君の音が届くまで

四限目が終わり、終礼のチャイムが鳴ると同時に、教室は一気にガヤガヤと騒がしくなる。机の横にかけたスクバから弁を取り出そうとした俺は、その瞬間、サッと血の気が引いた。

カバンの中身は、教科書と部活の着替えだけ。スカスカの底を見て、自分のやらかしを理解する。

「りーーん! 飯食おうぜーー!」
「わり……弁当忘れたわ」

机を引きずってこっちにやってきた佐藤に力なく告げると、相手は漫画みたいに目を丸くした。

「は!? お前どうしたの……さっきの授業でもそうだけど。今日まじで様子おかしくね?」
「ちょっと、購買行ってくるわ」

苦笑いではぐらかし、俺は財布だけをポケットに突っ込んで席を立った。

我ながら呆れる……

あの先輩のせいで寝不足だったのは確かだ。だけど、まさか母親が用意してくれていた弁当を玄関に置き忘れてくるなんて、これまでの人生で一度だってなかった。

「あ、待てよ。俺も行く」
「はぁ? ついてくんな」

口ではそう言いながらも、結局佐藤を隣に並べたまま教室を出た。
騒がしい廊下は、購買に近づくにつれて人が増えていく。人の波をすり抜けながら、佐藤が肩をぶつけてきた。

「てかさ、凛。好きな人できたっしょ」
「……は?」

階段を下りる途中、佐藤がニヤニヤしながら肩をぶつけてくる。鋭いんだか的外れなんだか分からないツッコミに、俺の心臓が一瞬だけドクンと嫌な跳ね方をした。

「いやだって、あの“ストライカー馬橋様”が授業でフリーズして弁当まで忘れるとか、女のこと考えて上の空になってる以外ねーだろ」
「違ぇよ。ちょっと寝不足なだけ」

ため息交じりに購買の列へ並ぶ。すると、すぐ後ろからひそひそと女子の弾んだ声が聞こえてきた。

『やばっ……目の前に馬橋くんいるんだけど』
『購買にいるとか珍しくない?』

そう、俺は女の子に不自由したことのない男だ。だからこそ、この寝不足の原因が女子ではなく『昨日覗き見した男の先輩』だなんて、死んでも言えるわけがない。

いや、考えすぎだろ。明日になればいつも通りに戻る――

そう自分に言い聞かせ、思考を打ち切ろうとした、その矢先だった。


「てか、今日の購買やばくない?」
「それなっ!馬橋くんと園田先輩いるなんて…!ここは聖地かなにか!?」

…………園田先輩?

予測していなかった単語が鼓膜を震わせ、俺の思考が完全にストップする。
女子たちの浮き足立った視線は、俺ではなく、購買のさらに奥へと向けられていた。