気ままなネコ

ことの始まりは、大学入学当初の一年前。今立っている場所と同じ、構内の中庭で通りすがりに此奴の修羅場に出くわしたのが彼との出会いだった。

「來斗、酷い。マナって子と寝たって本当なの?」

「だから?」
「だからって、彼女は私でしょ?」

 これは他人が見ていいものではないと分かっていたものの、人の不幸は蜜の味というか興味本位から木陰に隠れて眺めていた俺は我ながら性悪だと思う。木の幹に寄りかかって半ば怠そうにしている男と、激怒している女。さしずめ、男が浮気したとかそんな話だろう。

男の方は美形だし、何もしなくても異性が寄ってきそうな容姿をしている。

見かけですべてを判断するのは良くないとしても、雰囲気からして貞操観念がなさそうな男だ。

「別に君を彼女にした覚えなんてないけど」
「はぁ?サイテー」

 きっと一度は関係を持ったのであろう女性相手に容赦のない棘のある発言。女性は男に激怒すると思い切り男の頬を叩いて、その場から去ってしまった。取り残された男は、大きな溜息を吐くと木の幹に沿うようにして座り込む。

 修羅場が終わり、この前を通り過ぎるのは流石に勇気がいる。と言って通らなければ次の授業の校舎に間に合わない状況で幸也は何事もなかったように男の前を横切ろうとしたとき、「ねえ」と話し掛けられて足を止めた。

「君、俺の事。擁護室まで負ぶって連れてってくれない?今殴られてさ、痛いんだけど」
「はぁ?」

――いやいや、知らねぇし。そもそも事情は知らないけど自業自得だろ。

 心の中でそうぼやいていることも知らない初対面の男は、手を伸ばし、俺におんぶを求めてくる。正直こんな面倒ごとに首を突っ込むのは御免ではあったが、お人好しの性分からか、幸也はその男の頼みを易々と受けてしまっていた。

 自分より体重は軽そうではあるが、女性よりも遥かに重いのは確かで、一歩一歩前に足を出すのがやっとであった。
これは完全に授業に間に合わない……。

 心の中で溜息を吐きながら、半ば諦め気味に負ぶって歩いていると、耳元にぬるっとした感触を感じて、思わず悲鳴に近い声を発してしまった。

「ひえぇぇぇ……。何するんすか」
「あんた童貞でしょ」

 耳に縁を舐めてきた挙句に、背後からいきなりそう問われて、思わず男を落としそうになる。確かに恥ずかしい話ではあるが女性との経験はない。悲しいことに異性には優しい人止まりで付き合うまで発展しないのが幸也だった。

「君さっきから、初対面の僕に対して失礼なこと言っている自覚ある?」

図星ではあったが、この男に対して素直に応えてやるのが嫌で怒気を込めて返す。

「ない。なんとなくそう思ったから聞いただけ」
「君の方こそ、さっきの見てたけど、えらいモテてるみたいだね」
「まぁ」

 此処は普通、否定して謙遜するところだと思っていただけにギョッとする。

「別に君とは初対面だからどうでもいいけど、あんまり人を弄ぶようなことは良くないんじゃないのか?人間関係が縺れると何かと事件に巻き込まれたりニュースでみるだろ?」

「なに、あんた俺の事心配してくれてんの?」

 別に心配だから言ったわけではない。実際に痴情のもつれによってナイフで刺したなんだなんてニュースをよく見かけるから言ったまでだった。

それがきっかけか分からないが、彼と授業が被っていることに気が付き、どういう訳か來斗に懐かれてしまった。

そして酔った勢いで流されるように、まんまと彼のお尻に初めてを奪われた俺は、気づけば彼の恋人になっていた。
最初の修羅場を見ていたせいか、こいつに深入りをしてしまったら、それでこそ終わりだと思っていた俺は、恋人になって暫くは友達の延長戦上のような感覚でいた。

しかし、あれ以降、彼が遊んでいるような素振りは見なくなり、フラフラと出歩くというよりは、暇さえあれば家猫のように俺の家に入り浸っていることが多くなったように思える。

自ら恋人と宣言していることから、正真正銘の本命であると思いたいところだが、如何せん彼は気まぐれなのでそうと言い切れない。

 そんなふわふわとした彼に見切りをつけることが出来ずに関係を続けているのは、彼を見捨てられないくらい、心の奥底では彼に惹かれてしまっていたからだった。