香月の爆弾発言はあったものの、その後沙良と宗次郎の説得もあり、瑠璃は一條の屋敷に戻ることになった。
最近妖魔が増えており、過去瑠璃が二度も妖魔に襲われているため、一條の屋敷で守ったほうが安全だろうという話になったためだ。
『ご心配には及びません。私がすべて適切に処理します』
香月は寝る間も惜しんで妖魔討伐にあたっているらしく、瑠璃は香月と最近殆ど顔を合わせていない。
香月は、最近瑠璃が渡した指輪をはめなくなった。銀色の指輪。異国では、愛の証であるらしいそれは、今は瑠璃の指にだけはまっている。
香月の母である美月は、元警邏隊ということもあり事態の収束の手伝いをしているということで、瑠璃の話し相手は、美月ではなく双葉になった。
因みに双葉は、香月に対しても瑠璃に対するものとあまり変わらなかった。
「香月くんは働き者で偉いなあ。香月くんは強いもんねぇ。でも、大変になったら、ちゃんとみんなにいうんだよ?」
「はい」
「お母様、その話し方はさすがに緩すぎると思うの」
よしよし、と双葉に頭を撫でられる香月を見て、瑠璃は少し驚いてしまった。
「なら、そのときは双葉にも力を貸してもらおうか」
そんな双葉に、宗次郎が微笑みかける。よほど結婚前の仕事で心をすり減らしたのか、双葉の顔が曇る。
「もう仕事したくない……ご飯だけ食べてたい……ずっとお布団で眠ってたい…………」
「お母様……」
「よしよし、ごめんね。双葉はこれまでたくさん頑張ったんだもんね? 今は、この家でゆっくり休んでいていいからね」
宗次郎に甘やかされて、双葉はその腕の中でこくんと頷いた。
■
最近妖魔が増えている。
その話は帝都に広まり、街は一気に活気を失っていった。
異国の人間に影響が出てはいけないからと、新たな入港は禁じると朱桜帝はお触れを出した。
一次的な鎖国のような状態の中、警邏隊で新たな催しが決まった。
「『パレード』?」
瑠璃は、あまり聞き慣れない言葉だった。
「そうなの! みんなを元気づけるために、警邏隊のみんなですることになったの!」
沙良の話によると、街の人々を安心させるために、警邏隊の力を披露する行進をする、ということらしかった。
「香月お兄様が先頭に立って、力を披露なさるんだとか! お父様が、その日だけは外に出ていいと仰ったから、瑠璃お姉様も一緒に行きましょうね!」
沙良の声は弾んでいた。
最近外出を禁じられていた分嬉しいのだろう。
だが瑠璃はその話を聞いて、香月の帰りが遅い理由ではないかとも思ってしまった。
(パレードのための訓練より、私を優先してほしいと思う私は、きっと一條家の嫁として失格ね)
伊織の死を、割り切って受け入れた一條家。
その死を忘れられない自分は、やはりこの家に相応しくないのではと思って、瑠璃は胸を抑えた。
■
妖魔の外見や暴力が、人々に周知されていないこともあり、警邏隊の強さもまた、人々は詳しくは知らない。
街を守ってくれる執行人。
悪さをすれば、人間もまた彼らに捕まり罰を受ける。
彼らは常に正義だ。
そしてその桜霞国の武の象徴は、新しい時代を告げるかのような、同じ形をした洋服に身を包んでいた。
夜に溶ける漆黒。それは、妖魔が活発に動くと言われているときに、妖魔からの視認性を下げるためだと瑠璃は伊織から聞いたことがある。
不意打ち上等。勝てば官軍というように、勝利すれば人間の勝ちだ。
そのため、警邏隊はいくつかに隊が分けられ、それぞれの隊で連携をとっている。
暗闇であっても、お互いの異能の特性を理解したうえでの連携を行えるように――そこにあるのは、仲間への信頼だ。
パレードではそれぞれに、連携をとった戦闘を人々に見せながら進んでいた。
そして、最後が香月が率いる第一隊だった。
「みんなーー! 最近、帝都では妖魔が増えているという話が出回っている。だが、安心してくれ。俺たちがいる限り、お前たちの安全は守れる。それに――うちの大将は、絶対に誰にも負けない!」
見目麗しい男が、楽しそうに声を張り上げる。
「うちの大将が誰かって? それは勿論、『一條香月』。桜霞国建国以来この国を守ってきた守護の刀。一條家の次期当主様だ!」
男の声の後、帽子を被り黒の外套を羽織った香月が、空から颯爽と現れる。
香月は帽子を深くかぶり直すと、それから刀を抜いて炎を纏わせた。
青い炎は大きく揺れて、人々はその灯火に目を奪われた。
――あれは火だ。救いの火だ。俺たちが生き残るための希望の灯火だ!
人々の視線が香月に集中する中で、男は口上を述べる。
「今からご覧いただきますのは、我らが大将の圧倒的なその強さ! これから妖魔の代わりに、空にあるものを打ち上げます。大将には、それを破壊してもらいます!」
男がそう言うと、空に向かって何か巨大な物体が打ち上げられた。
「空に浮かべたものを壊すというのか!?」
人々は、これから何が起こるのかと思い、妖魔のことをすっかり忘れていた。今はただ、奇々怪々なる出し物を一目見ようと、そればかりが頭にあった。
香月は、刀に纏わせていた炎を細く細く収束させて、薄い紙一枚纏わせているかのように力を凝縮させると、強く地面を蹴って空へと飛び上がった。
人のなせる技とは思えない。
人智を超えた力は、まさに天からの授かりもの。
香月は表情一つ変えずに、その塊を空中で細切れにした。
そして、その物体からは――。
「花?」
「いや紙だ」
「小さな色紙が空から振ってくるぞ!」
無数の紙が、まるで瑠璃と香月が二人で出かけたときに見た手品のように、今は空から降っていた。
きらきらと。ひらひらと。
光を帯びて、まるで花のように落ちてくる紙吹雪のなかで、香月は地面に鮮やかに着地した。
その瞬間、観衆たちから一斉に声が上がる。
「きゃあああああ!!」
「香月様! 香月様ーー!」
「一條家! 一條家の若君だ!」
「なんて動きだ! 流石一條家だ!」
「すごいわ。あの方なら、きっと私たちを守ってくださるわ……!」
その瞬間誰もが、香月に絶大な信頼を寄せていた。
まるで彼らの世界には、最初から香月しかいなかったかのように。
一條伊織という人間は、この世界には存在しなかったかのように。
(……香月、様)
香月は、群衆の中から瑠璃を見つけたように見えた。だが彼は、瑠璃と視線があってすぐ視線をそらした。
(ああ、やっぱり。香月様は――香月様は、もう)
瑠璃は香月の行動が、悲しくてたまらなかった。
(私には、笑ってくださらないのだ)
最近妖魔が増えており、過去瑠璃が二度も妖魔に襲われているため、一條の屋敷で守ったほうが安全だろうという話になったためだ。
『ご心配には及びません。私がすべて適切に処理します』
香月は寝る間も惜しんで妖魔討伐にあたっているらしく、瑠璃は香月と最近殆ど顔を合わせていない。
香月は、最近瑠璃が渡した指輪をはめなくなった。銀色の指輪。異国では、愛の証であるらしいそれは、今は瑠璃の指にだけはまっている。
香月の母である美月は、元警邏隊ということもあり事態の収束の手伝いをしているということで、瑠璃の話し相手は、美月ではなく双葉になった。
因みに双葉は、香月に対しても瑠璃に対するものとあまり変わらなかった。
「香月くんは働き者で偉いなあ。香月くんは強いもんねぇ。でも、大変になったら、ちゃんとみんなにいうんだよ?」
「はい」
「お母様、その話し方はさすがに緩すぎると思うの」
よしよし、と双葉に頭を撫でられる香月を見て、瑠璃は少し驚いてしまった。
「なら、そのときは双葉にも力を貸してもらおうか」
そんな双葉に、宗次郎が微笑みかける。よほど結婚前の仕事で心をすり減らしたのか、双葉の顔が曇る。
「もう仕事したくない……ご飯だけ食べてたい……ずっとお布団で眠ってたい…………」
「お母様……」
「よしよし、ごめんね。双葉はこれまでたくさん頑張ったんだもんね? 今は、この家でゆっくり休んでいていいからね」
宗次郎に甘やかされて、双葉はその腕の中でこくんと頷いた。
■
最近妖魔が増えている。
その話は帝都に広まり、街は一気に活気を失っていった。
異国の人間に影響が出てはいけないからと、新たな入港は禁じると朱桜帝はお触れを出した。
一次的な鎖国のような状態の中、警邏隊で新たな催しが決まった。
「『パレード』?」
瑠璃は、あまり聞き慣れない言葉だった。
「そうなの! みんなを元気づけるために、警邏隊のみんなですることになったの!」
沙良の話によると、街の人々を安心させるために、警邏隊の力を披露する行進をする、ということらしかった。
「香月お兄様が先頭に立って、力を披露なさるんだとか! お父様が、その日だけは外に出ていいと仰ったから、瑠璃お姉様も一緒に行きましょうね!」
沙良の声は弾んでいた。
最近外出を禁じられていた分嬉しいのだろう。
だが瑠璃はその話を聞いて、香月の帰りが遅い理由ではないかとも思ってしまった。
(パレードのための訓練より、私を優先してほしいと思う私は、きっと一條家の嫁として失格ね)
伊織の死を、割り切って受け入れた一條家。
その死を忘れられない自分は、やはりこの家に相応しくないのではと思って、瑠璃は胸を抑えた。
■
妖魔の外見や暴力が、人々に周知されていないこともあり、警邏隊の強さもまた、人々は詳しくは知らない。
街を守ってくれる執行人。
悪さをすれば、人間もまた彼らに捕まり罰を受ける。
彼らは常に正義だ。
そしてその桜霞国の武の象徴は、新しい時代を告げるかのような、同じ形をした洋服に身を包んでいた。
夜に溶ける漆黒。それは、妖魔が活発に動くと言われているときに、妖魔からの視認性を下げるためだと瑠璃は伊織から聞いたことがある。
不意打ち上等。勝てば官軍というように、勝利すれば人間の勝ちだ。
そのため、警邏隊はいくつかに隊が分けられ、それぞれの隊で連携をとっている。
暗闇であっても、お互いの異能の特性を理解したうえでの連携を行えるように――そこにあるのは、仲間への信頼だ。
パレードではそれぞれに、連携をとった戦闘を人々に見せながら進んでいた。
そして、最後が香月が率いる第一隊だった。
「みんなーー! 最近、帝都では妖魔が増えているという話が出回っている。だが、安心してくれ。俺たちがいる限り、お前たちの安全は守れる。それに――うちの大将は、絶対に誰にも負けない!」
見目麗しい男が、楽しそうに声を張り上げる。
「うちの大将が誰かって? それは勿論、『一條香月』。桜霞国建国以来この国を守ってきた守護の刀。一條家の次期当主様だ!」
男の声の後、帽子を被り黒の外套を羽織った香月が、空から颯爽と現れる。
香月は帽子を深くかぶり直すと、それから刀を抜いて炎を纏わせた。
青い炎は大きく揺れて、人々はその灯火に目を奪われた。
――あれは火だ。救いの火だ。俺たちが生き残るための希望の灯火だ!
人々の視線が香月に集中する中で、男は口上を述べる。
「今からご覧いただきますのは、我らが大将の圧倒的なその強さ! これから妖魔の代わりに、空にあるものを打ち上げます。大将には、それを破壊してもらいます!」
男がそう言うと、空に向かって何か巨大な物体が打ち上げられた。
「空に浮かべたものを壊すというのか!?」
人々は、これから何が起こるのかと思い、妖魔のことをすっかり忘れていた。今はただ、奇々怪々なる出し物を一目見ようと、そればかりが頭にあった。
香月は、刀に纏わせていた炎を細く細く収束させて、薄い紙一枚纏わせているかのように力を凝縮させると、強く地面を蹴って空へと飛び上がった。
人のなせる技とは思えない。
人智を超えた力は、まさに天からの授かりもの。
香月は表情一つ変えずに、その塊を空中で細切れにした。
そして、その物体からは――。
「花?」
「いや紙だ」
「小さな色紙が空から振ってくるぞ!」
無数の紙が、まるで瑠璃と香月が二人で出かけたときに見た手品のように、今は空から降っていた。
きらきらと。ひらひらと。
光を帯びて、まるで花のように落ちてくる紙吹雪のなかで、香月は地面に鮮やかに着地した。
その瞬間、観衆たちから一斉に声が上がる。
「きゃあああああ!!」
「香月様! 香月様ーー!」
「一條家! 一條家の若君だ!」
「なんて動きだ! 流石一條家だ!」
「すごいわ。あの方なら、きっと私たちを守ってくださるわ……!」
その瞬間誰もが、香月に絶大な信頼を寄せていた。
まるで彼らの世界には、最初から香月しかいなかったかのように。
一條伊織という人間は、この世界には存在しなかったかのように。
(……香月、様)
香月は、群衆の中から瑠璃を見つけたように見えた。だが彼は、瑠璃と視線があってすぐ視線をそらした。
(ああ、やっぱり。香月様は――香月様は、もう)
瑠璃は香月の行動が、悲しくてたまらなかった。
(私には、笑ってくださらないのだ)

