いわくつきの骨董姫

 それから少しして、

《しゃちょー! お連れしましたよー!》

 と、手鏡の向こうから、壱丸の元気な声が響いた。

「おう、ご苦労さん」
「陶継様もご一緒?」
《はい! 行きますよー!》

 何が「行きますよ」なのだろう。
 そう思った次の瞬間、鏡面がぐにゃりと歪んだ。

「のわあああああっ!?」

 ぼんっ、と鏡から勢いよく飛び出してくる、小柄な人影。
 広間の畳へ放り出されたその人は、

「おい! 年寄り相手になんて乱暴しやがる、このすっとこどっこいめ!」

 と腰をさすりながら怒っていた。
 眼鏡の奥にある目はじとりと細められ、顔には深いしわやシミがある。
 随分と年季の入った着物をまとった姿は、小うるさい商家のご隠居といった風情だ。

「……ああっ! いたね、この煙野郎! 商人のくせして約束を反故(ほご)にするたぁ何事だい!」

 陶継様は善を視界に捉えるなり、ズカズカと歩み寄って、彼の額を小突き始めた。

「アタシぁ昨日一日、ずっっっと酒だけを楽しみに待ってたってんだよ! なのにお前と来たら、待てど暮らせど来ねえじゃねぇか!」
「悪かったって、ジジイ。やむにやまれぬ事情で、昨日もここに拘束されててよ」
「拘束だぁ?」

 そこでようやく、陶継様は周囲を見回した。
 広々とした畳敷きの大広間に、上座に座るユエ子様。
 その傍らには、行儀よく正座している紫玄と古蘭。
 そして、初対面の私。

「そういや、ここはどこだい? お前んとこのワンコロに『しゃちょーのところに行きます!』って引っ張られて、そのまま鏡ン中に放り込まれたんだが……」
「ここは神蔵家だよ」
「……神蔵家? お前さん、なんで神蔵家なんかにいるんだい」
「だから、やむにやまれぬ事情があったっつってんだろ」
「馬鹿野郎! 事情があるってんなら先に言いな!」
「言わせなかったのァアンタだろ、ジジイ」

 元気なお爺様だこと……などと考えていると、陶継様と目が合った。
 私は居住まいを正して、両手を畳につく。

「お初にお目にかかります、陶継様。夫が大変お世話になっております」
「へ?」

 陶継様がぱちぱちと瞬きをする。
 やがて私の顔をまじまじと見つめ――何かに気づいたように眼鏡を押し上げた。

「あぁ、アンタか! 噂の骨董姫!」
「ふふ、さすがは情報屋さん。自己紹介は不要のようですわね」
「そりゃ知ってるとも! 三倉珠希といやァ、今や錦花郷で一番有名な骨董商じゃねぇか。アンタの話を聞かない日のほうが珍しいくら――」
「おい珠希ィ」

 横から善の呆れた声が割って入った。

「このジジイにそんな丁寧に頭下げなさんな。すーぐ調子に乗るからよ」
「黙りな、煙野郎! ご主人様のほうが腰が低いなんて、腰巾着として恥ずかしくねえのかい!」
「うるせェなァ。お前みてェな減らず口のジジイ、ちょいとご無礼働くくらいでちょうどいいんだよ」
 
 紫玄は何とも言えない複雑そうな顔で、古蘭は「仲がよろしいのですね」とばかりの微笑みで、二人のやり取りを見ている。
 いつまでも言い争う二人に向かって、ユエ子様は大きめの咳払いをした。

「煙羅よ。そのご老人が、先ほど申しておった『情報屋』かえ?」
「あァ。錦花郷一の腕利きだぜ」

 陶継様は満更でもない顔で眼鏡を押し上げると、ようやく私たちの顔を落ち着いて見回した。

「それで? わざわざアタシを神蔵家まで連れてきたってことは、酒の詫びだけじゃなさそうだね」

 さすがに察しが早い。
 私は善と顔を見合わせてから、陶継様へ向き直った。

「ええ。陶継様の力を、お借りしたいのです」

 かくかくじかじか。
 ひととおり事情を聞き終えた陶継様は、呆れ果てたように善を見た。

「まぁた面倒事に首突っ込んでんのかい、煙野郎」
「別に俺から突っ込んだンじゃねェやい」

 善は不服そうに口を尖らせている。
 陶継様はそんな善を無視すると、私へ向き直った。

「んで? アタシは何を調べりゃいいんだい?」
「この桜花郷で、例の落武者が出現した日時と、その時の状況を洗い出してほしいのです。住人から得られた目撃情報だけでは、まだまだ足りなくて」

 特に知りたいのは、神蔵家の骨董守たちが襲われた時のこと。
 死人に口なしで、襲われた者たちは例外なく遺体となっている。
 連れていた付喪神まで破壊されているから、襲われた当人たちが何を見たのかは、分からずじまいだった。

「現状、私たちは『襲撃があった』という結果しか分からないのです。ですが陶継様なら、より詳しい状況を調べられるだろう、と善から聞きましたので」

 骨董守たちはいつ、どこで落武者と遭遇したのか。
 遭遇した時、落武者はどんな様子だったのか。
 何がきっかけで襲われたのか。
 どれか一つでも分かれば御の字だ。
 陶継様は自信満々に胸を叩いた。

「そういうことなら任せとくれ。桜花郷は錦花郷より人口が多い。人が多けりゃ、それだけ使われてる瀬戸物も多い。情報を持ってる瀬戸物にも会えるだろうよ」
「……瀬戸物に?」

 どういうことだろう、と気になったけれど、今は後回しでいい。
 それまで黙って話を聞いていたユエ子様が、「では」と口を開いた。

「紫玄よ。これまで被害に遭(お)うた骨董守と付喪神についての調書を持て。この御仁(ごじん)が拾った情報と照合する」
「御意にございます」
「古蘭。そなたはここで、この御仁の言葉を漏らさず記録せよ」
「仰せつかりました」

 さすがに千年も神蔵家を率いているだけあって、このあたりのユエ子様の判断は早い。
 紫玄はすっくと立ち上がって、調書を取りに部屋から出て行く。
 古蘭も素早く紙と筆の用意を始めた。
 あっという間に調査の段取りが整っていく。
 陶継様は「よっこらせ」と座り直し、眼鏡を押し上げながら私を見た。

「それで? 仕事をするのは構わないが、報酬は何だね?」
「あ……」

 確かにそうだ。
 陶継様は善の知人だけれど、善意で情報を集めてくれるわけではない。
 情報屋に仕事を頼む以上、相応の対価は用意して然るべきだろう。
 何が相応しいだろう、と私が頭を悩ませていると

「そんなら、珠希の茶はどうだィ?」

 と、善が割り込んできた。

「お茶、って……私が淹れたお茶ってこと?」
「おうとも。このジジイには、これ以上なく相応しい対価だろうよ。なァ?」

 善がにやりと笑うと、陶継様は訝るような視線を返した。

「骨董姫が茶を淹れてくれるってのかい? 味は確かなんだろうね?」
「心配いらねェよ。珠希の茶は逸品だ、茶菓子選びまで抜け目がねェ」
「ほぉ?」

 陶継様の細い目が、きらりと輝く。
 どうやらこのご老人、お茶にも目がないらしい。

「もしお好みの銘柄があるようでしたら、用意してお淹れしますわ」
「おぉ? 随分と話が分かるようじゃないか。よし、それなら交渉成立だ」

 陶継様は上機嫌に膝を叩いた。

「だが、半端物を出したら承知しないよ。アタシは茶にかけては酒以上にうるさいんだ」
「もちろん。こちらも仕事をお願いするのですから、腕によりをおかけしますわ」
「言うねえ」

 陶継様が楽しそうに笑う。
 すると善が、なぜか自分が褒められたかのように得意げな顔をした。

「な? うちの嫁さん、いい女だろう?」
「けっ、隙あらば惚気やがって」

 そうこうしているうちに、古蘭は墨をたっぷり擦り、紫玄が調書の束を抱えて戻ってくる。

「ユエ子様。お申し付けのものをお持ちしました」
「うむ。では始めるとするかの」

 紫玄が卓上へ調書を並べる。
 古蘭も筆を手に取り、いつでも書き留められるよう姿勢を正した。

「陶継様。お願いします」
「あいよ」

 それまで小うるさく喋っていた陶継様は、大広間をきょろきょろ見渡すと、何かに向かって歩いて行く。

「お前さん、もしやここの新顔だね?」

 しゃがんだ彼が話しかけたのは、部屋の隅に飾ってあった花瓶だった。

「ふうん。三月(みつき)ほど前に、町の骨董屋から買われた、と。なら、店にいた連中を知ってるね?」

 耳を澄ますと、確かに、花瓶からかすかに声が聞こえる。
 どうやら、私と同じように、陶継様にも物の声を聞く力があるらしい。

「……ああ、その茶碗の夫婦かい。どれ、繋いどくれ」

 しかし、驚いたのはここからだった。