萌月焼子は燃やし尽くす

係長に確認し、課長の了承を得た上で、焼子に回答する。

「ぜひ、お願いします」

依頼した背景には、『老朽化した焼却炉の負担を、少しでも軽減したい』という思惑もあれば、『萌月焼子に逆らうと、街ごと消されるかもしれない』という恐怖もあるようだった。

それを分かっているのかいないのか、どちらにせよ、焼子は、自分の思惑通りになって、御満悦だった。

晴斗にゴミ処理ピットへ案内させると、ぐっちゃぐちゃに溜め込まれたゴミを一瞥する。

「たまってるね」
「古い焼却炉なので、あまり無理はさせられないんです。
それに、分別に協力してくれない市民も多いですから、なおのこと、慎重に進めないといけないんです」

焼子は吹き出す。

「何それ。ゴミにまで気を遣ってるの?」
「ここは、不用品の終着駅です。
誰かが受け止めてやらないといけないんです。
厄介事も、面倒事も、全部」
「体よく押し付けられてるってわけね」

焼子は笑うのをやめた。
焼子の胸の内に、ちり、と、怒りの熱がくすぶったのを、晴斗は聞き取った。

『気持ち悪い掃き溜め。

みんな

消えて

しまえば

いいのに』

焼子から放たれる、凄まじい圧の嫌悪。
たちまちゴミ山が炎に包まれ、あっという間に燃え崩れてしまった。

「すごいでしょ」

得意気な焼子。
だが、晴斗に言わせれば、すごいというより、怖い気がする。
触れることすらせずに、一面のゴミ山を、一瞬で消し炭にするのだ。
……きっと、その気になれば、街を丸ごと焼き尽くすことだってできる。
危機感を覚えて、晴斗は尋ねる。

「どう、やってるんですか」
「別に。
消えろとか、死ねばいいって思ってるだけだし」

その言動に、さらなる空恐ろしさを感じて、晴斗はつい、言葉を重ねる。

「……それ、大変じゃないんですか。
殺意が湧くたびに、いちいち火災になるなんて」
「別にいいじゃない。
殺意が湧くようなものを、大切にしてどうするのよ。
大丈夫、私、火加減は得意だから、延焼はしないし」

焼子の言葉を受け入れられない。
そんな簡単に、燃やすことを決断できるなんて。
……自分には、できない。
その劣等感が、普段なら絶対にしない口答えを、晴斗にさせた。

「そういう問題じゃ……」
「そういう問題よ。
全部燃やせばいいのよ、嫌いなものは、全部。
それで困ることなんかないし、困ったら、また全部燃やせばいい」

唖然として焼子を見つめるが、彼女の顔に迷いはない。
言動と内心が、ピタリと一致している。
きっと、本当に、忖度なしに燃やしてきたのだろう。
焼子につられるようにして、晴斗の口から、正直な感想が漏れる。

「……うらやましいですね。
気に入らないものを全部、燃やせるなんて」
「変なこと言うのね。
あんた達だって、燃やせなくても捨てるでしょ。
捨てればいいじゃない。
さっきまであった、あの汚らしいゴミ山みたいに」

晴斗はため息をつく。
確かに、捨てることはできる。
燃やすのも、捨てるのも、本質的には同じことだ。
でも。

「そう簡単に捨てられないですよ」

人には、しがらみがある。
反吐が出るようなゴミクズにだって、誰かの思惑やどうしようもない現実が絡みついている。
安易に切り捨てれば、傷を負うのは自分かもしれないのだ。

そんな逡巡を、焼子は笑い捨てる。

「バカじゃないの。
燃やしたいものがあれば言ってみたら?
私が全部、燃やしてあげる」

燃やしたいもの。
真っ先に思いついたのは、今ごろ執務室でいちゃついているだろう、あの2人のことだ。

晴斗は頭を横に振る。
今までだって、やろうと思えばできたのだ。

係長と新田が揃って有給を取った日のこと。
係長の奥さんから、職場へ電話があって、「主人が仕事カバンを忘れたようなので、届けたい」と言われたことがある。
正直に、「職場の若い子と有給を取っています」とバラして、家庭を炎上させることもできた。
でも。

……修羅場の火種になりたくない。
……係長が離婚協議中となれば、職場の空気だって悪くなる。
……チクった嫌がらせに、仕事を押し付けられるかもしれない。
……それだったら、今のままの方がいい。

結局、晴斗は奥さんに、「係長は、今は不在ですが、よろしければ預かります」と答えて、係長には「奥様から仕事カバンを預かったので、帰宅前に取りに来てください」と伝えたのだ。

係長からは、ひどく感謝された。
反吐が出るほどに。

「あるんでしょ、燃やしたいもの」

晴斗は黙って頷いた。