【シナリオ】ケガレの歌巫女は希望を歌う

※鴉城邸清珠の部屋
女中たちが清珠に綺麗な振り袖を着せている(藤色に杜若柄、帯は白地に銀刺繍。立
ち襟ブラウスあり)
女中「素敵ですよ、清珠様」
曖昧に笑って答えながら、清珠はどこか不安そう
椅子に座る清珠の、不安そうな顔が鏡台の鏡に映っている
黒飛「準備はできたか」
そこに略装姿の黒飛が顔を出す

黒飛「どうかしたのか?」
不安そうな清珠に気づき、眉を寄せる

清珠メ【なんでもありません】
と、ぎこちなく笑みを浮かべる

黒飛「そうだ、最後の仕上げを忘れていた」
どこからともなくかんざしを取り出す

かんざしは羽根モチーフの銀細工で、根元にオニキスがいくつか揺れている
黒飛「羽根は鴉城家の意匠だ。黒も鴉城家を現す色だ。このかんざしは鴉城家の者に
しか着けられない」
そっと清珠の髪に挿す
黒飛「反対に言えば、このかんざしを挿している者は鴉城家の者だ。鴉城家の人間を
傷つければただでは済まない」
不安そうに瞳を揺らす清珠の頬にそっと触れる
黒飛「だから、安心しろ」
黒飛が微笑み、
清珠が僅かに表情を緩める
※鴉城家玄関
黒飛「では、行ってくる」
黒飛の隣で清珠が頭を下げる

女中たち「いってらっしゃいませ」
※汽車 一等個室
物珍しそうに窓の外を見ている清珠
清珠メ【速いです】
黒飛「そうだな」
と、苦笑い気味

清珠メ【あっという間です】
黒飛「汽車だからな。気に入ったか?」
うんうんと清珠が頷く
黒飛「ならよかった」
微笑んで乱れた清珠の前髪を払う

赤い顔で俯く清珠
新聞を読み始めた黒飛を盗み見る
清珠M(ちょっとわざとらしかったかな。でも、行くと言ったのは私だもの)
【回想】数日前、鴉城邸
向かいあってお膳で夕食を摂っている清珠と黒飛
黒飛「近い家に御歌の里へ行く」
ぴくりと清珠の手が反応し、箸が止まる
黒飛「あの日は清珠が心配でまっすぐに帰ったが、里長たちの処罰が終わってない」
食事をしながら淡々と告げる

清珠M(黒飛様は私怨で父たちを処罰されるおつもりなのかしら?)
と、不安そう

黒飛「ケガレ憑きの迫害は法に背いている。帝も大層お怒りだ」
清珠はほっとした顔をしたあと、メモ帳へシャーペンを走らせる
清珠メ【私もご一緒してはいけませんか】
黒飛「清珠?」
と、心配そう

清珠メ【別れのご挨拶がしたいです】
強い意志で黒飛を見つめる

しばらく見つめあったあと
黒飛「……わかった」
と、重く頷く

【回想終わり】
駅に着き、汽車を降りるふたり
駅を出ると里人たちが出迎える
里人「お待ちしておりました、清珠様、鴉城様!」
里人「さあさ、荷馬車で申し訳ございませんが、どうぞ」
にこにこ笑って荷馬車へと誘われ、戸惑う清珠
黒飛「……里長は」
そんな里人たちを冷たい目で見る

里人「里長はその、へえ」
落ち着かないのか目をせわしなく動かし、大量の汗を掻いている

黒飛「はぁーっ」
呆れるようにため息をつき

里人たちが身体を大きく震わせる
黒飛「まあいい。……清珠」
清珠の手を取り、荷馬車に乗せる

荷馬車で里長の屋敷に向かいながら、作物は枯れ、誰も彼も疲れ切った顔をしている
里を見て清珠は驚いている
黒飛「ん?」
清珠に袖を引かれ、顔を傾ける

清珠メ【なにかあったのでしょうか】
不安そうに周囲を見渡す

黒飛「ずいぶん荒れているようだが、なにかあったのか」
と、馭者に声をかける

里人「その……作物が枯れ、井戸の水も涸れてしまいまして……」
言いにくそうに切り出す

黒飛「そんな大事なら俺の耳に入ってきているはずだ」
若干、怒り気味に馭者のほうへと身を乗り出す

里人「きっと……里長が握り潰しているのだと思います」
申し訳なさそうに身体を丸める

黒飛「わかった。その件も含めて里長を問いただす」
重いため息をつく

※里長の屋敷
女中についてあるく清珠と黒飛
黒飛「緊張しなくていい。俺が必ず、なにがあっても守る」
隣に歩く清珠に声をかける

小さく清珠が頷く
座敷では上座に里長、霞音、母親と並んで座っている
入ってきた清珠のを見て、霞音が悔しそうに顔を歪める
里長「これはこれは、鴉城様」
黒飛は上座に座る里長たちと、その前に置かれた一枚の座布団を見て眉を顰めたが
座布団を横に避けてすぐになんでもないようにその前に座る
清珠「……!」
霞音に睨まれ、身体を震わせる

けれど黒飛から隣に避けた座布団に座るように手で叩かれ
おそるおそる腰を下ろす
そのタイミングで部屋の隅に刀を下げた若い男が座った
黒飛「今日は法を犯したお前たちを処罰に来た」
と淡々と告げる

黒飛「が、その前に。里がずいぶん荒れ果てているようだが、どうした?」
里長「さて。最近は悪天候ですし、そのせいでは?」
と、とぼけてみせる

黒飛「……御歌幽帝」
ぼそりと黒飛が落とし、里長の指が反応する

黒飛「御歌幽帝がお目覚めになっているのではないか」
里長「なにをおっしゃいます、我が娘は立派に務めを果たしております」
大仰に言い放つ

霞音「そうですわ、この私が歌巫女としてお鎮めしているのですもの。目覚めるわけ
ありませんわ」
と、胸に手を置き自慢する
黒飛「まあいい。調べればわかることだからな。今日はお前たちが法を犯した処罰に
来たのだし」
霞音の態度に不快そうに眉を顰めたが、
すぐに気を取り直す
里長「法を犯した?」
バカにするようにうっすらと笑う

黒飛「ケガレ憑きを迫害した罰だ。清珠の喉はお前たちがやったのだろう?」
黒飛の目が、清珠の喉へと向く。今はブラウスで見えない

里長「ええ。禁を破って歌っていたので、罰として喉を潰しましたがなにか問題で
も?」
ものをしらない若者を諭すようにしたり顔で里長が言う
黒飛「ケガレはうつらない、普通の人間として扱うよう勅命が何年も前に出ている」
しかし黒飛はなおも淡々と事実を告げる

里長「帝の勅命、ですか。ここは御歌幽帝が治める里。この世の理など、ここでは通
じません」
平気な顔で言い放つ
清珠M(お父様はケガレがうつらないと知っていながら、私の喉を潰したの……?)
絶望で清珠の目の前が暗くなる

黒飛「はっ。その歌巫女もどきに御歌幽帝を眠りにつかせられるのか」
と、見下すように吐き捨てる

霞音「なんですって!」
怒りを露わにし、腰を浮かせる

黒飛「先日聞かせられた歌は、聞くに堪えないほど酷いものだった。あれでは反対に、
御歌幽帝も目を覚ましてしまうだろう」

言い争うふたりのあいだで清珠がおろおろする
霞音「いくら鴉城様でも聞き捨てならないわ! 私の歌は完璧なのに!」
顔を真っ赤にして喚き立てる

黒飛「完璧?」
不快そうに片眉が上がる

黒飛「確かに音程も旋律も完璧だった」
霞音「ほら」
言質は取ったとばかりに勝ち誇った顔をする

黒飛「しかし、心がこもっていない。それどころか御歌幽帝に安らかに眠っていただ
くという気持ちではなく、自分の力を誇示するばかり。歌巫女の役割がまるでわかっ
ていない」
はぁーっと呆れるようにため息をつく
霞音「……して」
身体をわなわなと震わせて霞音が小さく呟く

霞音「誰も彼も馬鹿にして! 私はちゃんとお勤めを果たしているわ! 現に御歌幽
帝は目を覚ましていないじゃない!」
勢いよく顔を上げた霞音の目はこれ以上ないほどつり上がっている

黒飛「まだ数年、だろ。この先はわからない。それにすでに目を覚ましていて、静か
にそのときを待っているのかもしれん」
たんたんと黒飛が言い放つ

里長「いくら鴉城様でも我が歌巫女を侮辱なさるなど、看過できません」
それまで黙って聞いていた里長が重い声を出す

黒飛「なら、どうする?」
と、半ば挑発する

里長「それなりの報いを受けていただきます」
里長の合図で部屋の隅に座っていた男が腰を上げつつ刀を抜く
大きく振りかぶられた刀が清珠に迫ってきた
清珠M(切られる……!)
死を覚悟して目を閉じたが

黒飛「お前はなにをしたのかわかっているのか」
怒気を孕んだ黒飛の声が聞こえてきて目を開ける

黒飛が自分の刀で男の刀を受けていて
払いざまに男の刀を弾き飛ばし
切っ先を里長へ向けた
黒飛「帝より信任されている俺に刀を向けるなど、大罪だぞ」
どこまでも冷たい目で黒飛が里長を凝視する

清珠M(黒飛様が手を汚す必要はない)
黒飛の服を掴み、嫌々と首を振る

そんな清珠の様子をしばらく見つめたあと
黒飛は刀を振り上げた
清珠M(黒飛様はやはり、父をお許しにならないのだ)
清珠が諦めの気持ちの中、黒飛の刀が二閃する
霞音「いやーっ! 私の髪が……!」
一瞬あと、霞音の悲鳴が上がる。彼女の髪は黒飛の側が肩までの長さになっている

里長「……」
里長は割られた、胸もとの鏡を見ている

黒飛「俺は帝の剣をお預かりしている。どういう意味かよく考えろ」
静かにい放ち、刀を鞘に戻す

黒飛「清珠、行くぞ」
清珠を促し、座敷を出ていく

座敷を出る際、清珠が里長たちを振り返る
里長はじっと座っていて、霞音は取り乱し、母親は霞音を宥めている
その様子を見ながら
清珠M(今までありがとうございました。もう二度と、私はここへは戻ってまいりま
せん)
深々と頭を下げる
再び顔を上げた清珠は吹っ切れたような晴れ晴れとした顔をしてる
屋敷を出て、再び荷馬車に乗る
黒飛「清珠の歌を期待しているんだろうが、無駄だ。清珠の声を奪ったのはお前たち
だろ」
馭者へと冷たく言い放つ
馭者は反論しようとしたが
ばつが悪そうに前を向いた
黒飛「皇都に戻ったら至急、調査隊を出す。米などの援助物資も送る。これでいいか、
清珠?」
問われて清珠が嬉しそうにうんうんと頷く
黒飛「お前たちは清珠に感謝しろ」
馭者「清珠様、ありがとうございます! 助かります!」
手のひらを返したかのように嬉しそうにお礼を言われ、苦笑いするふたり
黒飛「ただの異常気象ならいいのだが……」
黒飛が目を向けた先、御歌幽帝を祀る神社のある方角の空が黒く染まっていた