「桐谷樹、あんたどういうつもり!? いつまで藤堂さんに迷惑かけてんの!」
手加減のないジャストミートした平手打ちが小気味良い音を立てて。
……。
頬を叩かれた、みたいだ。
めちゃくちゃ気が強そうで、めちゃくちゃ可愛い。
そんな人だった。
……誰?
俺の名を呼んで、藤堂さんに迷惑をかけるなと。
状況がわからなくて、でも目の前の女の人はひどく怒っていて。
目が泳いでしまう。めちゃくちゃ怒ってる人の顔をガン見できないし。
何か言うべきなのかもしれない、でも、何を言ったらいいのか。謝ればいいのだろうか。いや、だからこの人一体……。
「樹、この人、まのんさん。元トップアイドルで藤堂さんの奥さん」
……え。
瑞希さんが耳打ちしてくれたその言葉は。
綺麗な、でも燃えるような瞳で俺を真正面から睨みつけるその人は、藤堂さんの、奥さん……?
奥さん? 藤堂さんの、奥さん……結婚してたんだ、藤堂さん。
「あ、あの……すみま、せん、でした……」
「謝ったの、忘れないでよね」
まのんさん……はそう言うとすっと踵を返しフロアを、来た時のようにヒールをカツカツと鳴らしながら出て行った。
慌ててスタッフさんの誰かがまのんさんの後ろ姿を追ってフロアを出て行くと同時に、静まり返っていた場が仕事モードに戻って。椅子を引く音、紙をめくる音、キーボードを叩く音などが聞こえてくる。今まで一緒におしゃべりをしていたスタッフさんもそそくさと自分の席に戻っていった。
俺は突っ立ったまま動けなくて。
「大丈夫か? 樹」
凛さんが隣に来てくれて慰めるかのように俺の肩に腕を回した。
「樹、ごめん、教えておけばよかったね」
反対側に東雲さんが立って背中をさすってくれる。
「藤堂さんはね、元担当グループのメンバーだった咲野まのんさんと結婚してるんだよ。一年前ぐらいかな」
まのんさんの元マネージャー……。
「まのんさんって気が強くて一直線でさ、藤堂さんをあの手この手で口説き落としたんだよな」
「へえ、瑞希さん良く知ってるんすね。俺結婚してるっていうのしか知らなかったです」
「あの人、現役の頃から藤堂さん大好きオーラ出しまくりだったし、まあまあこの界隈有名な話だね。少なくともこの事務所の人はみんな知ってるだろうな」
瑞希さんと飛鳥さんが話していて。
「悪い人じゃないんだろうけど、やっぱり触らぬ神に祟りなし、だな」
海斗さんまでそんなことを言ってる。
「樹、冷やさなくていいのか?」
京さんがぽつりと言う。
「……大丈夫です」
熱を持ってるような気もするが、冷やすほどのことでもない。男に張られたわけじゃない。女の人の力は知れてる。
「まさか殴るとはな。まのんさんらしいがやりすぎだろ。お前は何も悪くないから気にするな、単に八つ当たりだ」
凛さんは頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「うん。藤堂さんが忙しくて家に帰れていないとしても樹のせいじゃないよ。俺たちエスブレのせいはあるかもしれないけど樹一人どうこうじゃないし、みんな遊んでるわけじゃない。同じ業界にいたんだからまのんさんもわかってるはずなんだけどね」
東雲さんが小さなため息をついた。
「あの人、樹を殴るためだけに事務所来たのかな?」
「まさか。藤堂さんか他に用事があったんだろ」
今ここに藤堂さんはいない。
「まのんさんなら可能性はありそうだけどね……」
「おい東雲、言いすぎだって」
瑞希さんと海斗さんの会話に東雲さんが乗っかって、凛さんが諫める。
「桐谷さあ、もしかして咲野まのん、知らないのかよ」
「はい」
「なるほど、だからあんな無関心な顔してたんだ」
瑞希さんがニヤニヤしている。
「待て待て、元トップアイドルだぞ。じゃあ、ピーキャンは?」
「……なんですか、それ」
「はあ? ピーチキャンディスター、まのんさんのいたグループ。めちゃくちゃ人気あって、小学生でも知ってるぞ。一昨年まのんさん引退して解散したけど」
「……アイドルとか全然興味なくて」
「うっわ、お前それ事務所では絶対言うなよ? アイドルいっぱいいるんだからな!」
聞かれたことには答えられるけど、それだけのことで、何も頭に入ってこなかった。みんなが慰めてくれても。肩を叩いてくれても。
俺がしっかりしてなくて、まのんさんに迷惑をかけてるのだとしても。申し訳ないと思うけども。上辺だけの謝罪しか出てこなかった。
頬の痛みなんてほとんど感じなかった。
ただ、体の真ん中にぽっかり穴が空いた気がした。
手加減のないジャストミートした平手打ちが小気味良い音を立てて。
……。
頬を叩かれた、みたいだ。
めちゃくちゃ気が強そうで、めちゃくちゃ可愛い。
そんな人だった。
……誰?
俺の名を呼んで、藤堂さんに迷惑をかけるなと。
状況がわからなくて、でも目の前の女の人はひどく怒っていて。
目が泳いでしまう。めちゃくちゃ怒ってる人の顔をガン見できないし。
何か言うべきなのかもしれない、でも、何を言ったらいいのか。謝ればいいのだろうか。いや、だからこの人一体……。
「樹、この人、まのんさん。元トップアイドルで藤堂さんの奥さん」
……え。
瑞希さんが耳打ちしてくれたその言葉は。
綺麗な、でも燃えるような瞳で俺を真正面から睨みつけるその人は、藤堂さんの、奥さん……?
奥さん? 藤堂さんの、奥さん……結婚してたんだ、藤堂さん。
「あ、あの……すみま、せん、でした……」
「謝ったの、忘れないでよね」
まのんさん……はそう言うとすっと踵を返しフロアを、来た時のようにヒールをカツカツと鳴らしながら出て行った。
慌ててスタッフさんの誰かがまのんさんの後ろ姿を追ってフロアを出て行くと同時に、静まり返っていた場が仕事モードに戻って。椅子を引く音、紙をめくる音、キーボードを叩く音などが聞こえてくる。今まで一緒におしゃべりをしていたスタッフさんもそそくさと自分の席に戻っていった。
俺は突っ立ったまま動けなくて。
「大丈夫か? 樹」
凛さんが隣に来てくれて慰めるかのように俺の肩に腕を回した。
「樹、ごめん、教えておけばよかったね」
反対側に東雲さんが立って背中をさすってくれる。
「藤堂さんはね、元担当グループのメンバーだった咲野まのんさんと結婚してるんだよ。一年前ぐらいかな」
まのんさんの元マネージャー……。
「まのんさんって気が強くて一直線でさ、藤堂さんをあの手この手で口説き落としたんだよな」
「へえ、瑞希さん良く知ってるんすね。俺結婚してるっていうのしか知らなかったです」
「あの人、現役の頃から藤堂さん大好きオーラ出しまくりだったし、まあまあこの界隈有名な話だね。少なくともこの事務所の人はみんな知ってるだろうな」
瑞希さんと飛鳥さんが話していて。
「悪い人じゃないんだろうけど、やっぱり触らぬ神に祟りなし、だな」
海斗さんまでそんなことを言ってる。
「樹、冷やさなくていいのか?」
京さんがぽつりと言う。
「……大丈夫です」
熱を持ってるような気もするが、冷やすほどのことでもない。男に張られたわけじゃない。女の人の力は知れてる。
「まさか殴るとはな。まのんさんらしいがやりすぎだろ。お前は何も悪くないから気にするな、単に八つ当たりだ」
凛さんは頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「うん。藤堂さんが忙しくて家に帰れていないとしても樹のせいじゃないよ。俺たちエスブレのせいはあるかもしれないけど樹一人どうこうじゃないし、みんな遊んでるわけじゃない。同じ業界にいたんだからまのんさんもわかってるはずなんだけどね」
東雲さんが小さなため息をついた。
「あの人、樹を殴るためだけに事務所来たのかな?」
「まさか。藤堂さんか他に用事があったんだろ」
今ここに藤堂さんはいない。
「まのんさんなら可能性はありそうだけどね……」
「おい東雲、言いすぎだって」
瑞希さんと海斗さんの会話に東雲さんが乗っかって、凛さんが諫める。
「桐谷さあ、もしかして咲野まのん、知らないのかよ」
「はい」
「なるほど、だからあんな無関心な顔してたんだ」
瑞希さんがニヤニヤしている。
「待て待て、元トップアイドルだぞ。じゃあ、ピーキャンは?」
「……なんですか、それ」
「はあ? ピーチキャンディスター、まのんさんのいたグループ。めちゃくちゃ人気あって、小学生でも知ってるぞ。一昨年まのんさん引退して解散したけど」
「……アイドルとか全然興味なくて」
「うっわ、お前それ事務所では絶対言うなよ? アイドルいっぱいいるんだからな!」
聞かれたことには答えられるけど、それだけのことで、何も頭に入ってこなかった。みんなが慰めてくれても。肩を叩いてくれても。
俺がしっかりしてなくて、まのんさんに迷惑をかけてるのだとしても。申し訳ないと思うけども。上辺だけの謝罪しか出てこなかった。
頬の痛みなんてほとんど感じなかった。
ただ、体の真ん中にぽっかり穴が空いた気がした。
