「……ン。ひとまず、こんなところかね」
しばらくして、陶継様がふう、と息を吐いた。
閉じられていた目が、ゆっくりと開かれる。
「探せばまだ出てくるだろうが、あんまり一気にやりすぎると——」
陶継様は、ちらりと傍らへ目を向けた。
「古蘭の嬢ちゃんが疲れちまう」
「か、紙が……紙が足りません……!!」
古蘭は半ば悲鳴を上げながら、書き終えた紙の束を抱えていた。
最初に用意していた分では到底足りなかったようで、途中から紫玄が何度も紙を追加していたけれど、それすらほとんど使い切ってしまっている。
「よもや、これほど集まるとはのう……」
ユエ子様も、目の前に積み上がった紙の束を見て驚嘆していた。
「見事なものじゃ。当家に引き込んでしまいたいくらいの逸材じゃのう……」
「お断りだね。アタシぁ誰かに飼われる趣味はないよ」
「カカッ。確かに、このジジイは誰かの下で大人しく働けるタマじゃねェな」
「お前とは違ってなぁ、煙野郎」
相変わらず口喧嘩は絶えないけれど、仕事ぶりについては善も文句のつけようがないらしい。
やがて紫玄が、陶継様から得た情報と、神蔵家で書き溜めていた調書を、一枚ずつ詳細に照らし合わせ始めた。
「……すごい。日時も、場所も、状況も……神蔵家の記録と完璧に一致しています」
紫玄が目を見開いたまま、次々に紙を捲っていく。
「それどころか、こちらでは把握できていなかった情報がかなり補完されている……。襲撃前の落武者の行動や、骨董守と遭遇するまでの足取りまで……」
「フフン。どうだい」
陶継様は鼻高々に胸を張った。
自信満々なだけあって、期待を遥かに上回る収穫だ。
「——ああ、そうだ。骨董姫。ひとつ、気になることがある」
神妙な面持ちの陶継様を前に、私は姿勢を正す。
「ただ、これは話半分に聞いとくれ。アタシ自身が見たわけじゃない。瀬戸物どもの話を聞いて、アタシがそう感じただけだからね」
「構いません。教えてください」
陶継様は少し考えてから、眼鏡を押し上げた。
「瀬戸物どもいわく——例の落武者は、アタシと似てるんだとさ」
「似てる、とは?」
「中身だよ」
陶継様が、自分の胸を指先でトントンと叩く。
「さっき煙野郎から聞いただろう。アタシは一つの瀬戸物から生まれたわけじゃない。瀬戸物の霊魂の寄せ集めだ」
「ええ」
「で、証言した瀬戸物どもの話から察するに——あの落武者も、アタシと同じツギハギなんじゃないかね」
それを聞いた瞬間、広間の空気が変わった。
善が腕を組み、険しい顔になる。
「つまり……あの落武者を形作ってるのは、羅煌一人じゃねェってことか?」
「おそらくね。見た目や振る舞いの中心になってる奴はいるんだろうが……」
私は先ほどまで話していたことを思い出した。
姿や太刀筋、鎧に刻まれていた紋印は、羅煌のもの。
——なのに、振るっていた刀だけが違う。
「それから、もう一つ。どうもあいつァ、時々上手くまとまってないらしい」
「まとまっていない?」
「ああ。瀬戸物どもいわく、やつは妙に落ち着いてる時と、手当たり次第に暴れてる時がある。骨董守を襲ってるのは——決まって、そいつが上手くまとまってねえ時なんだよ」
私は思わず善と顔を見合わせた。
「暴走してる、ってことかィ?」
「さてね、そこまではアタシにも分からないよ。ただ、少なくとも、瀬戸大将みたいに、いつでも一つの意思として安定してるわけじゃなさそうだ。何の役に立つ情報かは知らんがね」
「……いいえ。むしろ大きな手がかりだわ」
陶継様の言葉を借りるなら、私たちに接触してきた時の落武者は、『一つの意思として安定している』状態だったのだろう。
私だけでなく、神蔵家の付喪神である紫玄と古蘭も無事だったのが、何よりの証拠だ。
私たちが遭遇した昨夜と、骨董守たちが襲われた夜――そこに、何の違いがあるのか。
「紫玄、記録はまとまったわね? みんなに見せてくれる?」
紫玄が手元の資料を、出没した日付ごとに並べていく。
そこから更に、骨董守たちが襲われた日だけを抽出していく。
抽出した資料を眺めていると、私はある共通点に気づいた。
「……これ、ほとんどが天気の悪い日ね」
私がぽつりと呟くと、紫玄もなにかに気づいたようだった。
「確かに……逆に、襲撃等の被害がなかった日はすべて晴れですね」
すると、善はなにかに勘づいたようだった。
「おい。襲撃された日、一日だけ晴れの日があったよな。日付は?」
「四月十二日、二週間ほど前です」
紫玄が答えると、善の顔はより険しくなる。
「もしかしてよ、その日は新月だったんじゃねェか?」
「暦で調べてみます!」
古蘭が暦を手に、その日の月齢を確認する。
すると、彼女も決定的なものを見たとばかりに、はっきりと表情を曇らせた。
「……お師様の仰るとおり、この日は新月です」
「やっぱりな。確信したぜ」
「ああ、やはり羅煌が関係しておるな」
「どういうこと?」
私が尋ねると、善は顎に手を当て、思い出すように語った。
「羅煌は満月の夜が一番力を発揮できるんだよ。全盛期の俺も、満月の日の羅煌には一回も組手で勝てたことがねェ」
「アンタが、一度も?」
私は驚きを禁じ得なかった。
善は今の状態でも相当な強さを誇る。
だというのに、今よりも強い全盛期の善が、一度も勝てなかったというのだ。
満月の日の羅煌の力は、相当なものなのだろう。
「普段なら勝ったり負けたりだったんだぜ? だが、満月の晩だけは別だ。馬鹿みてェに強くなりやがる」
「馬鹿とはなんじゃ。あれは羅煌の性質じゃ」
ユエ子様が呆れたように口を挟んだ。
「そもそも、『羅煌』という名も、あやつが月と縁深い刀であったことに由来しておる」
「そうなのですか?」
「ああ。羅煌の本体となった刀には、古くから月にまつわる逸話が残されておってな」
ユエ子様はそこで、少し懐かしむように目を細めた。
「かつての持ち主が、月明かりのみを頼りに夜襲から主君を守り抜いたとも——あるいは、月夜に振るえば刃が白く煌めき、闇夜にあっても決して曇らなかったとも伝わっておる」
「それで、『羅煌』……」
「うむ。月明かりを受けて煌めく刀。それにちなみ、昔のわらわは『羅煌』と名づけたのじゃ」
ユエ子様の説明を聞きながら、私はもう一度、畳に並べられた資料へ目を落とした。
晴れた夜、曇った夜、雨の夜、新月の夜。
「つまり……羅煌は月が出ているほど、力が強くなるということですか?」
「そういうことじゃ。逆に、月の力が弱まれば、その恩恵も薄れる」
昨夜は十六夜。
満月をわずかに過ぎたばかりの、明るい月夜だった。
あの時の落武者は、私たちを殺そうとはしなかった。
紫玄と古蘭をあしらいながらも破壊せず、私に向かって何かを伝えようとしていた。
「つまり羅煌は、月が出ている夜だけは、理性的に動けるってことね?」
「あァ。ジジイの話と合わせりゃ、そう考えるのが一番自然だろうな」
善は畳の上の記録を指で辿っていく。
指先が、雨天と記された一枚の紙で止まった。
「逆に月が見えねェ夜は、羅煌の力が弱まり、統率が乱れる」
「それで、中にいる別の何かが暴れ出す……」
私はそこまで口にして、ふと気づいた。
「——刀」
全員の視線が私に集まる。
「あの落武者が振るっていた刀よ。姿も太刀筋も羅煌なのに、刀だけが羅煌の本体じゃなかった」
「……なるほどのう」
ユエ子様が険しい顔で顎に手を添える。
「姿を形作っているのは羅煌。されど、武器として現れているものは別物……」
だとしたら。
「もしかして、あの刀が——羅煌以外の刀たちなの?」
「あり得るな。羅煌を核に、あの時壊れた刀どもの怨念が一つに集まってる。羅煌自身は、今でも頭としてそいつらを抑えてる。だから姿も技も羅煌のまま。だが、連中の怨念そのものは——」
善が、刀を握るように右手を閉じた。
「一本の刀になって、あいつの手ん中にある」
しばらくして、陶継様がふう、と息を吐いた。
閉じられていた目が、ゆっくりと開かれる。
「探せばまだ出てくるだろうが、あんまり一気にやりすぎると——」
陶継様は、ちらりと傍らへ目を向けた。
「古蘭の嬢ちゃんが疲れちまう」
「か、紙が……紙が足りません……!!」
古蘭は半ば悲鳴を上げながら、書き終えた紙の束を抱えていた。
最初に用意していた分では到底足りなかったようで、途中から紫玄が何度も紙を追加していたけれど、それすらほとんど使い切ってしまっている。
「よもや、これほど集まるとはのう……」
ユエ子様も、目の前に積み上がった紙の束を見て驚嘆していた。
「見事なものじゃ。当家に引き込んでしまいたいくらいの逸材じゃのう……」
「お断りだね。アタシぁ誰かに飼われる趣味はないよ」
「カカッ。確かに、このジジイは誰かの下で大人しく働けるタマじゃねェな」
「お前とは違ってなぁ、煙野郎」
相変わらず口喧嘩は絶えないけれど、仕事ぶりについては善も文句のつけようがないらしい。
やがて紫玄が、陶継様から得た情報と、神蔵家で書き溜めていた調書を、一枚ずつ詳細に照らし合わせ始めた。
「……すごい。日時も、場所も、状況も……神蔵家の記録と完璧に一致しています」
紫玄が目を見開いたまま、次々に紙を捲っていく。
「それどころか、こちらでは把握できていなかった情報がかなり補完されている……。襲撃前の落武者の行動や、骨董守と遭遇するまでの足取りまで……」
「フフン。どうだい」
陶継様は鼻高々に胸を張った。
自信満々なだけあって、期待を遥かに上回る収穫だ。
「——ああ、そうだ。骨董姫。ひとつ、気になることがある」
神妙な面持ちの陶継様を前に、私は姿勢を正す。
「ただ、これは話半分に聞いとくれ。アタシ自身が見たわけじゃない。瀬戸物どもの話を聞いて、アタシがそう感じただけだからね」
「構いません。教えてください」
陶継様は少し考えてから、眼鏡を押し上げた。
「瀬戸物どもいわく——例の落武者は、アタシと似てるんだとさ」
「似てる、とは?」
「中身だよ」
陶継様が、自分の胸を指先でトントンと叩く。
「さっき煙野郎から聞いただろう。アタシは一つの瀬戸物から生まれたわけじゃない。瀬戸物の霊魂の寄せ集めだ」
「ええ」
「で、証言した瀬戸物どもの話から察するに——あの落武者も、アタシと同じツギハギなんじゃないかね」
それを聞いた瞬間、広間の空気が変わった。
善が腕を組み、険しい顔になる。
「つまり……あの落武者を形作ってるのは、羅煌一人じゃねェってことか?」
「おそらくね。見た目や振る舞いの中心になってる奴はいるんだろうが……」
私は先ほどまで話していたことを思い出した。
姿や太刀筋、鎧に刻まれていた紋印は、羅煌のもの。
——なのに、振るっていた刀だけが違う。
「それから、もう一つ。どうもあいつァ、時々上手くまとまってないらしい」
「まとまっていない?」
「ああ。瀬戸物どもいわく、やつは妙に落ち着いてる時と、手当たり次第に暴れてる時がある。骨董守を襲ってるのは——決まって、そいつが上手くまとまってねえ時なんだよ」
私は思わず善と顔を見合わせた。
「暴走してる、ってことかィ?」
「さてね、そこまではアタシにも分からないよ。ただ、少なくとも、瀬戸大将みたいに、いつでも一つの意思として安定してるわけじゃなさそうだ。何の役に立つ情報かは知らんがね」
「……いいえ。むしろ大きな手がかりだわ」
陶継様の言葉を借りるなら、私たちに接触してきた時の落武者は、『一つの意思として安定している』状態だったのだろう。
私だけでなく、神蔵家の付喪神である紫玄と古蘭も無事だったのが、何よりの証拠だ。
私たちが遭遇した昨夜と、骨董守たちが襲われた夜――そこに、何の違いがあるのか。
「紫玄、記録はまとまったわね? みんなに見せてくれる?」
紫玄が手元の資料を、出没した日付ごとに並べていく。
そこから更に、骨董守たちが襲われた日だけを抽出していく。
抽出した資料を眺めていると、私はある共通点に気づいた。
「……これ、ほとんどが天気の悪い日ね」
私がぽつりと呟くと、紫玄もなにかに気づいたようだった。
「確かに……逆に、襲撃等の被害がなかった日はすべて晴れですね」
すると、善はなにかに勘づいたようだった。
「おい。襲撃された日、一日だけ晴れの日があったよな。日付は?」
「四月十二日、二週間ほど前です」
紫玄が答えると、善の顔はより険しくなる。
「もしかしてよ、その日は新月だったんじゃねェか?」
「暦で調べてみます!」
古蘭が暦を手に、その日の月齢を確認する。
すると、彼女も決定的なものを見たとばかりに、はっきりと表情を曇らせた。
「……お師様の仰るとおり、この日は新月です」
「やっぱりな。確信したぜ」
「ああ、やはり羅煌が関係しておるな」
「どういうこと?」
私が尋ねると、善は顎に手を当て、思い出すように語った。
「羅煌は満月の夜が一番力を発揮できるんだよ。全盛期の俺も、満月の日の羅煌には一回も組手で勝てたことがねェ」
「アンタが、一度も?」
私は驚きを禁じ得なかった。
善は今の状態でも相当な強さを誇る。
だというのに、今よりも強い全盛期の善が、一度も勝てなかったというのだ。
満月の日の羅煌の力は、相当なものなのだろう。
「普段なら勝ったり負けたりだったんだぜ? だが、満月の晩だけは別だ。馬鹿みてェに強くなりやがる」
「馬鹿とはなんじゃ。あれは羅煌の性質じゃ」
ユエ子様が呆れたように口を挟んだ。
「そもそも、『羅煌』という名も、あやつが月と縁深い刀であったことに由来しておる」
「そうなのですか?」
「ああ。羅煌の本体となった刀には、古くから月にまつわる逸話が残されておってな」
ユエ子様はそこで、少し懐かしむように目を細めた。
「かつての持ち主が、月明かりのみを頼りに夜襲から主君を守り抜いたとも——あるいは、月夜に振るえば刃が白く煌めき、闇夜にあっても決して曇らなかったとも伝わっておる」
「それで、『羅煌』……」
「うむ。月明かりを受けて煌めく刀。それにちなみ、昔のわらわは『羅煌』と名づけたのじゃ」
ユエ子様の説明を聞きながら、私はもう一度、畳に並べられた資料へ目を落とした。
晴れた夜、曇った夜、雨の夜、新月の夜。
「つまり……羅煌は月が出ているほど、力が強くなるということですか?」
「そういうことじゃ。逆に、月の力が弱まれば、その恩恵も薄れる」
昨夜は十六夜。
満月をわずかに過ぎたばかりの、明るい月夜だった。
あの時の落武者は、私たちを殺そうとはしなかった。
紫玄と古蘭をあしらいながらも破壊せず、私に向かって何かを伝えようとしていた。
「つまり羅煌は、月が出ている夜だけは、理性的に動けるってことね?」
「あァ。ジジイの話と合わせりゃ、そう考えるのが一番自然だろうな」
善は畳の上の記録を指で辿っていく。
指先が、雨天と記された一枚の紙で止まった。
「逆に月が見えねェ夜は、羅煌の力が弱まり、統率が乱れる」
「それで、中にいる別の何かが暴れ出す……」
私はそこまで口にして、ふと気づいた。
「——刀」
全員の視線が私に集まる。
「あの落武者が振るっていた刀よ。姿も太刀筋も羅煌なのに、刀だけが羅煌の本体じゃなかった」
「……なるほどのう」
ユエ子様が険しい顔で顎に手を添える。
「姿を形作っているのは羅煌。されど、武器として現れているものは別物……」
だとしたら。
「もしかして、あの刀が——羅煌以外の刀たちなの?」
「あり得るな。羅煌を核に、あの時壊れた刀どもの怨念が一つに集まってる。羅煌自身は、今でも頭としてそいつらを抑えてる。だから姿も技も羅煌のまま。だが、連中の怨念そのものは——」
善が、刀を握るように右手を閉じた。
「一本の刀になって、あいつの手ん中にある」

