アルバイトを終え、午後十時。夜の暗い道を重たい足取りで歩く。
あの後、教授には俺の書いたレポートだとバレてしまい、代わりに説教をくらった。
とんだとばっちりを受けた幸也は精神的な疲れと、アルバイトの肉体的な疲労で真っ先に家に帰ってベッドに寝転がりたい気分だった。
二階建てアパートの扉を開けると、今日の主な疲労の根源である人物が気持ちよさそうに俺のベッドで熟睡していた。
「おい、來斗。帰ったぞ」
俺の布団の上で猫のように背中を丸めている。声を掛けてもビクともしないので、軽く身体を揺すり、郵便受けに入っていたチラシを丸めて額を思い切り叩いてやる。
「ん……。幸也?おかえり」
目が覚め、上体を起こした來斗は眠気眼で俺のことを見止めると、ふにゃっとした笑顔を向けてきた。人が汗水たらして働いていた中で、呑気にお昼寝をしていた此奴をみると怒りが込み上げてくる。
「ん……。おかえりじゃねーよ。いつまで寝てるんだ?つーか、お前のせいで俺は教授に絞められたんだけど」
腰に両手を当てて彼の前に立つ。來斗に説教のひとつでもしなきゃ気が済まない。怒気を込めながらそう彼に詰め寄ってみたが、本人は聞き耳を持たないのかベッドから降りるとそそくさと冷蔵庫を開けてペットボトルの水を飲みだした。
「それは災難だったねー。あの教授、説教すると長いからね」
「災難って誰のせいだと……」
「そうだ。幸也、ケーキ買ってきたんだけど一緒に食べない?」
話を聞いていたのかと再度詰め寄ろうとしたとき、來斗に話を逸らされてしまった。
冷蔵庫から徐にケーキの箱を取り出す彼。來斗の誕生日はもう少し先だし俺に至っては来年だ。ケーキなんて特別な時に買うものだと認識している幸也にとって、何か祝い事で思い当たる節がなかった。
「なんで、また」
「ほら、俺たち一年経つじゃん」
來斗に言われて、思い出したが、俺たちの関係に明確なものはなかった。確かに丁度、今時期に彼と出会い、気づいたら付き合うまでに発展していたが、俺自身は明確な日付まで覚えていない。
それにしても來斗が記念日だとかを気にする奴だとは思わなかった。一度関係を持った人間に向かって、「彼女じゃない」など平気で冷たくあしらっていたくせに。
「あぁ……。確かにそうだな。というかお前もそういうのを気にするタイプだったんだな」
「ひどっ、だから幸也はモテないんだよ。女ってさ、こういうの五月蠅いじゃん?」
「女にサイテーだなんて言われてたお前が言うなよ」
貞操が緩くて、一度だって人を本気で好きになったことがない奴に言われたくない言葉。幸也が正論を返してやると「確かにー」と笑いながら、食器棚から皿とフォークを出して準備をしていた。
あっという間にベッドの前のミニテーブルに二つのショートケーキが並ぶ。飲み合わせに缶ビールを持ってきたところは如何にも彼らしい。幸也は來斗の隣の、テーブルの側面に位置する方へと腰を下ろした。
「じゃあ、俺たちの記念日に乾杯」
プルトップを開けて缶を差し出されたので、幸也も自身の缶を開けて差し出された缶に軽く触れて乾杯すると、一口喉へと流し込む。疲れた体に染み渡るアルコールに癒されながら、フォークを手に取りケーキを割くと口へと運んだ。
「意外と合うんだな、ビールとケーキって」
「ああ、うん」
これと言った特別な会話もなく、テレビを眺めながら淡々と食べて、呑んでを繰り返す。來斗と一緒に居る時はいつもこんな感じだ。友達から入ったからもあるのか、特に気を遣わなくてもいい。
「俺さ、初めてなんだよね」
テレビ画面に集中していると、突然ケーキを含みながら俺の方を見て來斗が呟いてきた。
「何が?」
「記念日とか気にしたの」
「はあ?ああ……」
ほんの数分前に幸也が正しく思っていたことだった。
やはり、こいつは記念日だとか特別な行事に大して趣をおいていない性分らしい。じゃあ、どういう風の吹き回しで今、記念日に乾杯をしているのか不思議でならなかった。
「俺たちってこれと言って付き合った日がないじゃん?だから出会った今日を記念日にしたいなって思って。幸也はどう思う?」
唐突な問いに狼狽える。
「そ、そう……。いいと思う」
いつもの呑気な來斗とは違う、真剣に俺を見据えてくる
眼差しに胸の鼓動が高まる。
酔っぱらっているのだろうかと疑心暗鬼になるが、來斗は缶ビール一缶だけで酔っぱらう程弱い奴じゃない。
「じゃあさ、来年は幸也もちゃんと覚えて祝ってくれる?」
「来年……。ああ、もちろん」
「俺、幸也のことは本気だから」
いつか來斗がこの関係に飽きがきたら、終わる時だと期待していなかっただけに、急な來斗の発言は幸也を戸惑わ
せた。
人に課題を押し付けてくるし、気分授業に出てくるし、何かと俺の部屋を住処にしている所とか、腹立たしい。けれ
ども、來斗のことは見放せない。
これは、俺も來斗と本気で向き合っていい合図なのだろうか……。
見つめてくる瞳に嘘偽りは感じられない。來斗は俺に擦り寄ってくると、鼻先を擦らせながら唇を重ねてきた。
「なあ、しようぜ?」
強請るような甘い囁きに、疲れていた身体を忘れる程の背中からゾクゾクしたものが競り上がってくる。
今の発言が來斗の本心なのか、それとも何時もの戯れのようなものなのかは、彼からの雰囲気だけじゃ確信はない。
幸也にそんな疑念を抱かせながらも、目の前の欲には勝てない。幸也はそのまま來斗の肩を抱くと唇を重ねながら床へと押し倒した。


