君の音が届くまで

しかし、チャンスは突然やってきた。

「あ! クソ、園田のノート借りたまま部室持ってきちゃったわ! あいつ多分、まだ教室にいるよな……」

放課後、上はブレザー、下はサッカーパンツといったなんとも激ダサな恰好をしている飯田先輩は、練習着を片手に持ったまま頭を抱えてぼやいていた。

「……」

その言葉を聞いた瞬間、俺はマネージャーから受け取ったビブスをその場に置き、飯田先輩の元へと自然と足が動いていた。

今朝のへし折られたプライドの破片が、一日中胸の奥をチクチクと刺して、授業なんて全く頭に入らなかった。このまま引き下がるなんて、俺のプライドが絶対に許さない。

「飯田先輩、俺が返しに行ってきますよ。ちょうど、上の階のトイレ行こうと思ってたんで」
「お、マジか? 悪いな馬橋、助かるわ!」

「うっす」と空返事をしながらノートを受け取る。
教室にいるなんて言っていたけれど、おそらく音楽室にいるはずだ、という確信があった。足取りが早くなっていくのが自分でも分かって、なんだかむずがゆい。

階段を駆け上がり、放課後の静まり返った音楽室の前に立つ。
ガラッとドアを開けると、ピアノの前に座っていた園田先輩が、パチパチと瞬きをしてこちらを振り返った。

「あ……」
「園田先輩。これ、飯田先輩から」
「あ、わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」

ノートを受け取り、ふわりと柔らかく微笑む園田先輩。
その笑顔を間近で見つめながら、俺は一歩前に踏み出す。いつもの、女子の調子を狂わせるような不敵な笑みを顔に貼り付けて、園田先輩の視線を覗き込むように距離を詰めた。

「先輩ってめっちゃ美人ですよね」

キザなセリフを放ちながらも、俺の鼓動は情けない程に早かった。耳にまで響く振動が鬱陶しく、もっと髪の毛にまで触れてからかってやろうと思ったのに、触れる勇気すら出なかった。

「そうかな?ありがとう!」
「…………はい」

それなのに、なんでコイツは平然とした顔でニコニコしてやがるんだ。普通だったら、男相手にこんな距離でそんなこと言われたら、嫌がるか、せめて照れるかのどっちかだろ……。

結局返す言葉を失った俺に、園田先輩は優しく微笑んで会話を続けた。

「なんで僕がここにいるって分かったの?」
「…っ……え、あ、」