落武者についての話し合いは、ひとまずそこで休憩となった。
陶継様から得た情報はあまりにも多く、それを整理するだけでも相当な時間がかかる。
特に、ずっと筆を走らせていた古蘭は疲れているだろうし、私も頭を使ったから甘い物が恋しい。
私と古蘭は、陶継様にお出しする茶菓子を買いに、ユエ子様おすすめのお菓子屋まで足を運ぶことにした。
「お待たせしました、陶継様。今、お淹れしますわ」
「待ち詫びたよ、骨董姫」
屋敷に戻ってからすぐにお湯を沸かし、ほどよく冷めたところを、茶葉を入れた急須へ注ぐ。
談笑しつつじっくりと蒸らしてから、濃さが均等になるよう湯呑みへ注ぎ分けていく。
「どうぞ。お口に合えばよろしいのですが」
私は陶継様へ、淹れたてのお茶と買ってきた桜の練り切りを差し出した。
陶継様は「どれどれ」と湯呑みを持ち上げ、まずは香りを確かめてから、ゆっくりとひと口啜った。
「…………陶継様?」
陶継様はひと口啜ったきり、目を閉じて黙り込んでしまった。
たっぷり間を開けてから、確かめるようにもうひと口。
練り切りを口に運んで、さらにお茶をもうひと口。
私は彼がお茶を味わう時間を邪魔しないよう、じっと黙っていた。
けれど、内心は気が気でなかった。
「……美味い」
という陶継様の呟きが聞こえて、私はようやく胸を撫で下ろした。
「あぁ、こりゃあ美味いねぇ……。湯の加減も蒸らしも文句なしだ。菓子の甘さにも負けちゃいない。かといって渋みが出すぎてもいない」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
陶継様は縁起物のお面のような笑顔を浮かべて、ほう、と息をこぼした。
すっかり上機嫌になって、茶菓子を一口、またお茶を一口、と交互に楽しんでいた。
「煙野郎が大口叩くだけあるね、こりゃいい報酬だ。しっかり働いた甲斐があったってもんさ」
「カッカッカッ! 逸品だったろォ、ジジイ!」
陶継様がすっかり和んでいるところへ、少し離れたところから、善の得意げな声が飛んできた。
「なんでお前さんが威張ってんだい!」
「俺の嫁だからだよ!」
――ただし。
現在、その男は呑気にお茶を飲んでいるわけではない。
「せいッ!」
庭先から、紫玄の鋭い声とともに、ガキィン! とけたたましい音が響いた。
視線を向ければ、そこでは善と紫玄、古蘭が組手をしていた。
——しかも、かなり本気で。
「てめェら全力で来いっつってんだろォ! これじゃァ肩慣らしにもなりゃしねェぞ!」
「くっ……!」
紫玄が十手を構え、善の懐へ潜り込む。
真正面から殴り合うのではなく、善の着物の袖を十手の鉤へ絡め、そのまま動きを封じようとしているらしい。
「遅ェ!」
けれど善は、捕らえられる寸前でぐるりと手首を返し、十手を持った紫玄の手を逆に絡め取ってしまう。
動きが止まった紫玄に、貫手が突き込まれるか、と思ったその瞬間――善の死角から現れた古蘭が、閉じた鉄扇を握りしめ、そのまま横薙ぎに振り抜いた。
ブォン! と私のところまで聞こえてきそうな、恐ろしい風切り音が鳴る。
けれど、背後からの攻撃を察知した善が、サッと体勢を横にずらすと――
「ごふっ……!?」
ゴッ、とあまり聞きたくない類いの音が響いた。
反対側で善を押さえ込もうとした紫玄が、古蘭の鉄扇を脇腹に食らってしまう。
「あああっ! ごめんなさい、兄様ぁ!」
「古蘭、よそ見すんなィ!」
「あっ——痛いっ!」
悶える兄を心配した古蘭の額へ、善の指が容赦なく飛んだ。
バチィン! と硬いものを弾くような音が鳴る。
見事に完封されてしまった二人を、善は容赦なく叱りつけた。
「戦ってる最中に相手から目ェ離す馬鹿がどこにいるんだィ! 一発くださいっつってるようなモンだぞ!」
「も、申し訳ありません……っ!」
「それと紫玄! テメェも俺と真面目に揉み合ってんじゃねェ! 今のは手首を返せば抜けられただろうが!」
「ぐうう……っ」
……攻防が激しすぎて、見ているだけで目が回りそうだった。
これだけ動き回っているのに、善は息ひとつ上がっていない。
どころか、動きにもまだまだ余裕を残しているように見える。
素人目でも分かる動きの差が、彼の異次元ぶりを物語っていた。
「それにしても、古蘭って強いのね……」
先ほど、私は彼女の鉄扇で善の頭を殴ったけれど、見た目よりもかなり重量があった。
それこそ、非力な私が軽く振り下ろしても、善が痛がっていたほどだ。
そんな鉄の塊を、古蘭は軽々と振り回しながら、縦横無尽に走り回っている。
砂糖菓子のように繊細そうな見た目からは、想像もつかない動きだ。
「意外だったか?」
「ええ。戦いは紫玄のほうが長けていると思っておりました」
私の言葉に、隣でお茶を啜っていたユエ子様はくつくつと笑っていた。
「古蘭は膂力だけなら兄より上じゃ。鉄扇という獲物は、打ち据えることを得意とする。戦い方は、煙羅の喧嘩煙管にかなり近いと言えような」
「なるほど……」
「紫玄の十手は、相手の体や得物を絡め取ったり、攻撃を受け流すことに長けておる。力強さはないが、技の精緻さや守りにおいては、古蘭よりも遥かに優れておる」
言われてみれば、確かにそうだった。
古蘭が善へ猛攻を仕掛ける一方で、紫玄は少し離れたところから動きを見ている。
善が古蘭の鉄扇をかわした瞬間。
「そこだ!」
紫玄の十手が善の腕を絡め取る。
予想外の動きだったのか、善は初めて「おっ!」と驚くような声を上げた。
けれど、やはり簡単には取らせない、と善はするりと抜けてしまう。
「くっ、これでも駄目か……!」
「いいねェ、いいねェ! おら、今の調子で来なァ!」
善の笑い声が庭に響く。
「……楽しそうねぇ、あの男」
「ほんにのう」
ユエ子様は、懐かしい音楽を聴いているかのように、庭で三人が打ち合う音に耳を傾け、湯呑みを口元へ運んでいる。
けれど、光景を見つめている彼女の横顔は、ほんの少しだけ寂しがっているようにも見えた。
「いつもこの庭で稽古しておった。煙羅ときたら、いつも楽しそうに二人をのしてしまうからのう。羅煌も呆れておったわ」
「羅煌がですか?」
「うむ。あやつは生真面目じゃったからの。『鍛錬中に笑うな』だの『遊びではないのだぞ』だのと、よく煙羅を叱っておった」
容易に想像できて、私は小さく笑ってしまった。
きっと善は、そんな羅煌の小言もまるで気にせず、今と同じようにカッカと笑っていたのだろう。
三十年前、互いに言葉を交わせないまま別れてしまった四人のうち三人が、また同じ庭で、昔と同じように得物を交えている。
「ぬううっ、あと少し……!」
「お師様、もう一度お願いします!」
「カッカッカッ! あいよ、まだまだァ!!」
——まあ。
感傷に浸るには、少々騒がしすぎる再会ではあったけれど。
「なんだィ、てめェら! 三十年まともに戦ってねェ俺に負けてどうする! これじゃァ護衛なんざ務まらねェぞ!」
そしていつの間にか、紫玄と古蘭がまた庭へ転がされた。
その中央で、善だけがぴんぴんしている。
「師匠が……破格すぎるんですよ……!」
「さすが……『羅』の称号をお持ちなだけあります……」
仰向けに倒れた紫玄が、息も絶え絶えに抗議する。
その隣では、古蘭も髪を乱しながら肩で息をしていた。
陶継様から得た情報はあまりにも多く、それを整理するだけでも相当な時間がかかる。
特に、ずっと筆を走らせていた古蘭は疲れているだろうし、私も頭を使ったから甘い物が恋しい。
私と古蘭は、陶継様にお出しする茶菓子を買いに、ユエ子様おすすめのお菓子屋まで足を運ぶことにした。
「お待たせしました、陶継様。今、お淹れしますわ」
「待ち詫びたよ、骨董姫」
屋敷に戻ってからすぐにお湯を沸かし、ほどよく冷めたところを、茶葉を入れた急須へ注ぐ。
談笑しつつじっくりと蒸らしてから、濃さが均等になるよう湯呑みへ注ぎ分けていく。
「どうぞ。お口に合えばよろしいのですが」
私は陶継様へ、淹れたてのお茶と買ってきた桜の練り切りを差し出した。
陶継様は「どれどれ」と湯呑みを持ち上げ、まずは香りを確かめてから、ゆっくりとひと口啜った。
「…………陶継様?」
陶継様はひと口啜ったきり、目を閉じて黙り込んでしまった。
たっぷり間を開けてから、確かめるようにもうひと口。
練り切りを口に運んで、さらにお茶をもうひと口。
私は彼がお茶を味わう時間を邪魔しないよう、じっと黙っていた。
けれど、内心は気が気でなかった。
「……美味い」
という陶継様の呟きが聞こえて、私はようやく胸を撫で下ろした。
「あぁ、こりゃあ美味いねぇ……。湯の加減も蒸らしも文句なしだ。菓子の甘さにも負けちゃいない。かといって渋みが出すぎてもいない」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
陶継様は縁起物のお面のような笑顔を浮かべて、ほう、と息をこぼした。
すっかり上機嫌になって、茶菓子を一口、またお茶を一口、と交互に楽しんでいた。
「煙野郎が大口叩くだけあるね、こりゃいい報酬だ。しっかり働いた甲斐があったってもんさ」
「カッカッカッ! 逸品だったろォ、ジジイ!」
陶継様がすっかり和んでいるところへ、少し離れたところから、善の得意げな声が飛んできた。
「なんでお前さんが威張ってんだい!」
「俺の嫁だからだよ!」
――ただし。
現在、その男は呑気にお茶を飲んでいるわけではない。
「せいッ!」
庭先から、紫玄の鋭い声とともに、ガキィン! とけたたましい音が響いた。
視線を向ければ、そこでは善と紫玄、古蘭が組手をしていた。
——しかも、かなり本気で。
「てめェら全力で来いっつってんだろォ! これじゃァ肩慣らしにもなりゃしねェぞ!」
「くっ……!」
紫玄が十手を構え、善の懐へ潜り込む。
真正面から殴り合うのではなく、善の着物の袖を十手の鉤へ絡め、そのまま動きを封じようとしているらしい。
「遅ェ!」
けれど善は、捕らえられる寸前でぐるりと手首を返し、十手を持った紫玄の手を逆に絡め取ってしまう。
動きが止まった紫玄に、貫手が突き込まれるか、と思ったその瞬間――善の死角から現れた古蘭が、閉じた鉄扇を握りしめ、そのまま横薙ぎに振り抜いた。
ブォン! と私のところまで聞こえてきそうな、恐ろしい風切り音が鳴る。
けれど、背後からの攻撃を察知した善が、サッと体勢を横にずらすと――
「ごふっ……!?」
ゴッ、とあまり聞きたくない類いの音が響いた。
反対側で善を押さえ込もうとした紫玄が、古蘭の鉄扇を脇腹に食らってしまう。
「あああっ! ごめんなさい、兄様ぁ!」
「古蘭、よそ見すんなィ!」
「あっ——痛いっ!」
悶える兄を心配した古蘭の額へ、善の指が容赦なく飛んだ。
バチィン! と硬いものを弾くような音が鳴る。
見事に完封されてしまった二人を、善は容赦なく叱りつけた。
「戦ってる最中に相手から目ェ離す馬鹿がどこにいるんだィ! 一発くださいっつってるようなモンだぞ!」
「も、申し訳ありません……っ!」
「それと紫玄! テメェも俺と真面目に揉み合ってんじゃねェ! 今のは手首を返せば抜けられただろうが!」
「ぐうう……っ」
……攻防が激しすぎて、見ているだけで目が回りそうだった。
これだけ動き回っているのに、善は息ひとつ上がっていない。
どころか、動きにもまだまだ余裕を残しているように見える。
素人目でも分かる動きの差が、彼の異次元ぶりを物語っていた。
「それにしても、古蘭って強いのね……」
先ほど、私は彼女の鉄扇で善の頭を殴ったけれど、見た目よりもかなり重量があった。
それこそ、非力な私が軽く振り下ろしても、善が痛がっていたほどだ。
そんな鉄の塊を、古蘭は軽々と振り回しながら、縦横無尽に走り回っている。
砂糖菓子のように繊細そうな見た目からは、想像もつかない動きだ。
「意外だったか?」
「ええ。戦いは紫玄のほうが長けていると思っておりました」
私の言葉に、隣でお茶を啜っていたユエ子様はくつくつと笑っていた。
「古蘭は膂力だけなら兄より上じゃ。鉄扇という獲物は、打ち据えることを得意とする。戦い方は、煙羅の喧嘩煙管にかなり近いと言えような」
「なるほど……」
「紫玄の十手は、相手の体や得物を絡め取ったり、攻撃を受け流すことに長けておる。力強さはないが、技の精緻さや守りにおいては、古蘭よりも遥かに優れておる」
言われてみれば、確かにそうだった。
古蘭が善へ猛攻を仕掛ける一方で、紫玄は少し離れたところから動きを見ている。
善が古蘭の鉄扇をかわした瞬間。
「そこだ!」
紫玄の十手が善の腕を絡め取る。
予想外の動きだったのか、善は初めて「おっ!」と驚くような声を上げた。
けれど、やはり簡単には取らせない、と善はするりと抜けてしまう。
「くっ、これでも駄目か……!」
「いいねェ、いいねェ! おら、今の調子で来なァ!」
善の笑い声が庭に響く。
「……楽しそうねぇ、あの男」
「ほんにのう」
ユエ子様は、懐かしい音楽を聴いているかのように、庭で三人が打ち合う音に耳を傾け、湯呑みを口元へ運んでいる。
けれど、光景を見つめている彼女の横顔は、ほんの少しだけ寂しがっているようにも見えた。
「いつもこの庭で稽古しておった。煙羅ときたら、いつも楽しそうに二人をのしてしまうからのう。羅煌も呆れておったわ」
「羅煌がですか?」
「うむ。あやつは生真面目じゃったからの。『鍛錬中に笑うな』だの『遊びではないのだぞ』だのと、よく煙羅を叱っておった」
容易に想像できて、私は小さく笑ってしまった。
きっと善は、そんな羅煌の小言もまるで気にせず、今と同じようにカッカと笑っていたのだろう。
三十年前、互いに言葉を交わせないまま別れてしまった四人のうち三人が、また同じ庭で、昔と同じように得物を交えている。
「ぬううっ、あと少し……!」
「お師様、もう一度お願いします!」
「カッカッカッ! あいよ、まだまだァ!!」
——まあ。
感傷に浸るには、少々騒がしすぎる再会ではあったけれど。
「なんだィ、てめェら! 三十年まともに戦ってねェ俺に負けてどうする! これじゃァ護衛なんざ務まらねェぞ!」
そしていつの間にか、紫玄と古蘭がまた庭へ転がされた。
その中央で、善だけがぴんぴんしている。
「師匠が……破格すぎるんですよ……!」
「さすが……『羅』の称号をお持ちなだけあります……」
仰向けに倒れた紫玄が、息も絶え絶えに抗議する。
その隣では、古蘭も髪を乱しながら肩で息をしていた。

