バラードはうまく歌えない

 レッスンという名の特訓が終わって、寮に帰って。もちろん夕飯に間に合うように帰してもらって。

 部屋のドアを開けると、同室の多田はまだ飯に行ってなかった。もちろん行く約束をしていたわけじゃない。同室の奴とは、一切飯を一緒に食わない、ってこともなく、かといって何曜日と何曜日は必ず飯は一緒、なんてこともなく。その時その時の気分や二人とも手が空いていて、なんて時に一緒に食う感じ。

 俺は全寮制男子高の生徒で。そんな遠いところに実家があるわけじゃなく、むしろ近くにあると言っていいが、良い経験だからと親に勧められて受けたら受かって、他に行きたいと思った学校もなかったのでここにした。中には地方から来ている奴もいて、古くからある学校で難関大学の合格率も高いからだとかなんとか。

 一学年90名ほどなので二年もたてば大方同学年の顔は知っていて皆仲が良い、と思う。ちなみに部屋は一年ごとに部屋替えがあって同学年と同室で二人一部屋。つまり多田とは二年の4月から同室。

「桐谷おかえりー、って、なんかすげえ疲れてね?」

 机で何かをしていたらしい多田は振り返るなり言った。

「え、うん、まあ。こってり絞られたから」

 頑張ったけど、成果はどうだろうか……。

「そっか。まあ明日まで休みだし、それもアリか」

 何で絞られた、とは言えない。多田も訊かない。ありがたいことに。

「いや、明日も練習」
「へ? そんなに疲れてんのに!?」
「うん、まあ……」

 もちろんデビューの話は箝口令が敷かれている。レッスン生という身分にはなっているけど、実質俺の扱いはタレントと一緒だ。誰にも言えない。知ってるのは親のみでその親ももちろんデビューまでは当然他言無用にと言われている。

 エスブレ自体はすでにカバー曲の動画なんかを動画共有サイトにいくつも出していて所属とグループ名は出てるし、凛さんや京さんはもともとダンサーとしての実績がある人だから、視聴回数も多く、デビューはまだでも多少は知られたグループだ。
 でもまだデビューだとか、俺が加入だとか、そういう話は出していない。アルバムリリースの発表と同時にもろもろ情報解禁ということになっている。
 だから寮の同室者の多田にも当然何も言えない。

 いや、デビューが発表されても、デビューしても多田には、いや、誰にも言えない。
 俺は未成年であることを理由にプロフィール非公開でのデビューになる。芸能コースがあるような学校ではない分マスコミ対応もできない、ファンや記者がうろうろされても困るから。学校に、生徒に迷惑をかけるのは目に見えている。それは絶対嫌だ。かといって俺もここを退学したくはないし大学への進学を希望している。

 姿からも身バレしないように、アルバムのジャケットやこれから撮るMVは極力顔がはっきり映らないような構成。前髪を目を隠すように垂らして、さらにパーカーのフードを深く被って。歌うからマスクはしない分、ややうつむき加減で。俺がそんなだから、他のメンバーの衣装も似たようなものになって、少しだけ顔は隠れ気味、でもファンの人は動画共有サイトなどで顔は知ってるから、今回の曲の演出とも取れ。

「いやまあ、俺がどうこう言う筋じゃないし、明日もお疲れさんって言うだけだけどさ」
「俺ちょっと頑張らないといけない時なんだよ、ありがとう」

 多田になら言ってもいい、という気分にもなる。言っちゃダメだけど。言えば、多田を巻き込むことになるし。

「そか。上手くいくといいな」
「うん」

 ここで俺はベッドにダイブして。とにかく横になりたかった。体のどこが悲鳴を上げているのかわからないほど体中が重くて痛くて。飯も食いたいけど、体を弛緩させて、何も考えたくなかった。

「んじゃ、俺、飯行ってくるわ」

 そう言う多田に突っ伏したまま片手を上げて応えて。誘わない気遣いがありがたかった。