いわくつきの骨董姫

 善が目を覚ましてから、数日後。
 私は神蔵家の車から降り、帰路についた。
 本体に収まっていた付喪神たちが、次々姿を現す。

「くァ~! ずっと風呂敷の中じゃ疲れるなァ」
「車って揺れるんですねぇ~」

 善と壱丸がググッと伸びをするのを横目に、私は三倉骨董店の引き戸を開けた。

「ただいま」

 ガラリ、と我が家の引き戸の音を久しぶりに聞いた、その瞬間だった。

 ――ガタッ。

 店の奥から、何かが動く音がした。
 棚の上、帳場の奥、居間へ続く廊下――あちらこちらから、次々に音が近づいてくる。

 ――ガタガタッ。  カタカタカタカタッ!

「わっ、みんな、ちょっと……!」

 廊下の向こうから駆けてきたのは、モノダマたちの大群だった。
 最初に飛び出してきた湯呑みに続いて、急須や箒や人形やら何やらが、一斉に私たちを囲んだ。

「みなさ~ん! 珠希様としゃちょーが帰ってきましたよ~!」

 壱丸がぴょんぴょん跳ねるのに合わせて、留守番をしていたモノダマたちも、小躍りしている。
 細い手足を目一杯動かし、わらわらと集まってくる光景が、ひどく愛おしく感じた。

「ただいま、みんな。長いこと留守にしてごめんなさいね」

 しゃがみ込んで手を差し出すと、何体ものモノダマが我先にと寄ってくる。
 一方で、善はさらに大変なことになっていた。

「おいおい、ちょっと待て!」

 背中に達磨の置物、頭には鉄のやかん、足元には何体ものモノダマ。

「分かったから、落ち着け! 落っこちるだろうが!」

 口では困ったようなことを言いつつも、善はずっと笑っていた。

「珠希様、おかえりなさい」

 そこへ、少し遅れて聞こえてくる声。
 この数日、鏡越しに話していた、白髪の少女の声だった。

「ただいま、アリエッタ。留守の間、色々と助かったわ」
「いいのよ。いい暇つぶしだったわ」

 いつも通りの澄ました顔で答えた後、アリエッタは善を見る。
 上から下へざっくりと見て、さらにじいっと、その顔を眺めて、彼女は言った。

「……社長さんは、見た目が少し変わったみたいね? 見た目というか、目そのものが」
「まあ、色々あってな」
「そう。似合ってるんじゃないかしら」
「そりゃどうも」

 善が左目の傷を指先でなぞる。
 羅煌の刀を継いだことで変わった瞳も、数日経ってようやく本人が慣れてきたところだった。
 アリエッタはそれ以上深く聞くこともなく、今度は足元で騒いでいるモノダマたちへ目を落とした。

「この子たち、ずっと退屈そうにしてたわよ。私、あんまり喋るほうじゃないから」
「そう。確かに、こんなに長いこと留守番させたのは初めてだものね」

 私はモノダマの一体を撫でながら、ふと気になって尋ねる。

「お店のほうは大丈夫だったかしら?」
「平気よ」

 アリエッタはこともなげに答えた。

「近所の子たちが、私のこと『幽霊さん』って呼び始めたから、お店の知名度も上がったんじゃないかしら」
「……いわくつき物件になりつつあるってことね……」

 普通のお店としての営業は、少し難しくなってしまったらしい。
 けれどまあ、骨董店なのだから、多少の怪談めいた噂は商売の箔になる――のだろうか。

「カカッ! いいじゃねェか。『幽霊の出る骨董店』なんざ客寄せにゃ最高だろ」
「面白半分に肝試しへ来る子供が増えたら、アンタが追い返しなさいよ」
「へいへい」

 そんな話をしていると、アリエッタの視線が私たちの後ろへ向いた。

「あら、貴方」
「ど、どうも、こんにちは……」

 そこには、桜花郷からはるばるやってきた、新しい付喪神――古蘭が立っている。
 事件の後、古蘭自身から私に仕えたいという申し出があったのだ。
 ユエ子様からも了承を得たと言うので、私は彼女も連れてくることにした。
 古蘭は持っていた荷物を置くと、アリエッタへ丁寧に頭を下げた。

「先日は窮地を救っていただき、ありがとうございました。本日より、こちらで珠希様にお仕えすることとなりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「そんなに畏まらなくてもいいのに」

 礼儀正しい新入りに、アリエッタは相変わらず表情を変えなかった。
 古蘭はほんの少し緊張していたようだけど、その足元には、早速何体かのモノダマが近づいていた。

「あ、あら? あらあらあら……?」

 化粧筆のモノダマが、古蘭の着物の裾をちょいちょいと引っ張る。
 反対側からは香炉のモノダマが、さらに別の方向からは、下駄のモノダマがわらわらと集まっている。

「まあ……! ふふ、よろしくお願いしますね」

 古蘭がしゃがみ込み、嬉しそうにモノダマたちへ手を差し出した。
 ――どうやら、新しい住人は早くも歓迎されているらしかった。