「一條家のお坊ちゃん!」
少し場所を移動して、瑠璃と香月は呉服屋を訪れることにした。
店につくと、香月の姿を見た女がすぐに駆け寄ってきた。
「どうしてこちらに? ご注文の御品は明日お屋敷までお届けの予定ですが――あら」
それから、女は瑠璃を見た。
「こちらの方は?」
「彼女は、私の妻だ」
(か……かづき、さま!?)
はっきりと宣言されて、瑠璃は少し照れてしまった。
「まあ! 貴方がお坊ちゃんの……!」
女は、まじまじと瑠璃を観察した。
「なるほど、磨きがいのある方ですね」
「今でも十分綺麗だろう?」
香月の口から飛び出す褒め言葉に、瑠璃は更に顔を赤くした。
瑠璃と話すときとは違う堂々としたはなしかたが、それに拍車をかける。
だが、女は引き下がらなかった。一流の店として、香月の言葉を唯唯諾諾と受け取ることはできなかったらしい。
「何をおっしゃっているのですか! こちらのお品は、ご当主様がお嬢様に贈られたものではありませんか!」
瑠璃の今日の服は沙良の服の借り物だ。
「確かにこちらはよい品ではありますが、服や装飾品は、その方にあった品というものがあるのです。明るいお顔立ちのお嬢様と、清楚で淑やかなお顔をされた奥様では似合うものは違います」
「そうか。では、どのようなものが似合うと思う?」
女は言葉巧みに香月に話をした。
「奥様はお若いですし、これからお嬢様とお出かけをされることも多うございましょう。であれば、季節に合わせたものもあるとよいかもしれません。お嬢様もたくさんお持ちでしょう?」
「なるほど。そういうものか」
うんうん、と香月は頷く。
「梅の花、桜の花、藤に紫陽花、朝顔に桔梗の花――紅葉に椿。祝いの席に使えるものなどもあれば、奥方も安心されることでしょう」
「では、それを全部くれ。勿論、彼女に相応しいものを」
「ありがとうございます!」
チャリンチャリン!
一瞬で、目の前で多額の金が使われるのを見て、瑠璃は慌てた。
「そ……そんな、香月様。こんなにたくさんいただけません!」
だが、今回は香月も引かなかった。
「いえ、私に贈らせてください」
「でも」
(私は、香月様に何も返せないのに)
「沙良は貴方を気に入っていますし、これから妹と出かけるとなると、私が贈らずとも妹か父か母が貴方に贈ることになるでしょう」
香月は、そんな瑠璃に優しい声で言った。
「なら、貴方には――私が贈ったものを身に着けていただきたい」
「香月様……」
どくん、と胸が高鳴る。
自分にだけ優しい声も、滅多に笑わないという彼の笑顔も、瑠璃にとっては、その全てが――。
「まあ、本当に仲がよろしいんですのね。ささ、ではこちらへ」
だが瑠璃がその感情に名前をつける前に、女が二人に声をかけてしまった。
■
「えっ!? 瑠璃お姉様、お兄様に服を買ってもらったの!?」
まずはこれからの季節にあった服をいくつか注文した香月は、今日のところは満足したようで、馬車で瑠璃とともに帰宅した。
だが、なぜかその話を帰宅して沙良にしたところ、屋敷の中は一気に騒がしくなってしまった。
「? 贈ってもらった服を着たら香月様が喜ばれると聞いたので……?」
そもそも沙良から聞いたはずなのに――?
瑠璃が不思議がっていると、沙良はなぜか一度顔を赤くしたかと思うと珍しく困っていた。
「えっと……瑠璃お姉様? たぶんね、それそういうことじゃないっていうか、えっと……」
「????」
何か自分は間違ったんだろうか。
瑠璃が沙良を前にキョトンとしていると、話を聞いていたらしい宗次郎が声を上げて笑った。
「あはは! ずいぶん面白い状況だ。香月、お前今日は、随分良い買い物が出来たみたいだね」
「……」
香月は宗次郎の言葉を無視した。瑠璃は、せめて何か返事をしなくては!と意気込んで返事をした。
「お着物が届いたら、香月様に選んでいただいた服を着て、毎日香月様のお帰りをお待ちしておりますね」
「ははははははっ!」
瑠璃の言葉に、宗次郎が沙良にお腹を抱えて笑う。
「駄目だ……面白すぎる。ああ……。瑠璃ちゃんは本当に可愛いなあ。実にいいお嫁さんだ」
「ちょっと、お父様笑いすぎ。瑠璃お姉様は真面目で純粋なんだから、茶化さないで」
「だって、こんな面白い話そうないだろう。ああもう……浮いた話一つなかった香月が……くく……っ。まさか、これほどまでに尽くすなんて。あははははっ!」
「……」
(宗次郎お義父様は何を笑ってらっしゃるんだろう? そして、香月様は何故また頬をお染めに?)
「香月様、香月様」
瑠璃は、こそっと香月に耳打ちした。
「あの、宗次郎お義父様がお笑いの理由、香月様はお分かりですか? もしご存知であれば、ぜひ私にも教えていただきたくて」
「……っ!」
だが、瑠璃の小声など、妖魔討伐のために特化された身体能力を持つ宗次郎には丸聞こえだ。
「もう……! 駄目だもう。こんなの、笑いすぎて僕が死んでしまうよ」
宗次郎は最後はヒィヒィと笑い、香月と沙良はそんな父を汚物を見るような目で見つめていた。
瑠璃は、最後まで意味がわからなかった。
瑠璃たちはその後みんなで夕飯を食べてから、部屋に戻る途中、瑠璃はある女性と廊下ですれ違った。
伊織の母、詩織。
昔から少しも変わらない。美しい黒髪を綺麗に束ねた女は、凛とした声でこう言った。
「香月との外出は、随分と楽しかったようね」
少し場所を移動して、瑠璃と香月は呉服屋を訪れることにした。
店につくと、香月の姿を見た女がすぐに駆け寄ってきた。
「どうしてこちらに? ご注文の御品は明日お屋敷までお届けの予定ですが――あら」
それから、女は瑠璃を見た。
「こちらの方は?」
「彼女は、私の妻だ」
(か……かづき、さま!?)
はっきりと宣言されて、瑠璃は少し照れてしまった。
「まあ! 貴方がお坊ちゃんの……!」
女は、まじまじと瑠璃を観察した。
「なるほど、磨きがいのある方ですね」
「今でも十分綺麗だろう?」
香月の口から飛び出す褒め言葉に、瑠璃は更に顔を赤くした。
瑠璃と話すときとは違う堂々としたはなしかたが、それに拍車をかける。
だが、女は引き下がらなかった。一流の店として、香月の言葉を唯唯諾諾と受け取ることはできなかったらしい。
「何をおっしゃっているのですか! こちらのお品は、ご当主様がお嬢様に贈られたものではありませんか!」
瑠璃の今日の服は沙良の服の借り物だ。
「確かにこちらはよい品ではありますが、服や装飾品は、その方にあった品というものがあるのです。明るいお顔立ちのお嬢様と、清楚で淑やかなお顔をされた奥様では似合うものは違います」
「そうか。では、どのようなものが似合うと思う?」
女は言葉巧みに香月に話をした。
「奥様はお若いですし、これからお嬢様とお出かけをされることも多うございましょう。であれば、季節に合わせたものもあるとよいかもしれません。お嬢様もたくさんお持ちでしょう?」
「なるほど。そういうものか」
うんうん、と香月は頷く。
「梅の花、桜の花、藤に紫陽花、朝顔に桔梗の花――紅葉に椿。祝いの席に使えるものなどもあれば、奥方も安心されることでしょう」
「では、それを全部くれ。勿論、彼女に相応しいものを」
「ありがとうございます!」
チャリンチャリン!
一瞬で、目の前で多額の金が使われるのを見て、瑠璃は慌てた。
「そ……そんな、香月様。こんなにたくさんいただけません!」
だが、今回は香月も引かなかった。
「いえ、私に贈らせてください」
「でも」
(私は、香月様に何も返せないのに)
「沙良は貴方を気に入っていますし、これから妹と出かけるとなると、私が贈らずとも妹か父か母が貴方に贈ることになるでしょう」
香月は、そんな瑠璃に優しい声で言った。
「なら、貴方には――私が贈ったものを身に着けていただきたい」
「香月様……」
どくん、と胸が高鳴る。
自分にだけ優しい声も、滅多に笑わないという彼の笑顔も、瑠璃にとっては、その全てが――。
「まあ、本当に仲がよろしいんですのね。ささ、ではこちらへ」
だが瑠璃がその感情に名前をつける前に、女が二人に声をかけてしまった。
■
「えっ!? 瑠璃お姉様、お兄様に服を買ってもらったの!?」
まずはこれからの季節にあった服をいくつか注文した香月は、今日のところは満足したようで、馬車で瑠璃とともに帰宅した。
だが、なぜかその話を帰宅して沙良にしたところ、屋敷の中は一気に騒がしくなってしまった。
「? 贈ってもらった服を着たら香月様が喜ばれると聞いたので……?」
そもそも沙良から聞いたはずなのに――?
瑠璃が不思議がっていると、沙良はなぜか一度顔を赤くしたかと思うと珍しく困っていた。
「えっと……瑠璃お姉様? たぶんね、それそういうことじゃないっていうか、えっと……」
「????」
何か自分は間違ったんだろうか。
瑠璃が沙良を前にキョトンとしていると、話を聞いていたらしい宗次郎が声を上げて笑った。
「あはは! ずいぶん面白い状況だ。香月、お前今日は、随分良い買い物が出来たみたいだね」
「……」
香月は宗次郎の言葉を無視した。瑠璃は、せめて何か返事をしなくては!と意気込んで返事をした。
「お着物が届いたら、香月様に選んでいただいた服を着て、毎日香月様のお帰りをお待ちしておりますね」
「ははははははっ!」
瑠璃の言葉に、宗次郎が沙良にお腹を抱えて笑う。
「駄目だ……面白すぎる。ああ……。瑠璃ちゃんは本当に可愛いなあ。実にいいお嫁さんだ」
「ちょっと、お父様笑いすぎ。瑠璃お姉様は真面目で純粋なんだから、茶化さないで」
「だって、こんな面白い話そうないだろう。ああもう……浮いた話一つなかった香月が……くく……っ。まさか、これほどまでに尽くすなんて。あははははっ!」
「……」
(宗次郎お義父様は何を笑ってらっしゃるんだろう? そして、香月様は何故また頬をお染めに?)
「香月様、香月様」
瑠璃は、こそっと香月に耳打ちした。
「あの、宗次郎お義父様がお笑いの理由、香月様はお分かりですか? もしご存知であれば、ぜひ私にも教えていただきたくて」
「……っ!」
だが、瑠璃の小声など、妖魔討伐のために特化された身体能力を持つ宗次郎には丸聞こえだ。
「もう……! 駄目だもう。こんなの、笑いすぎて僕が死んでしまうよ」
宗次郎は最後はヒィヒィと笑い、香月と沙良はそんな父を汚物を見るような目で見つめていた。
瑠璃は、最後まで意味がわからなかった。
瑠璃たちはその後みんなで夕飯を食べてから、部屋に戻る途中、瑠璃はある女性と廊下ですれ違った。
伊織の母、詩織。
昔から少しも変わらない。美しい黒髪を綺麗に束ねた女は、凛とした声でこう言った。
「香月との外出は、随分と楽しかったようね」

