いわくつきの骨董姫

 気がつくと、私は座敷牢の前に座り込んでいた。
 しばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。
 両手の中には、鈍色に輝く一本の煙管。
 正面には木製の格子。
 その向こう側には、私をじっと見つめる善がいる。
 灰色の髪に、洒落た着物をまとった、私のよく知る善。
 それを認識して、ようやく私は三十年前から現実へ帰ってきたのだと理解した。

「……珠希。見えたか?」

 善が静かに呼びかける。
 私はすぐには答えられなかった。
 ただ、善の顔をじっと見つめて——深く、ゆっくりと頷くのがせいぜいだった。
 すると、善は目を細めて、

「そうかィ」

 とだけ言った。
 私は理解する——私は今、善が背負ってきた過去を、分け合ったのだ。
 羅煌たちが壊れていくまでの二十年を。
 彼らが自ら終わりを選んだ、その瞬間を。
 善が羅煌を介錯したことを。
 そして、その後に待っていたものまで。

「珠希様……」

 古蘭がおそるおそる私を呼ぶ。
 振り返ると、紫玄も、ユエ子様も、私の言葉を待っていた。
 私は自分が見たものを、できるだけ感情を込めずに伝えた。

「……刀たちを壊した真犯人は、羅煌だったの」
「な……」

 紫玄の口から、掠れた声が漏れた。

「使われることも、壊れることも、別の道具に生まれ変わることも許されないまま、二十年耐えて……それで、最後は自分たちで終わることを選んだ。羅煌は刀たちの頭として、自分の手で全員壊したのよ。……そしてその後、そこへ居合わせた善に、自分を壊してくれって頼んだ」
「そん、な……」

 紫玄は呆然と善を見つめていた。
 真実を上手く飲み込めないのだろう。
 彼の中ではずっと、善がすべての刀たちを殺したことになっていた。
 信じたくないのに、本人がそうとしか話さないから、信じるしかなかった。
 それがまさに今、すべてひっくり返ってしまったのだから。

「では……この男は、羅煌様を、憎しみで殺したのではなく……」

 紫玄の唇が震えていた。
 それ以上は言葉にならないようだった。

「……そうか」

 と、ようやっと吐き出すように言ったのは、ユエ子様だった。
 見れば、その顔には、少女の見た目には不似合いなほど深い皺が刻まれていた。

「わらわたちは、刀たちを守っていたつもりで、追い詰めておったのか」

 ユエ子様は、膝の上で小さな拳を作る。

「人の世から失われぬよう、この先も永く在り続けられるようすることが、あやつらのためになると思っておったが……そうか……」

 自責するユエ子様。
 けれど、善はなにも言わなかった。
 きっと、彼は骨董守側の事情も察していたのだ。
 国の法に逆らうこともできず、貴重な刀を破壊することもできなかった当時の神蔵家に、悪意などなかったと分かっているから。

「……紫玄、貴方のことも見たわ」

 私は静かに続けた。

「善が神蔵家を去った日の記憶。古蘭も一緒だった」

 紫玄と古蘭が息を呑む。

「貴方は、善を最後まで信じてた。『師匠が羅煌様たちを壊すはずがない』って。『何か事情があるなら話してください』って、善に頼んでたわね」

 紫玄は俯きがちに頷いた。
 その横で、古蘭も唇をきゅっと結んでいる。

「……ええ。そんなやりとりも、確かにありました」

 紫玄が絞り出すように答えた。

「……でもね。一つだけ、分からなかったことがあるの」

 私は再び、格子の向こうにいる善へ向き直った。

「ねえ、善。羅煌は、アンタに『自分を止めるために討ったことにしろ』って言ったでしょう?」
「……あァ」
「だったら、どうしてそうしなかったの? 羅煌に言われたとおり、自分は同胞殺しを止めただけだと言えばよかったじゃない」

 そこだけが、唯一読み取れなかった。
 羅煌から言い訳を用意してもらっていたにもかかわらず、善はそれを一切使わなかった。
 破壊処分を受ける覚悟で、『三百を超える刀を破壊した大罪人』として振る舞った。

「紫玄にだってそうよ。最後までアンタを信じようとしてたのに、アンタはそれを振り切ってまで、悪人面を貫いた」

 追いかけてきた弟子を振り払う時、善は確かに苦しんでいた。
 なのに、弟子に自分を恨ませようとまでした。

「どうして、そうまでして真相を隠そうとしたの?」

 私は格子へ一歩近づいて、問いかけた。
 長い沈黙の末に善は、ふう……と深く息を吐いた。

「……お前さんにゃァちと理解しづらい感覚かもしれねェが、男ってのァ、女が思ってる以上に見栄っ張りな生き物なんだよ。まして武士ってのァ、死んでも恥を嫌う」
 
 善はそこで一度言葉を切り、苦く笑った。

「戦いで死ぬことを誉れとする奴らが、苦しんだ末に自壊を選んだんだぞ。そんなことを語り継がせたら、連中は死後も辱めを受けることになる。武士じゃねェ俺でも、それくらい察しはつくさ」 

 あっ……、と声にならない声が喉から漏れた。
  
「二十年も苦しんで、苦しみ抜いて死んだってのに、そんなのあんまりじゃねェか」

 色々と腑に落ちたと同時に、私の中に言いようのない切なさが込み上げた。
 ——この付喪神は、あまりにも仲間思いすぎたのだ。
 戦って朽ちるという名誉の死を迎えられず、苦しみの末に自害を選ぶ他なかった——刀たちの最期の尊厳を守ろうとしたのだ。

「……馬鹿ね、アンタは」
 
 情に厚い善(かれ)らしい真相。
 ……と思えば、確かにそうなのだけど。

「アンタを恨みたくなかった人だって、たくさんいたでしょうに」

 紫玄が必死に感情をこらえ、息を詰まらせているのが聞こえる。
 その傍らの古蘭が、ぐすんと鼻をすすっているのが聞こえる。
 ユエ子様は相変わらず険しい横顔のまま、唇を噛み締めている。

「カカ、そうだなァ」

 善は、三十年前のあの時とまったく同じ、乾いた笑みを浮かべた。
 やり場のない悲しみと、ぶつけどころのない怒りと、自嘲の入り交じった笑みだ。

「死んだ奴らの名誉ばっかり守って、生きてる奴らにゃ何も教えなかった。随分と独りよがりなこったよ。……紫玄は、最後まで俺を信じようとしてたのにな」

 善は格子越しに紫玄を見上げていた。
 紫玄は俯いたまま、拳を強く握りしめている。
 
「だから、お前さんは俺を憎んでいい。その憎しみを受ける義務が俺にァある」
「……っ! それがしは……っ!」

 紫玄は泣きそうな顔になりながら、必死に何かを伝えようとしていた。
 けれど、上手く言葉にできないのだろう。
 善はそれを見て、自嘲するような笑みを浮かべていた。

「なに見透かしたようなツラをしてるのよ」

 善の態度に腹が立って、私はつい口走ってしまった。
 善も、さらには紫玄も、私の言葉が予想外とでも言うように、目を丸くしていた。