて冗談でも言えない。
……ちなみに東雲さんは親友でもあるリーダーの凛さんに前々から手ほどきを受けていたらしいしセンスがある、とウチの事務所がやってるダンス教室の小学生クラスのアシスタントさんでもある京さんが言っていた。
俺は体育の授業でほんの少しやって、あとはテレビを見ながら真似したとかその程度。ボーカルゆえにダンスは限りなくないに等しいが、それでもゼロではなく、先のアルバムのMV撮影では直前まで、夢に出てくるほどに振付のフミ先生やみんなにしごかれた。
あの時よりは少し動けるようになったとは思うが見様見真似の体を抜け出せていない。何事も真似からだと凛さんは言ってまだ許してくれているがいつまでもそれに甘えてはいられないわけで。
もちろん、歌の練習もやる。そっちが本業だ。おろそかになっては本末転倒、俺のいる意味がない。
「足が逆」
!
いきなりドアが開いて声がした。結構な音量で曲を流していたのにそれを上回るボリュームで間違いを指摘された。その口調は嫌味成分多めで。
鏡に映るその人は紙袋を手にした飛鳥さん。パフォーマーで二つ上の大学生は最後のつけたしのような形で加入した俺への風当たりが一年たった今でもきつめだ。デビューまでの、一年ほどを地道に動画やSNSで活動してきた苦労を知らないだろうとねちねち言われる。
でもそれはその通りだから受け止めるしかない。俺以外の六人みんなの努力の上に今のSーBulletがある。だから俺はこれから頑張るしかないのだ。
と。
「こっちに一度重心を置いてから足を出さないと最高にダサい」
すたすたと歩いてきて、俺の横でステップを踏んでみせた。
「はい」
経験がないからとか言ってる場合ではなくてやらねばならない。
答えは全部イエス。そこだけを切り取ればできるのに動作がつながると上手くできない。コツは教えてもらえたので練習あるのみ。
「でだ。お前にはもう一つ仕事がある」
鏡越しから直に俺を見て。
「はい?」
「二月は何があるかわかってるな?」
そう言って飛鳥さんは紙袋を突き出す。
「え……撮影日決まったんですか?」
「バカちげーよ、二月と言ったらバレンタインだろ」
あ、なるほど。チョコレートをファンの人からもらったりするんだろうか。
「お返しとか何かやることがあるんですか?」
「ちげって。だからこれ」
押し付けるので紙袋を受け取るしかなく。
やや重みのある紙袋の中を覗くと、何かが書いてあるらしい紙とガラス容器とプラスチック容器が入っていた。なんだこれ。
「お前が作るんだよ、チョコレート」
「え? ファンの人たちにですか?」
「ばっかやろう、エスブレのみんなと藤堂さんとここの社長にだよ!」
え?
「去年は俺が作った。お前にはやらなかったが、俺が勝手に作ってみんなに配ったんだよ、日頃世話になってるから」
……ひとつだけ引っかかるところがあったが、まあ今はいいとしよう。なるほど、お世話になってるからか。
「今年はお前がやれ。下っ端だからな」
あー、そういうことならやるべきだ。うん。
「はい、やります」
「よし。この紙袋にレシピと入れ物は入ってるから材料は自分で買え。量はたくさんいらないからな、気持ちだから少しでいい」
「はい」
頷くと飛鳥さんは踵を返した。
ここで作っていいのだろうか。台所あるし。寮に帰ってやれないことはないけど人に見られた時に説明が面倒かもな。
紙袋からレシピだろう紙を取り出す。「レンジだけでつくれる生チョコ」と手書きだった。飛鳥さんの字だ、これ。俺に渡すために書いてくれたのだろうか。
「桐谷」
目を通していると出て行ったと思っていた飛鳥さんがドア口で俺の名を呼んだ。
「買い物、付き合ってやってもいいぞ。お前学校の寮だもんな」
ありがとうございます、と言いかけたら、レシピの紙にはちゃんと事務所から一番近いスーパーの名前と買うべき材料の具体的なメーカーと商品名が書かれていた。
これなら料理をしたことがない俺でも迷うことはない。
「大丈夫です、このレシピがあれば俺一人でやれそうです」
「小学生でも作れる簡単なやつだけどわかんなかったらメッセージ飛ばせ」
「はい」
そして今度こそレッスン室を出て行った。
ねちねち言うこともあるけど、飛鳥さんは良い人だ。もちろん藤堂さんも他のみんなも。

