バラードはうまく歌えない

 4月にメジャーデビューしてから9ヶ月が経つ。

 エスブレの動画へのコメントが俺へのものが少しずつ多くなってきていて。

 嬉しかった。本当に。古参のファンの人なのかメジャーデビューしてからファンになってくれた人なのかはわからないが、歌が好き、声が好き、と言ってくれる人をコメント欄の中に割と楽に見つけられるようになった。

他メンと同じようになれとは言わないがダンスをもうちょっとなんとかしろ、という同情を含んだお叱りのようなものももちろんあるが。

「お前、何ニヤニヤしてんだよ」

 事務所の会議室に集合だとメッセージアプリでエスブレのメンバーが招集され、俺は一番にたどり着いた。
 それで時間つぶしに、エスバレ公式チャンネルにアップしてあるデビューアルバムのMVを見ていたのだ。

 二番目にやってきたのは飛鳥さん。
 ドアが開いたことに気付かず、ニヤけた顔を見られたらしい。

「おはようございます。あの……SHAPEのMVを見てました」

 SHAPE―シェイプはデビューアルバムのリード曲。
 MVはとても格好良く作られている。通しで踊ってない分、編集の魔法で俺も何とか格好良く(っぽく)してもらっている。

「今も再生回数コンスタントに伸びてるもんな、まあ、わからんこともない」

 飛鳥さんもニヤリと笑った。

 ダンス素人の俺が言うのもなんだが、エスブレのみんなはそれぞれ踊りに個性があって、ファンの人も好みが分かれるところだとしても(俺を除く)誰を見ても嫌味がなく楽しめるはず。

 だからコメントも歌だけでなく、ダンスについてもばんばん飛んでくる。飛鳥さんにおいては、小学生男子ファンも多い。でもそれはわかる、見ていて本当に楽しくなるから。そして踊ってみたくなるのだ。

「お前ら早いな」

 そう言って会議室に入ってきたのは凛さん。

「おはようございます」

 と、俺が挨拶するよりも飛鳥さんが「っす」と小さく頭を下げた。飛鳥さんは凛さんを一番尊敬している。そう、一番。

 もちろん他の人たちに敬意を払っていないわけじゃなく、凛さんに対してが飛びぬけているというだけ。フミ先生がいない時は凛さんに振りの確認を取ってたりするし。

 凛さんが三番目かと思っていたら、その後ろに東雲さん、海斗さん、京さん、瑞希さんとみんないた。

「おはよー、飛鳥と樹は仲良しだねえ。一緒に来たの?」

 ドアを閉めながらニコニコと瑞希さんが俺たちを見る。

「来てませんよ、桐谷が一番です。こいつ、スマホでMV見てニヤニヤしてたんすよ」

 むすっとして飛鳥さんが答えたかと思うと、なんか告げ口されて。まあ、告げ口っていうか……。

「あは、でもわかるよ樹の気持ち、俺もニヤニヤして何度も見ちゃうもんなあ。お前もめっちゃカッコ良かったよ、飛鳥」
「どもっす」

 照れ臭そうに飛鳥さんはふいと横を向いた。凛さん以外の人から褒められると飛鳥さんはこんな感じだ。
 凛さんだとそれはもう尻尾を千切れんばかりに振る犬のようにとてもとても喜ぶ。

 以前その態度に違いに絶句していたら、海斗さんと東雲さんがそう教えてくれた。飛鳥は凛のことが大好きなんだよねえ、と。

「よしよし、じゃあ始めるか」

 凛さんはみんなを見回した。そう言えば、今日はなんで招集されたのか、内容を聞いていない。そして藤堂さんもいないのだけど……藤堂さんは来ないのかな。
 この集まり、仕事じゃない? 凛さんの招集? 何が始まるんだろう?

「樹」

 凛さんが俺を真っ直ぐ見る。

「……はい」

 なんだ? なんで俺?

「今日はお前に渡すものがある」
「……はい」

 凛さんの表情が読めない。楽しいことなのか、恐ろしいことなのか。表情がフラット過ぎて。

「手を出せ」

 え…………手? なんなのだろう、先に手を出せって……もしかして、なんかのドッキリ的な? 動画で使うとか?

「早く出せ」
「あっ、はい」

 ほんの少し躊躇しただけなのに、早くしろと言われる。
 これはもう、何か良からぬものが手の平に乗せられるのだろう。腹を括るしかない。噛まれるような虫だったらイヤだな……。変な声が出そうだ。

 俺は恐る恐る、目を少し薄めで逸らしつつ、身体も逃げ気味で手の平を出した。

「両手」

 さらに容赦なく要求される、両手?
 逆らうわけにもいかず、体を前に戻し水をすくうように両手を前に出す。

「よし、みんな出せ」

 うわっ、何の生き物だよ。絶対変な声出る。いや、この場合出た方が面白い動画になるのか? うぅ……。
 凛さんの号令に完全に目を閉じた。手が微かに震える。

 手の平に何かがいくつも乗り、それはちょっとざらざらしたような…………静止物?

「目を瞑れなんて言ってないぞ、樹。目を開けろ」

 ゆっくり目を開ける。言われずとも開けるしかないのだが。動いてないならいいか。死骸みたいなものも嫌に変わりないけど……。

 え?
 これ……。
 6個も?

「来週から、入試だろ?」

 凛さんがニッと笑って俺の頭をくしゃっと撫でる。

「はい……」

 袋の柄や大きさがばらばらだ。

「こんだけ神様がいれば安心していけるだろ?」
「はい……ありがとうございます」

 両手にある、お守り。6つ……6体。
 引き寄せて胸に抱く。

「ありがとうございます」

 一人一人の顔を見て頭を下げた。

 みんな、きっとそれぞれ買いに行ってくれたのだろう。受験なんて俺の個人的な事なのに。

「受験勉強も仕事も頑張った樹だから、きっと大丈夫。神様も応援してくれると思うよ」

 東雲さんが笑ってくれ、

「努力は裏切らないからあと一押し頑張れ」

 と京さんが言ってくれた。

「大丈夫、樹なら受かるよ」

 と根拠のない確信は瑞希さん、その後ろで「適当な事言うなよ」と海斗さん。

「ま、瑞希さんの言う通り、お前なら受かるんじゃねえの?」
「飛鳥さんの後輩になれるよう頑張ります」

 黙ってようと思ったけど、たまには反撃をね。

「げ、そうなのかよ」

 心底嫌そうな顔をする。といってもなかなか会うこともないだろうけど。

「じゃあ、ゴニュウガクヲタノシミニシテオリマス」