「――供養の儀式じゃと?」
昼間、広間で私が作戦を説明した時、ユエ子様は怪訝そうに聞き返した。
私はええ、と頷き返した。
「ただ落武者を倒すだけでは、根本的な解決にはならないと思うのです」
私が見た、三十年前の記憶。
刀として使われることも、新たに生まれ変わることも許されず、ただ蔵の中で保存され続けた彼らの――知られざる苦悩。
「刀たちは誰にも使われないことに絶望し、やがて自ら壊れる道を選びました。だから、今度は視点を変えて、怪異となった彼らの動機を推察してみました」
彼らは神蔵家の骨董守を襲い、その骨董守たちが連れていた付喪神まで破壊した。
――使ってくれなかった骨董守への恨み。
――今もなお、主人のために働くことのできる付喪神への妬み。
そんな彼らを深く紐解いていけば、結論はいずれも同じところにたどり着いた。
「彼らは、刀としての役目を終え、誇り高く散ることができなかった。その無念こそが、あの怪異の根底にあるのではないでしょうか」
仮に、あの怪異を力ずくで鎮めることができたとしても、それだけでは彼らの無念は解消されない。
彼らが……羅煌たちが、本当に終われるとは思えなかった。
広間がほんのしばらく静まりかえる。
沈黙を破ったのは、それまで黙って話を聞いていた紫玄だった。
「つまり、三倉殿の言う『供養』とは、彼らが望んだ最期を、三倉殿と師匠で再現する――ということですか?」
「ええ、その認識で間違いないわ」
私に要求がある以上、羅煌は必ず私を探して接触してくるはず。
だから、私が人気のない場所に立つことで落武者を誘い出し、“悪役”に扮した善から、主人を守らせることで、刀たちにもう一度役目を与える。
戦いに散りたいという彼らの願いを今度こそ叶え、供養とする。
「紫玄と古蘭には、人払いをお願いしたいの。一般の人を巻き込んでしまったら大変だし、見られても騒ぎになってしまうから」
「そういうことであれば」
「承りました、珠希様」
「……善には、嫌な役をさせてしまうけれど」
「気にすんなィ」
善は何でもないことのように笑っていた。
「武士に喧嘩売るなんざァ、昔ァ散々やったことだ。今さら一人二人——いや、三百人増えたところで変わりゃしねェよ」
「……三百人はだいぶ違うんじゃ」
「細けェこたァ気にしねェんだよ」
善はカカッと笑ったあと、ほんの少しだけ憎らしげに目を細めた。
「本来なら、お姫さんを守る役は俺のモンなんだがなァ……最期の手向けだ。花形は譲ってやらァ」
けれど、最後にはいつもの大胆不敵な笑みに戻っていた。
*
だから今、善は私を守るのではなく――私を狙う一人の悪党として、刀たちと戦っている。
――ガギィンッ!!
振り下ろされた刃を、善の煙管が受け止める。
「おらァ!」
善が力任せに押し返すと、落武者の巨体がわずかに後退した。
相変わらず、恐ろしい怪力だ――けれど、それもほんのいっときだけだった。
鎧武者はすぐに足を踏み込み直すと、今度は下から刀を斬り上げた。
「——っと!」
善が身を反らし、刃が鼻先すれすれを通過する。
そこから間髪入れず、煙管が落武者の胴を狙う。
甲冑の隙間を正確に狙った一撃を、落武者は刀の鞘で受け止めた。
「カカ、まだ鞘持ってんのかよ。てめェにゃもう必要ねェだろうに」
善は、鎧武者が左手に握りしめている鞘を指さして、カラカラと嘲笑った。
「その女ァ守りてェなら、とっととそいつを捨てな。俺が全力でぶち折りに行ってやる」
《……!》
善の挑発に応えるように、鎧武者はとうとう鞘を投げ捨てた。
三百の魂が宿った刀身が、僅かな月明かりを受けて、妖しく煌めく。
「クッ、カカ!! いいねェ、そう来なくっちゃなァ!」
鎧武者が刀を振り抜き、善が煙管で弾く。
返す一撃を、今度は鎧武者がかわす。
あれほど大きな体が、まるで重さなどないように動いている。
——神蔵家の双羅。
かつて、そう呼ばれていた二人は今、三十年という歳月を経て、全力で刃を交えている。
――ギンッ!!
煙管と刀がまた噛み合った瞬間、凄まじい衝撃が空気を震わせた。
善の踏ん張った足が、土を深く抉りながら、後ろへ押し流されていく。
どちらも力が強いから、お互いに草履が擦り切れそうだった。
それでも鎧武者は止まらず、そのまま煙管を弾き返すと、刀を鋭く横薙ぎに振り抜いた。
「っと……ッ!」
善は咄嗟に煙管で受け流すけれど、完全には威力を殺しきれなかった。
刃先が彼の額を浅く裂き、鮮血が飛ぶ。
「善っ……!」
思わず声を上げた私とは対照的に――善は瞳を朱色に輝かせながら、笑っていた。
「カカッ……!」
額の傷から流れ落ちた血が、頬を伝う。
それを、善は舌でベロリと拭った。
「あァ、斬られちまった……久しぶりだなァ、侍に斬られるのは……!」
――これが、昔の善だというのか。
――これは、私の知る善と同一だというのか。
彼は、鎧武者を明確な脅威と認識しているはずなのに、なおも突進していた。
鉄と鉄がぶつかり、火花が散る。
斬られることなどまるで恐れない――否、斬られることまで楽しんでいるような、躊躇のない猛撃。
「カハ、ハハッ! ハハハハハハハッ!! そうだよ、羅煌! ようやく、アンタと本気で殺り合える……!!」
善の笑い声が、野原に響き渡った。
嬉しくて、楽しくて、たまらないといわんばかりの、ゾッとするような歓声だった。
善の着物はあちこち斬り裂かれ、露わになった肌には赤い筋がいくつも走っている。
鎧武者の甲冑も、あちこちボロボロに壊れて、破綻しかけている。
斬られ、殴られ、押され、蹴られ――もはや、攻防でさえなかった。
防御を捨てた、ただひたすらの攻め。
攻め、攻め、攻め、攻め――。
私は善を初めて、『怖い』と思った。
二百年を生きた喧嘩煙管なのだから、具えていて当然の性質とも言えるかもしれないけれど。
それでもこの時ばかりは、善が人ならざる『物』なのだと、思い知らされた。
これこそがきっと——『煙羅』が最強と呼ばれた所以なのだ。
昼間、広間で私が作戦を説明した時、ユエ子様は怪訝そうに聞き返した。
私はええ、と頷き返した。
「ただ落武者を倒すだけでは、根本的な解決にはならないと思うのです」
私が見た、三十年前の記憶。
刀として使われることも、新たに生まれ変わることも許されず、ただ蔵の中で保存され続けた彼らの――知られざる苦悩。
「刀たちは誰にも使われないことに絶望し、やがて自ら壊れる道を選びました。だから、今度は視点を変えて、怪異となった彼らの動機を推察してみました」
彼らは神蔵家の骨董守を襲い、その骨董守たちが連れていた付喪神まで破壊した。
――使ってくれなかった骨董守への恨み。
――今もなお、主人のために働くことのできる付喪神への妬み。
そんな彼らを深く紐解いていけば、結論はいずれも同じところにたどり着いた。
「彼らは、刀としての役目を終え、誇り高く散ることができなかった。その無念こそが、あの怪異の根底にあるのではないでしょうか」
仮に、あの怪異を力ずくで鎮めることができたとしても、それだけでは彼らの無念は解消されない。
彼らが……羅煌たちが、本当に終われるとは思えなかった。
広間がほんのしばらく静まりかえる。
沈黙を破ったのは、それまで黙って話を聞いていた紫玄だった。
「つまり、三倉殿の言う『供養』とは、彼らが望んだ最期を、三倉殿と師匠で再現する――ということですか?」
「ええ、その認識で間違いないわ」
私に要求がある以上、羅煌は必ず私を探して接触してくるはず。
だから、私が人気のない場所に立つことで落武者を誘い出し、“悪役”に扮した善から、主人を守らせることで、刀たちにもう一度役目を与える。
戦いに散りたいという彼らの願いを今度こそ叶え、供養とする。
「紫玄と古蘭には、人払いをお願いしたいの。一般の人を巻き込んでしまったら大変だし、見られても騒ぎになってしまうから」
「そういうことであれば」
「承りました、珠希様」
「……善には、嫌な役をさせてしまうけれど」
「気にすんなィ」
善は何でもないことのように笑っていた。
「武士に喧嘩売るなんざァ、昔ァ散々やったことだ。今さら一人二人——いや、三百人増えたところで変わりゃしねェよ」
「……三百人はだいぶ違うんじゃ」
「細けェこたァ気にしねェんだよ」
善はカカッと笑ったあと、ほんの少しだけ憎らしげに目を細めた。
「本来なら、お姫さんを守る役は俺のモンなんだがなァ……最期の手向けだ。花形は譲ってやらァ」
けれど、最後にはいつもの大胆不敵な笑みに戻っていた。
*
だから今、善は私を守るのではなく――私を狙う一人の悪党として、刀たちと戦っている。
――ガギィンッ!!
振り下ろされた刃を、善の煙管が受け止める。
「おらァ!」
善が力任せに押し返すと、落武者の巨体がわずかに後退した。
相変わらず、恐ろしい怪力だ――けれど、それもほんのいっときだけだった。
鎧武者はすぐに足を踏み込み直すと、今度は下から刀を斬り上げた。
「——っと!」
善が身を反らし、刃が鼻先すれすれを通過する。
そこから間髪入れず、煙管が落武者の胴を狙う。
甲冑の隙間を正確に狙った一撃を、落武者は刀の鞘で受け止めた。
「カカ、まだ鞘持ってんのかよ。てめェにゃもう必要ねェだろうに」
善は、鎧武者が左手に握りしめている鞘を指さして、カラカラと嘲笑った。
「その女ァ守りてェなら、とっととそいつを捨てな。俺が全力でぶち折りに行ってやる」
《……!》
善の挑発に応えるように、鎧武者はとうとう鞘を投げ捨てた。
三百の魂が宿った刀身が、僅かな月明かりを受けて、妖しく煌めく。
「クッ、カカ!! いいねェ、そう来なくっちゃなァ!」
鎧武者が刀を振り抜き、善が煙管で弾く。
返す一撃を、今度は鎧武者がかわす。
あれほど大きな体が、まるで重さなどないように動いている。
——神蔵家の双羅。
かつて、そう呼ばれていた二人は今、三十年という歳月を経て、全力で刃を交えている。
――ギンッ!!
煙管と刀がまた噛み合った瞬間、凄まじい衝撃が空気を震わせた。
善の踏ん張った足が、土を深く抉りながら、後ろへ押し流されていく。
どちらも力が強いから、お互いに草履が擦り切れそうだった。
それでも鎧武者は止まらず、そのまま煙管を弾き返すと、刀を鋭く横薙ぎに振り抜いた。
「っと……ッ!」
善は咄嗟に煙管で受け流すけれど、完全には威力を殺しきれなかった。
刃先が彼の額を浅く裂き、鮮血が飛ぶ。
「善っ……!」
思わず声を上げた私とは対照的に――善は瞳を朱色に輝かせながら、笑っていた。
「カカッ……!」
額の傷から流れ落ちた血が、頬を伝う。
それを、善は舌でベロリと拭った。
「あァ、斬られちまった……久しぶりだなァ、侍に斬られるのは……!」
――これが、昔の善だというのか。
――これは、私の知る善と同一だというのか。
彼は、鎧武者を明確な脅威と認識しているはずなのに、なおも突進していた。
鉄と鉄がぶつかり、火花が散る。
斬られることなどまるで恐れない――否、斬られることまで楽しんでいるような、躊躇のない猛撃。
「カハ、ハハッ! ハハハハハハハッ!! そうだよ、羅煌! ようやく、アンタと本気で殺り合える……!!」
善の笑い声が、野原に響き渡った。
嬉しくて、楽しくて、たまらないといわんばかりの、ゾッとするような歓声だった。
善の着物はあちこち斬り裂かれ、露わになった肌には赤い筋がいくつも走っている。
鎧武者の甲冑も、あちこちボロボロに壊れて、破綻しかけている。
斬られ、殴られ、押され、蹴られ――もはや、攻防でさえなかった。
防御を捨てた、ただひたすらの攻め。
攻め、攻め、攻め、攻め――。
私は善を初めて、『怖い』と思った。
二百年を生きた喧嘩煙管なのだから、具えていて当然の性質とも言えるかもしれないけれど。
それでもこの時ばかりは、善が人ならざる『物』なのだと、思い知らされた。
これこそがきっと——『煙羅』が最強と呼ばれた所以なのだ。

