「ほんっと信じられない! 瑠璃お姉様という人がありながら、女の人を連れて帰ってくるなんて!」
その後伊織とその家族は、一度一條家の離れにとどまることになった。
「沙良さん。……伊織様は、記憶を失っておいでなのですよ」
「でも!」
沙良は、どうしても伊織の行動が受け入れられないようだった。
そんなときに、伊織が連れて買ってきたあの女が、庭を歩いていた瑠璃に声をかけてきた。
「少し、時間を戴いてもよろしいでしょうか」
■
「初めまして。私は、セイラと申します」
それから瑠璃は離れの一室で、女と話をすることになった。
セイラと名乗ったその女は、瑠璃とは少し異なる肌の色をしていた。
茶褐色の肌に、ぱっちりとした大きな瞳。目の色の色素は薄く、瑠璃には光を浴びて金をまぶしたように煌めいて見えた。
「貴方は、外国の方ですよね?」
「はい。私は、桜霞国の人間ではありません」
セイラは静かに答えた。
「父は、海を越えてこの国にわが国の品を運ぶ仕事をしており、彼とは、半年前に彼が川のそばで負傷して倒れているときに出会いました」
セイラが話してくれた場所は、伊織が行方不明になった場所から、だいぶ下流に位置していた。
「記憶を失っていたこともあり、私の父は、彼の保護をすることを決めました」
セイラの家族が救いの手を差し伸べなければ、伊織は今生きていなかったかもしれない。
「長い時間がかかりました。ただ怪我が治ってから、彼は私たちの仕事を手伝うようになりました」
伊織は、昔から海外の文化や言葉に興味を持っていた。
「彼が仕事を手伝ってくれるようになってから、以前より商品が売れるようになりました。彼は話術が巧みで、言葉遣いもきれいでしたので、きっと本当は、私とは関わりがないような、この国の良家の子息なのではないかと思いました」
セイラがこの国の言葉を話せるのは、彼女の仕事に関わることからかもしれないが、おそらく伊織が教えたのだろうと瑠璃は思った。
だって伊織という人は、そういう人間だったから。
「いつか、終わりが来る関係ならば――私は、彼への思いは、断ち切ろうと思いました。……でも」
セイラは、桜霞国の文化に合わせて瑠璃の前で正座をしたまま、膝のうえで拳を握りしめた。
「イオリは、離れようとした私の手を掴んでくれた」
セイラの指には、銀の指輪が嵌っている。
「そうして私たちは結婚し、子どもを授かりました」
「……『子ども』?」
瑠璃は、聞き間違いかと思った。
「はい。私の体には、新しい命が宿っています」
その言葉を聞いたときに、瑠璃は自分のこれまで信じていたものが、すべて崩れ去るような感覚を覚えた。
「彼が、この国にとって大切な人であることは、帝都に来てわかったことなのです。貴方が、彼の本来のフィアンセだったということは聞いています。ですが……どうか、この子の命を奪うことはどうかおやめください」
セイラは涙を流しながら、瑠璃の前に頭を下げた。
「貴方の愛する人を、奪ってしまったことは心より謝罪します。でも、でも……この子には、何の罪もありません!」
瑠璃はセイラの必死の頼みに、返事をすることができなかった。
(わからない。私は、彼女にどうこたえることが「正解」なのか)
■
空には月が浮かんでいた。
彼は空を見上げながら、氷の入ったグラスを傾けた。カラン、と氷が音を立てる。
グラスの中の液体は、しゅわしゅわと音を立てていた。
彼は、その光景を見つめながら口の端を上げる。
「貴方は、いつまで嘘をつき続けるつもりなの?」
黒髪の女性は彼のその姿を見て、責めるような声で尋ねた。
「やはり、貴方に嘘はつけませんね」
彼は女性を――詩織を見て、どこか嬉しそうに笑った。
「――『母上』」
その後伊織とその家族は、一度一條家の離れにとどまることになった。
「沙良さん。……伊織様は、記憶を失っておいでなのですよ」
「でも!」
沙良は、どうしても伊織の行動が受け入れられないようだった。
そんなときに、伊織が連れて買ってきたあの女が、庭を歩いていた瑠璃に声をかけてきた。
「少し、時間を戴いてもよろしいでしょうか」
■
「初めまして。私は、セイラと申します」
それから瑠璃は離れの一室で、女と話をすることになった。
セイラと名乗ったその女は、瑠璃とは少し異なる肌の色をしていた。
茶褐色の肌に、ぱっちりとした大きな瞳。目の色の色素は薄く、瑠璃には光を浴びて金をまぶしたように煌めいて見えた。
「貴方は、外国の方ですよね?」
「はい。私は、桜霞国の人間ではありません」
セイラは静かに答えた。
「父は、海を越えてこの国にわが国の品を運ぶ仕事をしており、彼とは、半年前に彼が川のそばで負傷して倒れているときに出会いました」
セイラが話してくれた場所は、伊織が行方不明になった場所から、だいぶ下流に位置していた。
「記憶を失っていたこともあり、私の父は、彼の保護をすることを決めました」
セイラの家族が救いの手を差し伸べなければ、伊織は今生きていなかったかもしれない。
「長い時間がかかりました。ただ怪我が治ってから、彼は私たちの仕事を手伝うようになりました」
伊織は、昔から海外の文化や言葉に興味を持っていた。
「彼が仕事を手伝ってくれるようになってから、以前より商品が売れるようになりました。彼は話術が巧みで、言葉遣いもきれいでしたので、きっと本当は、私とは関わりがないような、この国の良家の子息なのではないかと思いました」
セイラがこの国の言葉を話せるのは、彼女の仕事に関わることからかもしれないが、おそらく伊織が教えたのだろうと瑠璃は思った。
だって伊織という人は、そういう人間だったから。
「いつか、終わりが来る関係ならば――私は、彼への思いは、断ち切ろうと思いました。……でも」
セイラは、桜霞国の文化に合わせて瑠璃の前で正座をしたまま、膝のうえで拳を握りしめた。
「イオリは、離れようとした私の手を掴んでくれた」
セイラの指には、銀の指輪が嵌っている。
「そうして私たちは結婚し、子どもを授かりました」
「……『子ども』?」
瑠璃は、聞き間違いかと思った。
「はい。私の体には、新しい命が宿っています」
その言葉を聞いたときに、瑠璃は自分のこれまで信じていたものが、すべて崩れ去るような感覚を覚えた。
「彼が、この国にとって大切な人であることは、帝都に来てわかったことなのです。貴方が、彼の本来のフィアンセだったということは聞いています。ですが……どうか、この子の命を奪うことはどうかおやめください」
セイラは涙を流しながら、瑠璃の前に頭を下げた。
「貴方の愛する人を、奪ってしまったことは心より謝罪します。でも、でも……この子には、何の罪もありません!」
瑠璃はセイラの必死の頼みに、返事をすることができなかった。
(わからない。私は、彼女にどうこたえることが「正解」なのか)
■
空には月が浮かんでいた。
彼は空を見上げながら、氷の入ったグラスを傾けた。カラン、と氷が音を立てる。
グラスの中の液体は、しゅわしゅわと音を立てていた。
彼は、その光景を見つめながら口の端を上げる。
「貴方は、いつまで嘘をつき続けるつもりなの?」
黒髪の女性は彼のその姿を見て、責めるような声で尋ねた。
「やはり、貴方に嘘はつけませんね」
彼は女性を――詩織を見て、どこか嬉しそうに笑った。
「――『母上』」

