私この度、愛した人の弟と結婚することになりました。

「沙良さんが整えてくれたけれど、変なところはないかしら」

 翌朝、瑠璃は香月と出かけるためにおめかしをしていた。沙良は人を着飾ることが好きらしく、手早く瑠璃の準備を手伝ってくれた。
 瑠璃と沙羅は、年齢は沙羅が二つ下らしいが、身長はさほど変わらない。それもあり、今日の瑠璃の着物は、沙羅が大事にしているものを貸してもらっていた。

『これがいいの! これが流行りなの! そして仕上げは――香月お兄様が送った簪!』

 沙羅は普段、瑠璃から見て少し派手なハイカラな服を着ていることも多いが、瑠璃に貸してくれたものは宗次郎からの贈り物らしく、色合いの落ち着いた一級品だった。

『送ったものを大事にされて、喜ばない男はいないわ! 美月お母様曰く、男に送られた服を着るとより喜ぶそうだけど、香月お兄様は今のところ、特に瑠璃お姉様にそういうのはないから……』

 沙羅は、瑠璃に最後にこういった。

『今日は香月お兄様に何でも我儘言っていいんだから! あの人、どうせお金かまあっても使う時間がない人なんだし! もう、お財布を空にするつもりで、瑠璃お姉様が欲しいものをねだってしまえばいいと思うわ!』

 外出にあたり、二人は屋敷の庭で待ち合わせをすることになっていた。
 一條の屋敷の桜は、橘の家のものより少し遅咲きらしい。盛りを迎えた桜の下で、桜を見上げるようにして、香月は瑠璃を待っていた。

 非番の日ということで、今日の装いは香月も着物だ。

 紺色の紬に袴姿。
 いつもの隊服ではなく平素の装いだからこそ、少しだけ親しみを感じて瑠璃はどきりとした。
 瑠璃と香月は、年齢でいうと香月が一つ下だ。
 人を率いている彼はおとなびて見えたけれど、今の香月は瑠璃には年相応に見えた。
 
「瑠璃さん。その簪、つけてくださったんですね」
「はい」
「……嬉しい、です」

 名前を呼んで、素直に喜ぶ。出会った当初より、瑠璃には香月の雰囲気が柔らいでいるように感じた。
 春の風が頬を撫でる。
 満開の桜は、ひらひらと花びらを落とし、瑠璃の髪に落ちた。

「あ」

 香月は、花びらを瑠璃から払うと、優しく瑠璃に微笑んだ。

「この花も、瑠璃さんに触れたかったのかもしれませんね」
「……?」

 瑠璃は、香月の言葉の意味がわからず首を傾げた。

(花びら、「も」?)

 自分を見る瑠璃の視線に気づいた香月は、同じように不思議そうな顔をして、それから暫く間があって、瑠璃から視線をそらした。

「…………すいません。今のは、聞かなかったことにしてください」



「今日はどちらに?」
「いくつか回る予定です。瑠璃さんは、どこかいきたい場所はありますか?」
「私は……その、あまり外に出た経験がなくて」

 目的地まで馬車に揺られながら、二人は話をしていた。窓の外を見れば、人がさまざまな装いをしていた。
 妖魔の影響もあり、長らく桜霞国は他国との外交を限定してきたが、最近は世界との交流を行う方向に舵を切ったこともあり、新しい文化の流入がその服からも見て取れる。

「最近は、洋装も増えてきているんですね」
「そうですね。まだまだ地方では少ないでしょうが、この程度では、少しずつ増えているように感じます。ただ、この国古来の装いも、私は好きです。瑠璃さんは、今日はずいぶん華やかな服を着てらっしゃるのですね」

 沙良からすれば地味でも、瑠璃が着れば派手だ。

「その……実は、これは沙良さんから借りもので。他にも、今日は沙良さんがいろいろと手伝ってくれて」
「沙良が?」

 香月は、なるほどと頷いた。

「まああれも、姉ができて嬉しいのでしょう。幼い頃は、あまり外に出られなかった子ですので」
「え?」
「? 沙良から聞いていませんでしたか?」

 初耳だ。
 瑠璃は少し慌てた。体の弱い彼女に無理はさせていやしなかったかと――。

「今は健康体ですから、瑠璃さんが心配される必要はありません。ただ、妹が、生まれつき身体が弱かったのは事実です。今は元気、という言葉がよく似合う妹ですが」
「意外です」
「今の姿を見ればそうですよね。……まあ、それもあり、よく風邪を引いては、白藤の家に預けられていました」
「白藤家に……?」

 白藤家は御三家の一つで、治癒の異能を持つ家系だ。

「はい。現在の白藤家の当主はまだ代替わりを行っていないため、父よりも年齢が一回り上の方なのですが、実は彼の長女は、彼女が幼い時に行方知れずとなっていて。当主夫婦は今もその行方を捜しているそうですが、いまだ見つからない状態だそうで――。沙良が体を崩したとき、白藤家の当主は偶然その場にいらっしゃったそうですが、行方知れずとなった娘と重ねられて、父よりも狼狽されたと聞いています」

 白藤家の姫君。
 その話は、橘の家にいるときに瑠璃は聞いたことがあった。
 何でも行方不明の娘を、今も捜し続けていると。
 だがその娘がいなくなったというのは、もう三十年近く前らしいから、娘ではなく孫を探すべきなのでは、なんてことを、橘家の下世話な使用人たちが口にしていた。

「次期当主は、行方知れずとなった長女の弟にあたる方だとは聞いていますが――父や瑠璃さんの父君とは少し年が離れているので、昔からあまりかかわりはなかったと聞いています」

 瑠璃からすれば、父に友人がいること自体驚きなのだが、それは指摘しないことにした。

「ただご当主が沙良を溺愛されているらしく、そのせいで次期当主との縁談が進んでいるという話も聞いていて。次期当主様には亡き奥方との間にお子さんもいらっしゃいますし、流石にその年の差はどうかと私は思うのですが、沙良はご覧の通り少し抜けているというか、『白藤のおじさまならいいよ』と言う始末で――」

 香月は、沙良の話になると妙に饒舌になっていた。

「香月様は、沙良さんが本当に大切なのですね」
「……申し訳ありません。少し、話をしすぎました」

 香月は、そう言うと話すのをやめた。
 話を聞いている間に、景色はより慌ただしく、道を人も多くなっていた。

「ああ。どうやら着いたようです」

 馬車が止まり、扉が開かれる。
 香月は先に降りると、瑠璃に手を差し出した。

「瑠璃さん。――お手を」