朝目覚めるとベッドの隣に來斗の姿がなく、微かな温もりだけが残っていた。
幸也は上体を起こして辺りを見渡すと、脱ぎ捨てられた洋服が散らかっていたが、自分のものしか見当たらない。どうやら來斗は家に帰ってしまったらしい。生々しく残る情事の形跡を目の当たりにして虚しくなる。
昨夜は勢いに任せていつも以上に激しく來斗を抱いたものの、來斗の発言の真意に明確さが持てていない現状なのは変わらなかった。やはり、根っからの軽さと気まぐれな彼だから過度な期待はできない。頭を抱えて深い溜息を吐くと、玄関先のドアが開いた。
「おっ、起きてんじゃん」
一先ず來斗が帰ってきたことに安堵した矢先に、彼の手にしている者に目線を奪われる。彼が手にしていた……いや、抱えているのはコンビニの袋と、茶トラの子猫だった。
「お前、何連れて帰って来てんだよ」
幸也は思わずベッドから飛び降りると、來斗の視線が下半身に向けられて、今自分が全裸であったことを思い出す。
慌てて、下着だけ身に付けると子猫を抱えた來斗に詰め寄った。
「何って猫ちゃんだよ」
來斗の手の中でじたばたとする猫を幸也に託してくると、早々に台所に向かい、乳白色のビニールから缶詰を取り出した。
「いや、それは見たら分かんだよ。何処で連れて帰ってきたんだよ」
「その辺にいたから、幸也、猫すきだろ?」
「好きだけど……。そうじゃなくて」
「大学の茶トラいんじゃん?あいつさ、子供産んでたみたいでさ。多分きっとその子猫なんじゃないかな。幸也は気づかなかったかもしれないけど、お前がじゃれてるときに木陰に子猫いたし。そいつにそっくりなんだよ。多分、親猫は優しいお前に子供を託したくてここまで連れてきたんじゃないかって思ってさ」
確かに、わりと頻繁にあの茶トラとはじゃれていたけれど、子供がいたことは気づかなかった。來斗の周りを見ていないようでちゃんと見ているところに驚かされる。
しかし、いくら親猫に託されたからと言って、此処はペット禁止のアパートだ。飼うのは難しい。
「來斗、それは分かったけど。此処ペット禁止だから飼えないんだよ」
來斗が猫の缶詰を、食器棚から小皿を出して中身を空ける。床に置いた途端に、御飯があると嗅ぎつけた子猫は、幸也の手の中でじたばたすると、真っ先に御飯の方へと直進して行った。
「じゃあ、飼えるとこ探せばいいじゃん」
ご飯を食べる猫の姿を屈んで眺めながら來斗がそう呟く。
「はぁ?現実的にそれは難しいだろ。お金だってかかるだろうし」
來斗は、お坊ちゃんだから簡単に口にするが、幸也の現状は一人暮らしの実家の仕送りとアルバイトでなんとか賄えている。猫の御飯代を出せる余裕があるわけがない。
「二人だったら?」
「へ?」
「俺と幸也が二人で暮らせて猫飼えるとこ探せば解決すんじゃん?家賃は折半すればいいし、なんなら俺が全部出してもいいけど?」
彼の事だからいつものように面倒ごとを俺に擦り付けてきているだけだと思っていたが、思わぬ提案に一驚した。
來斗が俺と二人で暮らすことを考えてくれているということは、やはり昨日の発言は、酔った勢いの口約束ではなかったらしい。
「お前から折半って言葉が出てくると思わなかった」
幸也は思わずそう呟くと「失礼だなー」と來斗は笑う。
「まさか幸也、昨日のこと忘れてないよね?」
と思えば目を細めて疑いの眼差しを向けてきた。
「忘れるわけがないだろ。やっぱりあれは、お前の本気の話だったのか?」
疑いたいのはこっちの方だと言わんばかりに少し強めに返答してやると、來斗は声が漏れる程の深い溜息を吐くと、その場を立ち上がった。
「昨日、俺ちゃんと言ったじゃん。それとも幸也はそうじゃないわけ?」
眉間に皺を寄せて明らかに機嫌損ねた表情の來斗。何やら雲行きが怪しくなる。別に來斗の言葉を信用していないわけではない。ただ、來斗との関係は曖昧で友達の延長線上のようにズルズルと恋人になったから、どちらかが本気になれば壊れていく気がした。
本気になって來斗に捨てられでもしたらその傷は大きい。
「そんなわけないだろっ。俺は最初からお前のことが好きっ……」
來斗の言葉が拍車となって、今まで自分の中で留めていた感情を吐露すると、來斗が唇を重ねてきた。柔らかく触れた感触にドキッとさせられ、思わず言葉を失っていると、來斗は笑みを浮かべてくる。
「知ってる。幸也って生半可で恋愛できないタイプってこと。今ままで俺の淡泊さに合わせようとしてくれていたみたいだけど、ちゃんと好きでいてくれていたのは伝わってるし。俺もそんな幸也が好きだ」
「それは……。そうだけど……なんだよ、急に」
意図も簡単に來斗に見抜かれてしまっていた。今まで、彼と同じ温度差を保とうと必死だった自分はなんだったのだろうか……。けれど、素直に嬉しい。來斗からの突然の告白に照れも相まって、頬を染めながら独り言ちると、來斗は思い立ったように俺の両肩を叩いてきた。
「あ、来月の俺の誕生日期待してるからね。ダーリン」
「は?」
弧を描くように、目を細めて笑う。彼の告白に余韻に浸る間もなく、幸也が來斗の言葉に呆気に取られている間に、彼は玄関先へと向かっていってしまう。
「おい、ちょっと。どこ行くんだよ」
「俺、一旦家帰るわ」
「はぁ?待てよ、猫はどーすんだよ」
幸也の問いに「名前でも付けてあげればー?」と間延びした声で返してくると、颯爽と部屋から出て行ってしまった。
何だか凄く嫌な予感がする。
これは来月の來斗の誕生日までに部屋を決めて、住処をプレゼントしてくれっていうことなのだろうか。
突発的に物事を判断するのはいいが、全て幸也任せにしてくるところには溜息を通り越して呆れてくる。
けれど、自然と嫌ではないのは、來斗が俺とのことを真剣に考えてくれていると思っていいからだった。
END


