君の音が届くまで

「藍先輩、俺たちもっと親密な仲でしょ?」

 ムキになって、一歩前に出た。
どす黒い邪魔な感情が冷静さを完全に奪い去り、気づけば勝手に体が動いていた。他の男に触られてニコニコしてんじゃねぇよ。ちゃんと俺を見ろよ、園田先輩。

「……え?」

 その場にいた全員の動きが止まった。
隣にいる佐藤は、信じられないものを見たように口をぽかんと開けて固まっている。園田先輩の肩を組んでいた先輩たちも、俺と園田先輩を交互に視線で追ったあと、「え、何、お前らそういう……?」と顔を見合わせた。

 じっとりとした周囲の視線が集まる中、当の園田先輩だけは、やっぱりパチパチと瞬きをして、不思議そうに小首を傾げた。

「そうだね、マシバくん。ノートわざわざ届けてくれたし」

そういうことじゃねぇんだよ!!!!!

 もはや、名前を訂正する気力さえ根こそぎ奪い去られていく。室で「めっちゃ美人」だのキザなセリフを吐いた俺の覚悟も、今の命がけの牽制も、この人の前では全部「ノートを届けてくれた親切な後輩」という無害な枠組みに綺麗に収められてしまう。

「……佐藤、戻るぞ」
「え? あ、おい、凛……っ!?」

 これ以上ここにいたら、自分がどんなに惨めで、どんなに恥ずかしい言葉を口にしてしまうか分からなかった。
俺は園田先輩から視線を逸らし、踵を返してドカドカと乱暴な足取りで歩き出す。

「あ、バイバイ馬橋くん。またね!」

 後ろから、今度はちゃんと『馬橋』と呼ぶ声が聴こえた。
あんなに正しく呼ばれたかったはずなのに、今はその声が、俺の拗れきった胸の奥をこれでもかってくらいに掻き乱して、余計に頭が狂いそうになる。

熱くなっていく耳を隠すようにブレザーの襟を引っ張り上げながら、俺は、男相手に抱くはずのない嫉妬と独占欲の嵐に、ただただ溺れそうになっていた。