いわくつきの骨董姫

 善の拘束が解かれた後、私たちは場所を広間へ移した。

「さて、煙羅の件はこれでよいとして――問題はあの落武者じゃな」
 
 上座に腰を下ろしたユエ子様が、改めて話を切り出した。
 自由の身になった善は、私の隣で早速あぐらをかいて首を捻っている。
 
「羅煌のやつ、なんで今になって化けて出てきてんだ? 三十年間ずっと成仏できずに彷徨ってたってのか、あいつァ?」
「そこも含めて、一度整理しましょう」
 
 考えることが多すぎる。
 私は改めて、情報を一つずつ並べ直した。

 ――どうして、羅煌は三十年経った今になって現れたのか。
 ――どうして、神蔵家の人たちを狙って襲っているのか。
 ――どうして、私だけは襲わず、あんな記憶を見せたのか。
 ――どうして、私を『我が主』と呼んだのか。
 そして。

「そもそも、その例の落武者、本当に羅煌なのかよ?」

 私の説明に、善が付け加えた。
 腕を組み、眉根にしわを寄せている彼を見るに、未だに羅煌が蘇ったことを信じられないようだ。

「正体が羅煌だとしたら、なんであいつァ神蔵の骨董守を襲ってンだ?」
「それは……わらわたちを恨んでのことであろう」

 ユエ子様が苦虫を噛みつぶしたような表情で答える。

「わらわたちは二十年もの間、あやつらの苦しみに気づかず、ただ保存し続けたのじゃ。結果として刀たちを自害へ追い込んだ。恨まれる理由としては十分すぎる」
「だとしても、あの羅煌だぞ? 他の刀ならいざ知らず、あいつが骨董守や付喪神を次々襲うかね?」

 ユエ子様は「むう……」と難しい顔で唸っている。

「あいつァ、忠誠心が服着て歩いてるような堅物だ。神蔵家の判断に思うところがあったとしても、私怨で刀を振るたァ思えねェ」

 善は生前の羅煌を知っている。
 それも、最期を託されるほど近しい間柄だった。  
 ならば、彼の違和感も無視はできない。

「……それがしも、思い当たる節がございます」

 紫玄が神妙な面持ちで言った。

「落武者と刃を交えた際、それがしは彼から殺意を感じられませんでした。動きも、壊そうとしているというより、あしらわれている気がして……」

 兄に続いて、古蘭も「ええ」と頷く。

「相手は、私と兄様の二人がかりでも制圧できない猛者です。既に破壊された者たちと同じように、私たちもその気があれば壊せたはず。でも、最後までその意思は感じられませんでした」

 私は再び考え込んだ。
 複数の骨董守と、それを上回る付喪神たちが犠牲になっているという実情がある中で。
 紫玄と古蘭には、なぜかほとんど手傷を負わせなかった。
 さらに善いわく、羅煌は感情任せに相手を襲うどころか、感情を抑えられる強い理性があるという。
 すべてが事実なのに、どうにも噛み合わない。

「つまり、『神蔵の連中に襲いかかっていたのは、羅煌の意思じゃァなかった』。ってことか?」
「……その可能性は考慮すべきであろうな」

 善の予測に、ユエ子様はしばらく考え込んでから、静かに頷いた。
 もちろん、あくまで情報を無理やり繋ぎ合わせただけの推測なので、仮説の域は出ない。

「紫玄、古蘭。しつこいようじゃが、あの落武者が羅煌であることは、間違いないのじゃな?」

 ユエ子様の確認に、紫玄は「はい」と迷うことなく頷いた。

「太刀筋は間違いなく羅煌様のものでございました。それに、身につけていた鎧にも、羅煌様が生前まとっていたものと同じ、月の紋印がありました」
「私も兄様と同じ見解にございます」

 私も夢で羅煌の姿を見ていたから、背丈や身幅などの体格は一致している。
 姿も戦い方も羅煌のものだというのなら、あの落武者の正体はやはり羅煌で間違いない。
 ――そう結論づけそうになったところで、私ははっと立ち止まった。

「……ねえ。刀はどうだった?」

 紫玄がパッと顔を上げる。

「刀、にございますか?」
「ええ。落武者が振るっていた刀よ。あれも羅煌の本体で間違いないかしら?」

 紫玄は答えようとして――む、と口を閉ざした。
 表情がみるみる険しくなったかと思うと、彼は慎重な面持ちで口を開いた。

「……いえ。違っていたかもしれません」

 すると、今度は古蘭も何かを思い出したように、自分の鉄扇へ目を落とした。

「そういえば……私、あの刀を受けた時に妙な感覚がございました」
「妙な感覚?」
「はい、あれはなんとも気味の悪い感覚で……。なにかこう……凶暴な獣が、刀の中にたくさん封じ込められているような……」

 古蘭は自分の想像をなんとか言葉にしようと、「ううん」と唸って、わやわや手を動かしていた。
 懸命に頑張る妹に助け舟を出すよう、紫玄も説明に加わる。

「あの感覚は、それがしたちも初めて感じたもので……。ですが、刀そのものの姿も、羅煌様のものではなかったような気がします」
「だとすると、不自然じゃな」

 二人の証言を聞いたユエ子様と善が、眉根を寄せた。

「付喪神が自身の本体とは異なる武器を携行するなど、通常はありえん」
「羅煌の本体から、そんな気色悪い気配を感じたこともねェしな」

 つまり、落武者の太刀筋や鎧は、羅煌のもの。
 けれど、振るっている刀はおそらく羅煌ではない。

「手がかりが増えたのに、却って謎が深まっちゃったわね……」
「だァ~、なにひとつ解明できてねェじゃねェかよォ~……」

 堂々巡りで頭が疲れてきたのか、善が畳にドタッと転がった。
 まるで一つの像を結ばない、落武者の正体。
 情報がバラバラすぎて、私も頭が混乱してしまいそうだ。

「……そうだ!」

 推理が行き詰まったところで、私は一人の付喪神の顔が頭に浮かんだ。

「アリエッタなら、何か分かるかも!」
「ありえった?」

 初めて聞く名前に、ユエ子様が小首を傾げる。
 私の代わりに答えてくれたのは紫玄だった。

「三倉殿が管理している、鏡の付喪神でございます。昨晩も、それがしどもが窮地に陥ったところを助けていただきました」

 私は懐から朱漆の丸い手鏡を取り出し、

「アリエッタ、聞こえる?」

 と、鏡面へ向かって呼びかける。
 善も「お?」と私の肩越しから鏡を覗き込んできた。

《聞こえているわ、珠希様》

 可愛らしい少女の声とともに、水面に波紋が広がるように鏡面が揺らぐ。
 しばらくして、白髪の少女の顔が映し出された。

《なにか御用かしら?》
「ええ。少し聞きたいことがあるの。昨夜の落武者についてよ」
《あの甲冑のサムライについて?》

 アリエッタがちょこんと首を傾げる。
 こんな可愛らしい姿だけど、彼女は付喪神としてかなり優秀な部類に入る。
 鏡を通した意思疎通や転移の他にも、まだまだ素晴らしい能力を秘めているのだ。

「貴方って以前、麗華の心を読んでいたでしょう? だったら、あの落武者についても、何か分からない? 何を考えているとか、どうして私たちを襲ったのかとか」

 心を読む能力については、今後悪用しないよう言い含めてあるけれど、今は使い時だ。
 私は彼女に、期待を込めて聞いてみる。

《……ごめんなさい。今回は分からないわ。条件が揃ってないから》

 けれど返ってきたのは、彼女の困り果てたような表情と、不甲斐ないと言わんばかりの回答だった。

「条件?」
《私が心を読めるのは、相手が鏡に映っている間だけなの。あの女のように、何度も鏡を見てくれるなら可能だけど……ほんの少し映り込んだだけだと、さすがに読む暇がないわ》

 なるほど、そういう仕組みだったのか、と私は納得する。
 昨夜、落武者が鏡に映り込んでいたであろう時間は、長くてもせいぜい三秒といったところ。
 ほとんど映っていなかったに等しい。
 アリエッタは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

《せっかく頼ってくれたのに、お役に立てなくてごめんなさい》
「謝らなくていいのよ。駄目で元々だったし」

 善も隣から鏡を覗き込みながら、残念そうに頭を掻いた。

「嬢ちゃんでも難しいかァ。となると、他にあいつのことを探れそうな奴ァ――」

 と、善が口にしたところで――突然、鏡の向こうから

《はっ!?》

 と甲高い声が聞こえた。
 アリエッタの甘く可愛い声とは異なる、もっとはつらつとした明るい声だ。

《い、今の声って……しゃちょーですかぁ!?》
《ちょ、貴方、待ちなさ――》

 鏡の向こうから、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、アリエッタの制止もかき消すように

《しゃ~ちょぉ~~っ!!》

 という叫び声が近づいてくる。
 そして、鏡面がぶわん、と大きく波打ったその瞬間――白黒模様の毛玉砲弾が、こちらへ勢いよく飛んできた。

「しゃ~ちょおおおおおお~~!!」
「おぶゥッ!?」
「壱丸!?」

 怒濤の勢いでやってきた壱丸砲弾は、善の顔面へ吸い込まれるように着弾した。

「師匠!?」
「お師様!?」

 仰向けにひっくり返る善に、慌てて駆け寄る紫玄と古蘭。
 そんなことなどお構いなしに、善の胸に乗っかる壱丸。
 
「しゃちょーしゃちょーしゃちょーっ! ご無事だったんですねぇ~っ!」
「おう……今ので危うく無事じゃなくなるところだったけどなァ……」
「壱丸ったら、落ち着きなさいな……」

 私が宥めても、壱丸は嬉しさ大爆発で止まらないといった様子だった。
 ブンブン振っている尻尾が、今にもお尻から千切れて飛んでいきそうだ。

「もお~! お二人とも、わけも分からず連れて行かれちゃったから、ずっと心配してたんですよう!」
「悪かった、悪かったよ。込み入った事情ってやつでなァ」

 壱丸の全身をわしゃわしゃと撫でる善。
 善が喋っている間も容赦なく顔を舐め回す壱丸。
 つい先ほどまでの重苦しい空気は、どこへやら。

「こ、この犬も、三倉殿の付喪神で……?」
「可愛い……! 珠希様のところには、子犬の付喪神さんもいるのですね……」

 紫玄は呆然としながら、古蘭はときめきを隠せない表情で、それぞれ壱丸を見ていた。

「そうだ、しゃちょー!」

 少し落ち着きを取り戻したところで、壱丸が何かを思い出したように顔を上げた。

「さっき、いつもの瀬戸物屋のおじいさんが、お店に来ていましたよ!」
「瀬戸物屋の爺(じじい)だァ? 陶継(すえつぐ)のことかィ、そりゃァ?」
「はい! しゃちょーが全然来ないって怒ってました! 『お酒を持ってくる約束はどうしたー!』って!」 「…………あ」

 善の顔から、すうっと血の気が引いた。

「そういや昨日、報酬の酒を持ってく約束してたんだった……」
「まあ、それどころじゃなかったものね……」

 こればかりは致し方ないことだ。
 錦花郷に戻ったら、その陶継というお爺様のところまで、私も一緒に頭を下げにいこう。

「……待てよ」

 そう考えていると、善がはたと動きを止めた。

「いたわ、この上なく優秀な情報屋」
「情報屋?」

 善は壱丸を抱えて起き上がると、にやりと笑った。

「あァ、その陶継ってジジイだ。そいつに依頼すれば、この辺りで起きたことを調べられる。土地の情報を拾うことにかけちゃァ、あいつの右に出る奴はいめェよ」

 そう言って、壱丸を膝に乗せ直す善。

「じゃあ、落武者の目撃情報も……!」
「あァ、そこいらの人間より詳しく探れるはずだ」

 突破口を見つけて、善の灰色の瞳にいきいきとした光が宿った。

「三十年前の事件の真相は、物の記憶から分かった。なら今度は――この土地で何が起きてたのかを調べてみようじゃねェか」