清珠M(あの日、私の世界は逆転した)
光の前に立つ清珠の後ろ姿
※山から里へと向かう道
背中に山のような柴を重そうに背負い、歩く清珠。つぎはぎだらけの着物、
口を隠す手ぬぐい、無造作に束ねられた黒髪には木の枝が刺さっている
清珠「よ……」
声を出しそうになり、はっとした顔になる
慌てて周囲を見渡し
誰もいなくてほっと息をつく
※里長の屋敷の裏手
所定の場所に柴を積む清珠
終わって裏口の戸を叩く
中から女中「はい」
出てきた女中「なんだ、ケガレ憑きか」
不快そうに顔を顰める
女中「ほら、今日の駄賃だ。さっさと帰っておくれ」
面倒くさそうに笹の葉の包みを差し出す
清珠は受け取って頭をぺこぺこ下げ
走って去っていった
※里外れの小屋
中に入り、手ぬぐいを外す清珠
清珠「はぁーっ」
詰めていた息を解放するように大きく息をつく
粗末な板間に座り、笹包みに入っていた握り飯と漬物を食べる
食べ終わって壁に寄りかかり、襟のあわせを引っ張って中をのぞく
清珠「もうすぐこんな生活も、終わる」
清珠の身体は胸もとまで醜い痣で覆われている
【回想】※清珠10歳、屋敷の広間
鎮の歌を歌う清珠
男「凄い」
男「これならば祟り神の御歌幽帝も静かに眠ってくれるだろう」
男「倭皇国も安泰だな」
歌い終わった清珠が嬉しそうに微笑む横で
姉の霞音は苦々しげに顔を歪める
霞音「私だってあれくらい歌えるのに」
※歴史の話※
ナレーション(影絵紙芝居ふうに)「その昔、御歌帝という歌が好きな帝がい
た」
「彼は腹心の酷い裏切りによって失脚」
「強い恨みを抱いてこの世を呪い、息絶える」
「帝の死後、天変地異が倭皇国を襲った」
「けれどひとりの巫女が歌で帝を眠りにつかせる」
「帝は歌巫女の歌で長きに渡り眠り続けている」
※歴史の話終わり※
歌の練習をする清珠と霞音
祖母「霞音、心がこもってない」
祖母に注意され、悔しそうに俯く霞音
祖母「清珠は本当にいい歌を歌うが、霞音は……」
呆れ気味にため息をつく
祖母「髪も乱れてる」
祖母の指摘で霞音が慌てて髪を直す
祖母「身なりの乱れは心の乱れ。特に髪は巫女の命だ。長く美しく保ってお
くように」
清珠「はい、おばあさま」
祖母「霞音は清珠を見習いなさい」
清珠「そんな、おばあさま。私なんてお姉さまに比べたらまだまだです」
謙遜する清珠を霞音が密かに睨む
※部屋で遊ぶ霞音と清珠
霞音「清珠」
清珠「なあに、お姉さま?」
やってきたお手玉の手を止める
霞音「おばあさまに特別な歌を教えてもらったの。知りたくない?」
なにか企んでいるかのように口もとを歪める
清珠「知りたい! 知りたい!」
霞音の思惑など知らず、嬉しそうに食いつく
霞音「絶対に秘密よ……」
内緒話をするように耳もとに手をつけて口を寄せる
清珠「えっと……よるのなごりに、ゐませ、ゐませ?」
瞬間、部屋の中が真っ暗になる
清珠「霞音おねえ、さま?」
近くにあった霞音の袖を掴む
けれどすぐに振り払われる
霞音「あーあ。絶対に歌っちゃいけないのに」
なに者かの両手が、清珠の頬に触れる
清珠「お、おねえさま。た、助けて」
がたがた震え、目にはうっすら涙が浮いている
何者かの声『よばひに、きたり』
清珠「うっ」
胸を押さえ、苦しそうに呻く
一気に暗闇が晴れる
霞音「誰か、誰かー! 清珠が! 清珠が!」
人を呼ぶ霞音を呆然と見ている清珠
すぐに複数の大人たちが集まってくる
霞音「清珠が禁忌の歌を口にしたの!絶対に歌っちゃいけないって言ったの
に!」
大人たちに説明しながら
裏でにやりと笑う霞音
祖母「清珠」
鬼のような形相で清珠に迫る
怯える清珠
けれどかまわずに祖母は清珠の着物を開く
祖母「……ケガレの印がついている」
清珠の胸もとに星形の痣がついている
腰が抜けたかのように座り込む祖母
大人A「ケガレ憑きだ」
大人B「清珠様がケガレ憑きに」
騒然となる大人たち
「あの」
清珠は状況が把握できていない
大人B「ケガレ憑きがしゃべったぞ!」
大人C「ケガレがうつる!」
その場にいた人々が騒然となる
清珠「お姉、様」
助けを求めるように顔だけ動かして霞音を探す
ひとりの男が近づいてきて
「声を出すな。霞音さままで穢れる」
と清珠は手ぬぐいを口に詰められる
目のあった霞音がにやりと笑う
【回想終わり】
※山へ向かう清珠
清珠M(あの日から私はケガレ憑きと疎まれ、村はずれの小屋で生かしても
らっている)
清珠「ねむれ、ねむれ、うららかな日差しに包まれ……」
柴を拾いながら楽しそうに歌う清珠
清珠M(ケガレ憑きとしゃべるとケガレがうつるから、私はしゃべることを
禁止された。それでも山は誰もいなくて歌えるから、自由でいい)
唐突に近くの茂みががさりと音を立て、清珠が身を固くする
清珠M(うさぎ? それともイノシシ? 物の怪でなければいいのだけれど)
警戒しながら鉈をかまえる
黒飛「くそっ、しくじった!」
軍服姿の若い男が転がり出てきて
清珠が警戒を解く
清珠は声をかけようとしたが
清珠M(ケガレをうつしてはいけないわ)
と思いとどまる
黒飛「すまん、驚かせた」
ごろりと寝転んだ黒飛は胸に大きな傷を負い、苦しそうに息をしているが、
それでも清珠に微笑む
黒飛「すぐに部下が追いついてくるから捨て置いてくれてかまわない。……
と、言われても気になるよな。……うっ」
苦しそうに彼が呻き
おろおろしながら清珠が彼を支える
黒飛「俺の身体に触るな。物の怪がつけた傷だ、もし傷に触れたら呪がうつ
るかもしれん」
と言いながらも苦しそうに息をしている
清珠M(いまさら物の怪の呪がうつっても問題ないわ)
持っていた竹の水筒を清珠が彼の口に押しつける
黒飛「俺に触れるなと言っているだろ」
けれどかまわずに清珠はさらに水筒を押しつける
諦めたのか黒飛が水を飲む
黒飛「すまん、助かった」
水を飲んだ黒飛が僅かに息をつく
苦しそうに肩で呼吸を繰り返す黒飛
清珠M(歌を使えばつけられるかもしれない)
清珠M(でも、ケガレがうつったら……)
けれど浮かんできた考えを慌てて清珠は打ち消す
黒飛「ううっ……」
額にびっしりと汗を掻き、目を閉じて苦悶の表情を浮かべている
清珠M(そうだ、治癒と同時に清めの歌を歌えばいいんじゃないかしら)
意を決し、ぐっと拳を握り込み、
おそるおそる口を開いて歌い始める
清珠「「きよら、きよら、もどれ、かへれ……」
歌声が黒飛を包み、傷を癒やしていく
清珠「ふうっ」
疲労で清珠の額には汗が浮いている
黒飛「……治った」
信じられない様子で自分の身体を確認している
黒飛「おい、なにをする!」
慌てて清珠が黒飛の軍服を開く
清珠M(よかった、うつってない)
綺麗な彼の身体を見てほっと息をつく
軍服を元に戻し、清珠がぺこぺこと頭を下げて謝る
黒飛「とりあえず礼を言う、助かった」
大真面目に礼を言う
戸惑う清珠
黒飛「お前、もしかして御歌の里の歌巫女か?」
聞かれてぶるぶると清珠が首を横に振る
そのタイミングで大勢が藪を抜けて走ってくる
軍人「鴉城隊長、いたー!」
鴉城「襲い!」
と、不満げ
片羽「お前が先行しすぎだ、馬鹿者が!」
長髪の優男が、すぱーんと気持ちよく黒飛の頭を叩く
黒飛「おい、怪我人にその態度はなんだ」
と、不満げに唇を尖らせる
片羽「怪我!?」
一気に片羽の顔から血の気が引き
片羽「大丈夫なのか、おい!」
慌てた様子で黒飛の軍服を力任せに開き、ボタンがピシピシと飛んでいく
片羽「……なあ」
怪我がないのを確認し、片羽の身体からゆらりと怒気が立ち上る
片羽「そういう冗談は、面白くないんだけどなぁ?」
顔を上げた片羽は笑顔だったが口端がぴくぴくと痙攣していて、背後に般若
の影が見える
おかげで清珠は小さくなってがたがたと震えていた
黒飛「おい、片羽。怯えているじゃないか。やめろ」
庇うように清珠を抱き寄せる
片羽「そちらのお嬢さんは?」
にっこりと片羽は微笑みかけたが、清珠は出そうになった悲鳴をかみつぶし
ていた
黒飛「歌で俺の怪我を治してくれたんだ。きっと、御歌の里の歌巫女だろう」
違うと一生懸命清珠は首を振るが、ふたりは気づく様子がない
片羽「それで傷がなかったんですね。このたびは主の傷を治していただき、
ありがとうございます」
真剣に片羽に頭を下げられ
清珠が慌てる
黒飛「里長にも礼に行きたいところだが、まだ物の怪の処理が終わってない
からな。改めて伺う」
清珠M(そんなことされたら、禁を破って歌っていたのがバレてしまうわ!)
腕を掴んで首を振り、どうにかわかってもらおうとするが、黒飛には伝わら
ない
清珠M(そうだ、ケガレ憑きの痣を見せれば……!)
着物の襟に手をかけたが
軍人「烏丸副隊長ー、鴉城隊長が倒した物の怪の死骸、発見しましたー」
片羽「わかった、すぐ行く」
片羽「すみません、死体処理が最優先なのでこれで失礼いたします」
と、丁寧に清珠へ頭を下げる
黒飛「すまん! 改めて絶対に礼に行く!」
慌ただしく黒飛たちが去っていく
清珠M(なんだんだろう?)
パチパチと瞬きする
清珠M(でも、私でもまだ、人のためにできることがあったんだ)
嬉しそうに笑い、柴を背負う
屋敷に向かう清珠は手ぬぐいを巻き忘れ、無意識に歌を歌っている
男「歌をやめろ!」
柴を降ろしていた清珠の背中に丸太が飛んでくる
清珠を父親に母親、霞音と里のものが取り囲んでいる
清珠M(私、歌を歌ってた?)
清珠の手が口もとを確認し、手ぬぐいがないのを知る
霞音「清珠。ケガレをばら撒く者はもう、歌巫女じゃないのよ?」
聞きたくないとばかりに霞音がわざとらしく耳を塞いでみせる
清珠「あ……」
みるみる顔を失い、なんとか弁明しようと口を開きかける
男「しゃべらせるな!」
けれど男たちに取り押さえられ
口に手ぬぐいを詰められる
父親「今まで情けをかけてやっていたが、禁を破るようなお前にはもったい
なかったな」
ゴミでも見るかのような目つきで清珠を見る。
霞音も母親も穢らわしそうに自分を見ていて、清珠は絶望に沈んでいく
父親「二度と歌えなくなるように、お前の喉を潰す」
ニィッとイヤラシく父親の口角がつり上がる
清珠は迫り来る熱く焼けた火箸を見つめていた
光の前に立つ清珠の後ろ姿
※山から里へと向かう道
背中に山のような柴を重そうに背負い、歩く清珠。つぎはぎだらけの着物、
口を隠す手ぬぐい、無造作に束ねられた黒髪には木の枝が刺さっている
清珠「よ……」
声を出しそうになり、はっとした顔になる
慌てて周囲を見渡し
誰もいなくてほっと息をつく
※里長の屋敷の裏手
所定の場所に柴を積む清珠
終わって裏口の戸を叩く
中から女中「はい」
出てきた女中「なんだ、ケガレ憑きか」
不快そうに顔を顰める
女中「ほら、今日の駄賃だ。さっさと帰っておくれ」
面倒くさそうに笹の葉の包みを差し出す
清珠は受け取って頭をぺこぺこ下げ
走って去っていった
※里外れの小屋
中に入り、手ぬぐいを外す清珠
清珠「はぁーっ」
詰めていた息を解放するように大きく息をつく
粗末な板間に座り、笹包みに入っていた握り飯と漬物を食べる
食べ終わって壁に寄りかかり、襟のあわせを引っ張って中をのぞく
清珠「もうすぐこんな生活も、終わる」
清珠の身体は胸もとまで醜い痣で覆われている
【回想】※清珠10歳、屋敷の広間
鎮の歌を歌う清珠
男「凄い」
男「これならば祟り神の御歌幽帝も静かに眠ってくれるだろう」
男「倭皇国も安泰だな」
歌い終わった清珠が嬉しそうに微笑む横で
姉の霞音は苦々しげに顔を歪める
霞音「私だってあれくらい歌えるのに」
※歴史の話※
ナレーション(影絵紙芝居ふうに)「その昔、御歌帝という歌が好きな帝がい
た」
「彼は腹心の酷い裏切りによって失脚」
「強い恨みを抱いてこの世を呪い、息絶える」
「帝の死後、天変地異が倭皇国を襲った」
「けれどひとりの巫女が歌で帝を眠りにつかせる」
「帝は歌巫女の歌で長きに渡り眠り続けている」
※歴史の話終わり※
歌の練習をする清珠と霞音
祖母「霞音、心がこもってない」
祖母に注意され、悔しそうに俯く霞音
祖母「清珠は本当にいい歌を歌うが、霞音は……」
呆れ気味にため息をつく
祖母「髪も乱れてる」
祖母の指摘で霞音が慌てて髪を直す
祖母「身なりの乱れは心の乱れ。特に髪は巫女の命だ。長く美しく保ってお
くように」
清珠「はい、おばあさま」
祖母「霞音は清珠を見習いなさい」
清珠「そんな、おばあさま。私なんてお姉さまに比べたらまだまだです」
謙遜する清珠を霞音が密かに睨む
※部屋で遊ぶ霞音と清珠
霞音「清珠」
清珠「なあに、お姉さま?」
やってきたお手玉の手を止める
霞音「おばあさまに特別な歌を教えてもらったの。知りたくない?」
なにか企んでいるかのように口もとを歪める
清珠「知りたい! 知りたい!」
霞音の思惑など知らず、嬉しそうに食いつく
霞音「絶対に秘密よ……」
内緒話をするように耳もとに手をつけて口を寄せる
清珠「えっと……よるのなごりに、ゐませ、ゐませ?」
瞬間、部屋の中が真っ暗になる
清珠「霞音おねえ、さま?」
近くにあった霞音の袖を掴む
けれどすぐに振り払われる
霞音「あーあ。絶対に歌っちゃいけないのに」
なに者かの両手が、清珠の頬に触れる
清珠「お、おねえさま。た、助けて」
がたがた震え、目にはうっすら涙が浮いている
何者かの声『よばひに、きたり』
清珠「うっ」
胸を押さえ、苦しそうに呻く
一気に暗闇が晴れる
霞音「誰か、誰かー! 清珠が! 清珠が!」
人を呼ぶ霞音を呆然と見ている清珠
すぐに複数の大人たちが集まってくる
霞音「清珠が禁忌の歌を口にしたの!絶対に歌っちゃいけないって言ったの
に!」
大人たちに説明しながら
裏でにやりと笑う霞音
祖母「清珠」
鬼のような形相で清珠に迫る
怯える清珠
けれどかまわずに祖母は清珠の着物を開く
祖母「……ケガレの印がついている」
清珠の胸もとに星形の痣がついている
腰が抜けたかのように座り込む祖母
大人A「ケガレ憑きだ」
大人B「清珠様がケガレ憑きに」
騒然となる大人たち
「あの」
清珠は状況が把握できていない
大人B「ケガレ憑きがしゃべったぞ!」
大人C「ケガレがうつる!」
その場にいた人々が騒然となる
清珠「お姉、様」
助けを求めるように顔だけ動かして霞音を探す
ひとりの男が近づいてきて
「声を出すな。霞音さままで穢れる」
と清珠は手ぬぐいを口に詰められる
目のあった霞音がにやりと笑う
【回想終わり】
※山へ向かう清珠
清珠M(あの日から私はケガレ憑きと疎まれ、村はずれの小屋で生かしても
らっている)
清珠「ねむれ、ねむれ、うららかな日差しに包まれ……」
柴を拾いながら楽しそうに歌う清珠
清珠M(ケガレ憑きとしゃべるとケガレがうつるから、私はしゃべることを
禁止された。それでも山は誰もいなくて歌えるから、自由でいい)
唐突に近くの茂みががさりと音を立て、清珠が身を固くする
清珠M(うさぎ? それともイノシシ? 物の怪でなければいいのだけれど)
警戒しながら鉈をかまえる
黒飛「くそっ、しくじった!」
軍服姿の若い男が転がり出てきて
清珠が警戒を解く
清珠は声をかけようとしたが
清珠M(ケガレをうつしてはいけないわ)
と思いとどまる
黒飛「すまん、驚かせた」
ごろりと寝転んだ黒飛は胸に大きな傷を負い、苦しそうに息をしているが、
それでも清珠に微笑む
黒飛「すぐに部下が追いついてくるから捨て置いてくれてかまわない。……
と、言われても気になるよな。……うっ」
苦しそうに彼が呻き
おろおろしながら清珠が彼を支える
黒飛「俺の身体に触るな。物の怪がつけた傷だ、もし傷に触れたら呪がうつ
るかもしれん」
と言いながらも苦しそうに息をしている
清珠M(いまさら物の怪の呪がうつっても問題ないわ)
持っていた竹の水筒を清珠が彼の口に押しつける
黒飛「俺に触れるなと言っているだろ」
けれどかまわずに清珠はさらに水筒を押しつける
諦めたのか黒飛が水を飲む
黒飛「すまん、助かった」
水を飲んだ黒飛が僅かに息をつく
苦しそうに肩で呼吸を繰り返す黒飛
清珠M(歌を使えばつけられるかもしれない)
清珠M(でも、ケガレがうつったら……)
けれど浮かんできた考えを慌てて清珠は打ち消す
黒飛「ううっ……」
額にびっしりと汗を掻き、目を閉じて苦悶の表情を浮かべている
清珠M(そうだ、治癒と同時に清めの歌を歌えばいいんじゃないかしら)
意を決し、ぐっと拳を握り込み、
おそるおそる口を開いて歌い始める
清珠「「きよら、きよら、もどれ、かへれ……」
歌声が黒飛を包み、傷を癒やしていく
清珠「ふうっ」
疲労で清珠の額には汗が浮いている
黒飛「……治った」
信じられない様子で自分の身体を確認している
黒飛「おい、なにをする!」
慌てて清珠が黒飛の軍服を開く
清珠M(よかった、うつってない)
綺麗な彼の身体を見てほっと息をつく
軍服を元に戻し、清珠がぺこぺこと頭を下げて謝る
黒飛「とりあえず礼を言う、助かった」
大真面目に礼を言う
戸惑う清珠
黒飛「お前、もしかして御歌の里の歌巫女か?」
聞かれてぶるぶると清珠が首を横に振る
そのタイミングで大勢が藪を抜けて走ってくる
軍人「鴉城隊長、いたー!」
鴉城「襲い!」
と、不満げ
片羽「お前が先行しすぎだ、馬鹿者が!」
長髪の優男が、すぱーんと気持ちよく黒飛の頭を叩く
黒飛「おい、怪我人にその態度はなんだ」
と、不満げに唇を尖らせる
片羽「怪我!?」
一気に片羽の顔から血の気が引き
片羽「大丈夫なのか、おい!」
慌てた様子で黒飛の軍服を力任せに開き、ボタンがピシピシと飛んでいく
片羽「……なあ」
怪我がないのを確認し、片羽の身体からゆらりと怒気が立ち上る
片羽「そういう冗談は、面白くないんだけどなぁ?」
顔を上げた片羽は笑顔だったが口端がぴくぴくと痙攣していて、背後に般若
の影が見える
おかげで清珠は小さくなってがたがたと震えていた
黒飛「おい、片羽。怯えているじゃないか。やめろ」
庇うように清珠を抱き寄せる
片羽「そちらのお嬢さんは?」
にっこりと片羽は微笑みかけたが、清珠は出そうになった悲鳴をかみつぶし
ていた
黒飛「歌で俺の怪我を治してくれたんだ。きっと、御歌の里の歌巫女だろう」
違うと一生懸命清珠は首を振るが、ふたりは気づく様子がない
片羽「それで傷がなかったんですね。このたびは主の傷を治していただき、
ありがとうございます」
真剣に片羽に頭を下げられ
清珠が慌てる
黒飛「里長にも礼に行きたいところだが、まだ物の怪の処理が終わってない
からな。改めて伺う」
清珠M(そんなことされたら、禁を破って歌っていたのがバレてしまうわ!)
腕を掴んで首を振り、どうにかわかってもらおうとするが、黒飛には伝わら
ない
清珠M(そうだ、ケガレ憑きの痣を見せれば……!)
着物の襟に手をかけたが
軍人「烏丸副隊長ー、鴉城隊長が倒した物の怪の死骸、発見しましたー」
片羽「わかった、すぐ行く」
片羽「すみません、死体処理が最優先なのでこれで失礼いたします」
と、丁寧に清珠へ頭を下げる
黒飛「すまん! 改めて絶対に礼に行く!」
慌ただしく黒飛たちが去っていく
清珠M(なんだんだろう?)
パチパチと瞬きする
清珠M(でも、私でもまだ、人のためにできることがあったんだ)
嬉しそうに笑い、柴を背負う
屋敷に向かう清珠は手ぬぐいを巻き忘れ、無意識に歌を歌っている
男「歌をやめろ!」
柴を降ろしていた清珠の背中に丸太が飛んでくる
清珠を父親に母親、霞音と里のものが取り囲んでいる
清珠M(私、歌を歌ってた?)
清珠の手が口もとを確認し、手ぬぐいがないのを知る
霞音「清珠。ケガレをばら撒く者はもう、歌巫女じゃないのよ?」
聞きたくないとばかりに霞音がわざとらしく耳を塞いでみせる
清珠「あ……」
みるみる顔を失い、なんとか弁明しようと口を開きかける
男「しゃべらせるな!」
けれど男たちに取り押さえられ
口に手ぬぐいを詰められる
父親「今まで情けをかけてやっていたが、禁を破るようなお前にはもったい
なかったな」
ゴミでも見るかのような目つきで清珠を見る。
霞音も母親も穢らわしそうに自分を見ていて、清珠は絶望に沈んでいく
父親「二度と歌えなくなるように、お前の喉を潰す」
ニィッとイヤラシく父親の口角がつり上がる
清珠は迫り来る熱く焼けた火箸を見つめていた



