「全部燃やせばいい」と、彼女……萌月焼子は言った。
そんな風に考えられるなんて、正直、羨ましかった。
天間晴斗は、人の心の声が聞こえる。
理由など知らない。生まれつきだ。
これがなかなか厄介で、晴斗には、実際に言ったことと思ったことの区別がつかなかった。
笑顔で挨拶してきた友達が、同時に『変な服』とバカにしてくる。
優しく園にお迎えに来た親が、内心で『この先生、どうかしてる』と毒づいている。
本来なら、悪意は丁寧に包み隠されている。
それをもろに浴びてしまい、さらに、「それが普通」と思ってしまったのが、天間晴斗だ。
自分がされたのと同じように、天間晴斗も、周囲に自分の悪意をぶつけた。
「おはよ!けい君、その服、変!かっこ悪い!!」
「ママ、どうかしてるね!頭おかしいんじゃないの?」
結果、友達も家族も泣き出し、晴斗は驚いた。
……自分は、どんなひどいことを言われても、泣かなかったのに。
自分だけじゃない。友達だって、先生だって、晴斗以外の人に内心で何を言われても、顔色1つ変えなかったのに。
……どうして、自分だけ。
他の人には、「心の声」が聞こえていないのだと分かったのは、小学生くらいになってからだった。
もうその頃には、晴斗は他人とのコミュニケーションに絶望しきっていて、トラブルになるくらいならと、無言を決め込むようになっていた。
他人の心の声は聞こえるから、話さなくても支障がない。
指示される前に行動し、相手の機嫌を損ねないように振る舞った晴斗は、「大人しいけれど、気配りのできる人」と評価され、それなりに重宝されてきたと、思う。
だが。
晴斗の内心に注意を払う人は、いなかった。
晴斗なら、言わなくても分かってくれるから。
晴斗なら、文句を言わないから。
誰も、晴斗の気持ちに気付いてくれない。
……でも、いいや。今更、気付かれても面倒なだけ。
そんな境地に至った晴斗は、「分かり合う」ことを放棄し、一方的に「分かってしまう」ことに割の悪さを感じながら、無言で日々を過ごしていた。
そんなある日のことだ。
晴斗の勤めるゴミ焼却場に、萌月焼子が現れたのは。
チリチリ頭に真っ赤なコート。
見かけた人から指を差されそうな、ド派手な出で立ち。
周囲の反応など意にも介さず、彼女は事務所のカウンターに肘を着いた。
「萌月焼子だけど」
開口1番、彼女は不機嫌丸出しで言い放った。
カウンターの近くの席にいた、新人職員の新田ひよりは、何のことやらとポカンとしている。
晴斗に、萌月焼子の内心が聞こえる。
『あー、課長レベルはいねえのかよ。
せっかく来てやったっていうのによ。
さっさと茶ぁ出せや、燃やすぞ』
晴斗は黙って立ち上がり、新田に声をかける。
「新田さん、会議室に御案内してください」
「あっ、は、はい!
(どうしよう、会議室の鍵、どこだっけ)」
「……鍵は課長席の左にあるから」
「はい!
(あーよかった、助かったぁ)」
危なっかしい新人に案内を任せ、晴斗は給湯室へ向かう。
途中で、係長がトイレから歩いてきたので、一応報告する。
「萌月焼子さんが来所されました」
「……え?本当に?
(萌月焼子ってアレか?
ゴミを、超能力で燃やしてくれるっていう、超便利な人間。
やばい、前任からの接待マニュアル、どこにやったかな。
確か甘党だったのは覚えてるんだけど)」
「……お茶とお菓子を用意してきます。
今、新田さんが会議室に案内してます」
「あー、頼むわ。
(ヤダな、課長が出張の日に限って来客かぁ……
新田ちゃんとイチャイチャするチャンスだと思ってたのになぁ。
ま、いいや。
萌月は天間に任せて、新田ちゃんとベタベタしよっと)」
聞きたくもない声が漏れ聞こえたが、そんなことで晴斗のポーカーフェイスは崩れない。
給湯室で、上等の来客用茶葉でお茶を淹れ、職場の親睦旅行のお土産のお菓子を3つ、あつらえる。
……いつものことだ。
係長は、仕事も早いが手も早い。
既婚のくせに、色々な女性に目移りする。
表向きは「頼れる上司」「親切」「愛」を装備して、女性の懐に忍び込む。
新卒の新田は、最初こそ戸惑っていたものの、職場の親睦旅行で「好きです」と書かれたメッセージカードを渡されたのを機に、それをセクハラではなく愛と受け取ってしまった。
今の2人は、不倫という名の共依存。
親睦旅行では、まるで恋人のような振る舞いを見せて、他の職員を呆れさせていたことに、新田は気付いていない。
反吐を胸の内に押し込める。
品の良い湯呑みと磨かれた茶托、いい感じの小皿をお盆に載せて、体裁だけは上質に整える。
会議室へ向かう道すがら、執務室で肩を寄せ合う2人の後頭部が見えて、晴斗はため息をつく。
……燃やしたいのは、こっちだよ。
会議室のドアをノックして入室する。
萌月焼子は、出入口近くの席へ陣取っており、パイプ椅子から睨めつけてくる。
「早く」
急かされて、晴斗はお茶とお菓子をテーブルに置く。
焼子は置いたそばから湯飲みをひったくり、がぶがぶと飲み干した。
「あー、茶はうまいね。さすが茶処の街」
毒づくように褒められて、晴斗は会釈する。
晴斗には、飲み食いした人の正直な感想が、食レポのように聞こえるから、呈茶や料理の腕はいい方だ。
晴斗は、焼子がむしゃむしゃと菓子を頬張るのを眺める。
係長が駆けつける様子はない。
「本日は、あいにく課長が出張しておりまして。
係長が電話対応中ですので、よろしければ私が御要件を承ります」
適当に嘘を混ぜて話しかけると、焼子が顔を上げる。
「あんたが?」
「はい」
「でもあんた、決裁権限ないでしょ。
お金の話、できるの?」
「お話をうかがって、上長に電話等で判断を仰ぎます。
お返事に時間がかかってしまいますので、その点は申し訳ありません」
「……ふうん」
焼子はふいと視線を外したが、すぐに答える。
「じゃ、いいよ、それで。
あんたなら、下手な上司よりも、ちゃんと対応してくれそうだし」
そう言って、隣の席のイスを引いた。
「座んなよ。突っ立ってないでさ」
促されて、晴斗は席につく。
茶菓子を多めに載せてよかったと、晴斗は思う。
焼子の不機嫌さは少し軽減されていた。
晴斗が座ると、焼子は思い切りイスを下げ、だらしなく晴斗の方を向いて、頬杖をついた。
「で?
あんたは、上の人から『私がどういう人か』聞いてるの?
下っ端君」
からかうように笑ってくる。
晴斗は迷った。
心の声が聞こえると言っても、あくまで「その時に考えていることが分かる」だけだ。その人の情報を、全て把握できるわけではない。
その上、焼子は発言と心の声がほぼ一致していた。
今も、『下っ端じゃ、どうせ何も聞いてねえよなー。ここの上司はハズレっぽいし』くらいしか考えていない。
焼子の情報。
係長が言うには、『ゴミを超能力で燃やす便利人間』とのことだが、『超能力』という部分が引っかかる。
もし違った場合、「ふざけてるのか」と激高されかねない。
「……ゴミの処分に、長けた方だと聞いています」
あいまいに答えると、焼子は吹き出した。
「まあ、間違ってはいないんだけどね。
下っ端君。
ここから先は、バカにしたら焼き殺すから、そのつもりで聞いてね」
「……超能力、ですか?」
「なんだ、知ってんじゃん。
じゃ、話が早くていいや」
言うなり、焼子は、お菓子の包み紙をつまんで、放り投げた。
舞い上がった和紙調の紙が、中空で赤い光を放つ。
……燃えている。
……火事。消さなきゃ。
晴斗が手を伸ばす。が、その前に、紙は燃え尽きて、塵となってしまった。
机に落ちた黒い粉塵を、焼子は乱雑に手で払う。
「もっと大きいものも、一瞬で燃やせるよ、私なら」
誇らしげにあごを突き出して、焼子は不敵に笑う。
「ここのゴミ、燃やしてあげる。
謝礼は浮いた燃料費でいいよ。
会計書類は上手く作ってくれればいいから」
慣れた様子で説明する焼子に、晴斗は呆気にとられる。
超能力だった。本当に。
……自分以外にも、超能力者がいたんだ。
「……上長に確認してきます」
やっとのことで答えた晴斗を眺めて、焼子は満足気だった。
そんな風に考えられるなんて、正直、羨ましかった。
天間晴斗は、人の心の声が聞こえる。
理由など知らない。生まれつきだ。
これがなかなか厄介で、晴斗には、実際に言ったことと思ったことの区別がつかなかった。
笑顔で挨拶してきた友達が、同時に『変な服』とバカにしてくる。
優しく園にお迎えに来た親が、内心で『この先生、どうかしてる』と毒づいている。
本来なら、悪意は丁寧に包み隠されている。
それをもろに浴びてしまい、さらに、「それが普通」と思ってしまったのが、天間晴斗だ。
自分がされたのと同じように、天間晴斗も、周囲に自分の悪意をぶつけた。
「おはよ!けい君、その服、変!かっこ悪い!!」
「ママ、どうかしてるね!頭おかしいんじゃないの?」
結果、友達も家族も泣き出し、晴斗は驚いた。
……自分は、どんなひどいことを言われても、泣かなかったのに。
自分だけじゃない。友達だって、先生だって、晴斗以外の人に内心で何を言われても、顔色1つ変えなかったのに。
……どうして、自分だけ。
他の人には、「心の声」が聞こえていないのだと分かったのは、小学生くらいになってからだった。
もうその頃には、晴斗は他人とのコミュニケーションに絶望しきっていて、トラブルになるくらいならと、無言を決め込むようになっていた。
他人の心の声は聞こえるから、話さなくても支障がない。
指示される前に行動し、相手の機嫌を損ねないように振る舞った晴斗は、「大人しいけれど、気配りのできる人」と評価され、それなりに重宝されてきたと、思う。
だが。
晴斗の内心に注意を払う人は、いなかった。
晴斗なら、言わなくても分かってくれるから。
晴斗なら、文句を言わないから。
誰も、晴斗の気持ちに気付いてくれない。
……でも、いいや。今更、気付かれても面倒なだけ。
そんな境地に至った晴斗は、「分かり合う」ことを放棄し、一方的に「分かってしまう」ことに割の悪さを感じながら、無言で日々を過ごしていた。
そんなある日のことだ。
晴斗の勤めるゴミ焼却場に、萌月焼子が現れたのは。
チリチリ頭に真っ赤なコート。
見かけた人から指を差されそうな、ド派手な出で立ち。
周囲の反応など意にも介さず、彼女は事務所のカウンターに肘を着いた。
「萌月焼子だけど」
開口1番、彼女は不機嫌丸出しで言い放った。
カウンターの近くの席にいた、新人職員の新田ひよりは、何のことやらとポカンとしている。
晴斗に、萌月焼子の内心が聞こえる。
『あー、課長レベルはいねえのかよ。
せっかく来てやったっていうのによ。
さっさと茶ぁ出せや、燃やすぞ』
晴斗は黙って立ち上がり、新田に声をかける。
「新田さん、会議室に御案内してください」
「あっ、は、はい!
(どうしよう、会議室の鍵、どこだっけ)」
「……鍵は課長席の左にあるから」
「はい!
(あーよかった、助かったぁ)」
危なっかしい新人に案内を任せ、晴斗は給湯室へ向かう。
途中で、係長がトイレから歩いてきたので、一応報告する。
「萌月焼子さんが来所されました」
「……え?本当に?
(萌月焼子ってアレか?
ゴミを、超能力で燃やしてくれるっていう、超便利な人間。
やばい、前任からの接待マニュアル、どこにやったかな。
確か甘党だったのは覚えてるんだけど)」
「……お茶とお菓子を用意してきます。
今、新田さんが会議室に案内してます」
「あー、頼むわ。
(ヤダな、課長が出張の日に限って来客かぁ……
新田ちゃんとイチャイチャするチャンスだと思ってたのになぁ。
ま、いいや。
萌月は天間に任せて、新田ちゃんとベタベタしよっと)」
聞きたくもない声が漏れ聞こえたが、そんなことで晴斗のポーカーフェイスは崩れない。
給湯室で、上等の来客用茶葉でお茶を淹れ、職場の親睦旅行のお土産のお菓子を3つ、あつらえる。
……いつものことだ。
係長は、仕事も早いが手も早い。
既婚のくせに、色々な女性に目移りする。
表向きは「頼れる上司」「親切」「愛」を装備して、女性の懐に忍び込む。
新卒の新田は、最初こそ戸惑っていたものの、職場の親睦旅行で「好きです」と書かれたメッセージカードを渡されたのを機に、それをセクハラではなく愛と受け取ってしまった。
今の2人は、不倫という名の共依存。
親睦旅行では、まるで恋人のような振る舞いを見せて、他の職員を呆れさせていたことに、新田は気付いていない。
反吐を胸の内に押し込める。
品の良い湯呑みと磨かれた茶托、いい感じの小皿をお盆に載せて、体裁だけは上質に整える。
会議室へ向かう道すがら、執務室で肩を寄せ合う2人の後頭部が見えて、晴斗はため息をつく。
……燃やしたいのは、こっちだよ。
会議室のドアをノックして入室する。
萌月焼子は、出入口近くの席へ陣取っており、パイプ椅子から睨めつけてくる。
「早く」
急かされて、晴斗はお茶とお菓子をテーブルに置く。
焼子は置いたそばから湯飲みをひったくり、がぶがぶと飲み干した。
「あー、茶はうまいね。さすが茶処の街」
毒づくように褒められて、晴斗は会釈する。
晴斗には、飲み食いした人の正直な感想が、食レポのように聞こえるから、呈茶や料理の腕はいい方だ。
晴斗は、焼子がむしゃむしゃと菓子を頬張るのを眺める。
係長が駆けつける様子はない。
「本日は、あいにく課長が出張しておりまして。
係長が電話対応中ですので、よろしければ私が御要件を承ります」
適当に嘘を混ぜて話しかけると、焼子が顔を上げる。
「あんたが?」
「はい」
「でもあんた、決裁権限ないでしょ。
お金の話、できるの?」
「お話をうかがって、上長に電話等で判断を仰ぎます。
お返事に時間がかかってしまいますので、その点は申し訳ありません」
「……ふうん」
焼子はふいと視線を外したが、すぐに答える。
「じゃ、いいよ、それで。
あんたなら、下手な上司よりも、ちゃんと対応してくれそうだし」
そう言って、隣の席のイスを引いた。
「座んなよ。突っ立ってないでさ」
促されて、晴斗は席につく。
茶菓子を多めに載せてよかったと、晴斗は思う。
焼子の不機嫌さは少し軽減されていた。
晴斗が座ると、焼子は思い切りイスを下げ、だらしなく晴斗の方を向いて、頬杖をついた。
「で?
あんたは、上の人から『私がどういう人か』聞いてるの?
下っ端君」
からかうように笑ってくる。
晴斗は迷った。
心の声が聞こえると言っても、あくまで「その時に考えていることが分かる」だけだ。その人の情報を、全て把握できるわけではない。
その上、焼子は発言と心の声がほぼ一致していた。
今も、『下っ端じゃ、どうせ何も聞いてねえよなー。ここの上司はハズレっぽいし』くらいしか考えていない。
焼子の情報。
係長が言うには、『ゴミを超能力で燃やす便利人間』とのことだが、『超能力』という部分が引っかかる。
もし違った場合、「ふざけてるのか」と激高されかねない。
「……ゴミの処分に、長けた方だと聞いています」
あいまいに答えると、焼子は吹き出した。
「まあ、間違ってはいないんだけどね。
下っ端君。
ここから先は、バカにしたら焼き殺すから、そのつもりで聞いてね」
「……超能力、ですか?」
「なんだ、知ってんじゃん。
じゃ、話が早くていいや」
言うなり、焼子は、お菓子の包み紙をつまんで、放り投げた。
舞い上がった和紙調の紙が、中空で赤い光を放つ。
……燃えている。
……火事。消さなきゃ。
晴斗が手を伸ばす。が、その前に、紙は燃え尽きて、塵となってしまった。
机に落ちた黒い粉塵を、焼子は乱雑に手で払う。
「もっと大きいものも、一瞬で燃やせるよ、私なら」
誇らしげにあごを突き出して、焼子は不敵に笑う。
「ここのゴミ、燃やしてあげる。
謝礼は浮いた燃料費でいいよ。
会計書類は上手く作ってくれればいいから」
慣れた様子で説明する焼子に、晴斗は呆気にとられる。
超能力だった。本当に。
……自分以外にも、超能力者がいたんだ。
「……上長に確認してきます」
やっとのことで答えた晴斗を眺めて、焼子は満足気だった。



