陶継様は目を閉じると、いよいよ本格的に意識を集中させはじめた。
「——いたいた。お前さんたち、まだ店にいるのかい? ちょいと訊きたいんだがね、この辺りで落武者を見たって奴を知らないかい?」
私は「なに?」と思わず声をこぼした。
陶継様の身体は、花瓶の前から一歩も動いていない。
なのに彼の意識はいつの間にか、この神蔵家の外へ行っているのだ。
「……ほう。そいつァどこにいる? ああ、近所の家か。なら、そこの台所にいる奴に回してくれるかい」
さらに、陶継様の首が傾く。
「おう、急須だったのかい。悪いねえ、ちょいと道を借りるよ」
広間の花瓶から、町の夫婦茶碗へ。
夫婦茶碗から、近所の家の急須へ。
急須から、また別の家の皿へ。
目には見えない何かを辿って、陶継様の意識が恐ろしい勢いで桜花郷中へ広がっていく。
「……なんだそりゃ。鎧武者が屋根の上に立ってた? そいつぁ、いつ見たんだい。……っと、ちょい待ちな。古蘭の嬢ちゃん!」
「は、はい!」
「四月二日、午後十時半。西の大通りで鎧姿の大男を見た奴がいる。屋根の上で月を見上げて、しばらくじっとしてたそうだ」
古蘭が慌てて筆を走らせる。
「四月二日、午後十時半……」
「次。四月四日、零時ちょうど。北の外れにある橋。……落武者に橋から落とされた奴がいたみてェだ。雨で川が増水してたから、あっという間に流されちまったってよ」
「……記録がございます!」
調書を捲っていた紫玄が声を上げた。
「同日の夜、北部を巡回していた骨董守一名と、付喪神二体が消息を絶っております。翌朝、橋から少し離れた下流域で発見されました」
「当たりだね」
陶継様は目を閉じたまま、にやりと笑った。
そこからは、早かった。
「次。四月六日——」
「ございます」
「その二日後——」
「それも調書に」
「四月九日――っと、これは違うね。酔っ払いが五月人形を見間違えたってよ」
……そんなことまで分かるのか、と感心してしまった。
善も腕を組んで、「おーすげえすげえ」と気持ちよさそうに笑っている。
「……次。東町の外れだ。三軒目の米屋の裏手——ああ? そいつを見たのはお前さんじゃないのかい。なら、見た奴に繋いどくれ」
陶継様は先ほどからずっと目を閉じたまま、誰かと話し続けている。
けれど、私にはなにも聞こえない。
それどころか、陶継様がいったい何をしているのかさえ、傍から見ているだけではよく分からなかった。
「……ねえ」
私は邪魔をしないよう声を潜め、隣にいる善へ顔を寄せた。
「あのお爺様、何者なの?」
「あァ。そういや説明してなかったな」
善も声を落として説明する。
「陶継は『瀬戸大将』っていう、瀬戸物から生じたあやかしだよ」
「付喪神とは違うの?」
「似たようなモンだが、発生の仕方が違う。俺たち付喪神は、一つの道具が長い年月を経て自我を得た状態だが、あいつァ壊れちまった瀬戸物の霊魂の残りかすが無数に集まってできるんだ」
私は改めて陶継様を見る。
瀬戸物なんて、どこの家にもある。
花瓶、茶碗、急須、徳利——それこそ数え切れないほど。
「瀬戸物ってのァ、そこら中に無数にあるからな。古くなろうが、割れようが、そう簡単には土に還らねェ。そういう連中の魂が、お互い磁石みてェに引っ張り合って、寄り集まったのが瀬戸大将だ」
「じゃあ、今は……?」
「そのへんに散らばってる瀬戸物の意識を、梯子みてェに辿ってる。この広間の花瓶が、町の骨董屋を知ってる。そこの茶碗が、今度は買われていった先の急須を知ってる。そいつが近所の徳利を知ってる——って具合にな」
一つの瀬戸物から、別の瀬戸物へ――そこからさらに、別の瀬戸物へ。
陶継様はそうして意識から意識へ渡り歩き、少しずつ探索範囲を広げているのだ。
まるで一匹の蜘蛛が、巣を拡げながら移動していくように。
「当人がここから一歩も動かなくても、町中の瀬戸物を通じて情報を引き出せるって寸法さ」
「……とんでもない力ね」
私は目の前にある、あらゆる物の声に耳を傾けることができる。
対して陶継様は、声を聞ける対象が瀬戸物に限られる代わりに、瀬戸物同士の繋がりを辿り、遥か遠くの情報まで拾い上げることができる。
各所に散った瀬戸物たちの、無数の目を借りることができる。
「……情報屋、ね。これだけのことができるなら、確かにそう呼ばれるわけだわ」
「な? 相変わらず、とんでもねェ情報網だぜ」
彼は今、この建物に座ったまま、桜花郷中を駆け回って、情報を拾っているのだ。
「口ァ悪いし、喚けばうるせェが、仕事だけは一級品だ」
「聞こえてるよ、煙野郎! 褒めるならもっと大声で褒めな!」
「うるせェ、地獄耳! 仕事に集中しろィ!」
……どうやら、意識を桜花郷中に飛ばしていても、私たちの会話まで聞こえているらしい。
本当にどういう頭をしているのだろう、この人は。
「——いたいた。お前さんたち、まだ店にいるのかい? ちょいと訊きたいんだがね、この辺りで落武者を見たって奴を知らないかい?」
私は「なに?」と思わず声をこぼした。
陶継様の身体は、花瓶の前から一歩も動いていない。
なのに彼の意識はいつの間にか、この神蔵家の外へ行っているのだ。
「……ほう。そいつァどこにいる? ああ、近所の家か。なら、そこの台所にいる奴に回してくれるかい」
さらに、陶継様の首が傾く。
「おう、急須だったのかい。悪いねえ、ちょいと道を借りるよ」
広間の花瓶から、町の夫婦茶碗へ。
夫婦茶碗から、近所の家の急須へ。
急須から、また別の家の皿へ。
目には見えない何かを辿って、陶継様の意識が恐ろしい勢いで桜花郷中へ広がっていく。
「……なんだそりゃ。鎧武者が屋根の上に立ってた? そいつぁ、いつ見たんだい。……っと、ちょい待ちな。古蘭の嬢ちゃん!」
「は、はい!」
「四月二日、午後十時半。西の大通りで鎧姿の大男を見た奴がいる。屋根の上で月を見上げて、しばらくじっとしてたそうだ」
古蘭が慌てて筆を走らせる。
「四月二日、午後十時半……」
「次。四月四日、零時ちょうど。北の外れにある橋。……落武者に橋から落とされた奴がいたみてェだ。雨で川が増水してたから、あっという間に流されちまったってよ」
「……記録がございます!」
調書を捲っていた紫玄が声を上げた。
「同日の夜、北部を巡回していた骨董守一名と、付喪神二体が消息を絶っております。翌朝、橋から少し離れた下流域で発見されました」
「当たりだね」
陶継様は目を閉じたまま、にやりと笑った。
そこからは、早かった。
「次。四月六日——」
「ございます」
「その二日後——」
「それも調書に」
「四月九日――っと、これは違うね。酔っ払いが五月人形を見間違えたってよ」
……そんなことまで分かるのか、と感心してしまった。
善も腕を組んで、「おーすげえすげえ」と気持ちよさそうに笑っている。
「……次。東町の外れだ。三軒目の米屋の裏手——ああ? そいつを見たのはお前さんじゃないのかい。なら、見た奴に繋いどくれ」
陶継様は先ほどからずっと目を閉じたまま、誰かと話し続けている。
けれど、私にはなにも聞こえない。
それどころか、陶継様がいったい何をしているのかさえ、傍から見ているだけではよく分からなかった。
「……ねえ」
私は邪魔をしないよう声を潜め、隣にいる善へ顔を寄せた。
「あのお爺様、何者なの?」
「あァ。そういや説明してなかったな」
善も声を落として説明する。
「陶継は『瀬戸大将』っていう、瀬戸物から生じたあやかしだよ」
「付喪神とは違うの?」
「似たようなモンだが、発生の仕方が違う。俺たち付喪神は、一つの道具が長い年月を経て自我を得た状態だが、あいつァ壊れちまった瀬戸物の霊魂の残りかすが無数に集まってできるんだ」
私は改めて陶継様を見る。
瀬戸物なんて、どこの家にもある。
花瓶、茶碗、急須、徳利——それこそ数え切れないほど。
「瀬戸物ってのァ、そこら中に無数にあるからな。古くなろうが、割れようが、そう簡単には土に還らねェ。そういう連中の魂が、お互い磁石みてェに引っ張り合って、寄り集まったのが瀬戸大将だ」
「じゃあ、今は……?」
「そのへんに散らばってる瀬戸物の意識を、梯子みてェに辿ってる。この広間の花瓶が、町の骨董屋を知ってる。そこの茶碗が、今度は買われていった先の急須を知ってる。そいつが近所の徳利を知ってる——って具合にな」
一つの瀬戸物から、別の瀬戸物へ――そこからさらに、別の瀬戸物へ。
陶継様はそうして意識から意識へ渡り歩き、少しずつ探索範囲を広げているのだ。
まるで一匹の蜘蛛が、巣を拡げながら移動していくように。
「当人がここから一歩も動かなくても、町中の瀬戸物を通じて情報を引き出せるって寸法さ」
「……とんでもない力ね」
私は目の前にある、あらゆる物の声に耳を傾けることができる。
対して陶継様は、声を聞ける対象が瀬戸物に限られる代わりに、瀬戸物同士の繋がりを辿り、遥か遠くの情報まで拾い上げることができる。
各所に散った瀬戸物たちの、無数の目を借りることができる。
「……情報屋、ね。これだけのことができるなら、確かにそう呼ばれるわけだわ」
「な? 相変わらず、とんでもねェ情報網だぜ」
彼は今、この建物に座ったまま、桜花郷中を駆け回って、情報を拾っているのだ。
「口ァ悪いし、喚けばうるせェが、仕事だけは一級品だ」
「聞こえてるよ、煙野郎! 褒めるならもっと大声で褒めな!」
「うるせェ、地獄耳! 仕事に集中しろィ!」
……どうやら、意識を桜花郷中に飛ばしていても、私たちの会話まで聞こえているらしい。
本当にどういう頭をしているのだろう、この人は。

