萌月焼子は燃やし尽くす

ありがとうございます、と、晴斗は焼子へお礼を伝える。

「別に。
あんな些細な物も捨てられないなんて、燃やせない人って本当チキンよね。

……ああそうだ、報酬の件だけど」

「はい」

「驚かないのね。
『そんなの聞いてない!カードを燃やしただけで金をとるのか!』
とか言わないの?」

「タダで燃やしてもらおうなんて、思ってませんよ」

焼子が報酬を要求することは、内心の声から、何となく察してはいた。
すごく小さな声だったから、大した額ではないことも分かっている。

「物分かりが良くてよろしい。
正当な働きには正当な対価を。
100万……いや200万……」

上目遣いに見上げてくる焼子は、晴斗の表情を見ると、不服そうに指を差してくる。

「あんたね、そのボサっとした表情、何とかならないの?
ちったぁ不安そうな顔しないと、いくらぐらいふっかけられそうか、判断つかないじゃない」

「申し訳ありません」

「何その心のこもってない謝罪。
ムカつくわー。
明日、通帳持ってきなよ、それ見て額を決めるから」

「御冗談を」

「冗談じゃねえよ。燃やすぞ」

発された声はドスが効いている。
……彼女の能力を知った者からすれば、それが単なる脅しには聞こえないだろう。
ゴミ山を灰にする、燃やすことを何とも思っていない女だ。

だが、晴斗には分かる。

「今日は、ありがとうございました。
明日も来ていただけるなら、特産のメロンを御用意しておきます」

焼子が二の句を継ぐ前に、晴斗はぺこりとお辞儀をし、執務室へ向かった。


……まだ、やることがある。

「係長、お話があります」
「え?何、トラブル?」
「いえ、個人的なことで」
「何、結婚でもするの?」

晴斗は苦笑して、係長を、他の職員がいない廊下へ誘導する。

「係長。
差し出がましいとは思いますが、新田さんとの関係は、見直した方がいいと思います」

係長は、唐突にプライベートへ突っ込まれて、あからさまに傷付いた顔をした。
内心では、『余計なことを』『何様だ』『口を出すな』と、激しい怒りと羞恥が渦巻いている。

「既婚者が、部下と、関係を持とうとするのは……正直に言って、セクハラに該当するように見えます」
「お前な、人のプライベートに……」
「改善されなければ、課長や組合にも相談するつもりです」
「ふざけるなよ、なんで、急に」
「……係長は。
あの日、奥様が、どんな思いで仕事カバンを届けたのか……
新田の人生に、どんな悪影響を与えようとしたのか……
……軽弾みな行動は、係長として、慎んでいただきたいです。
2人とも、我が市の大切な市民です。
市職員は、市民を、大切にするべきです」
「……。帰れ。
お前はいつから、俺に市を語れるほど偉くなったんだ?
もう、そのツラを見せるな」

晴斗は深く一礼して、立ち去る。
……こうなることは、分かっていた。

晴斗は、内心の声が聞こえるからこそ、他人の説得がいかに難しいかも、承知していた。
他人の恋愛への口出しが、いかに無粋かということも。
自分の気持ちが通らないことも、言葉が届かないことも、自分の立場を危うくするだけだということも、予想はしていた。

それでも。

不幸になっていく誰かを、見捨てておくのは気分が悪い。

忠告はした。
あとは、本人次第だ。


午後の時間休を申請して、帰り支度を始めた。
隣の席の新田が、内心の声を漏らす。

『……そういえば、今朝、係長に渡した、親睦旅行の写真……
まあいっか、今更、返してなんて言いにくいし。
定時になったら、親からお見合いを勧められたって伝えて、別れよう』

晴斗は踵を返す。
……構うものか。
全部、燃えればいい。