いわくつきの骨董姫

「さすがは骨董姫。たった一日でそこまで辿り着くたァな」

 善は苦笑混じりに、ガシガシと頭を掻いている。

「アンタ、本当に物に愛されてんだな」

 善はやれやれとかぶりを振ると、ゆっくりと視線を落とし、覚悟を固めたように細い息を吐いた。

「今からちょうど五十年前に布かれた法は、何だか分かるかィ?」

 切り出しは唐突だった。
 私は少し戸惑いつつも、思考を巡らせる。
 五十年前――幕府時代が終わり、政治の実権が新政府に移って間もない頃。
 幕府時代に絶大な権力を持っていた武士たちが、ただの人となった時期。

「……『廃刀令』のこと?」
「あァ、そのとおりだ」

 善はお見事と言うように、口角を少し吊り上げる。
 廃刀令――武士の権威の象徴とも言える刀を封じた、新政府の法律だ。
 これによって、祭祀目的を除くすべての刀剣類の帯刀が認められなくなった。

「……まさか」

 そこまで考えて、私は察してしまった。

「神蔵家(ここ)の刀たちも、使われなくなったの……?」

 紫玄が「くっ」と奥歯を噛みしめている。
 ユエ子様は、何も言わずに目を伏せている。

「あァ。武士だけでなく、骨董守たちも、刀の使用は認められなかった。隠れて使おうとした当時の骨董守も、最後は全員逮捕されちまってな。神蔵家は刀の使用をやめざるを得なかったんだよ」

 神蔵家が管理していた多くの刀たちは、国家の権力によって封じられた。
 それは、骨董守全体の戦力が低下しただけでなく、刀の付喪神たちにも、致命的な傷を負わせたのだ。
 致命的(・・・)――文字どおり、彼らの生命が断たれてしまうほどの傷を。

「刀は折れることも錆びることも恐れない。主人を守って砕けることこそ本望、って考えの連中だ。だが、新政府はその誇りを丸ごと取り上げちまった」

 持ち主に捨てられたどころの話ではない。
 国そのものが、『もう刀は必要ない』と決めてしまった。
 使われたいのに、使われない――それは、道具たちにとって、耐えがたい生き地獄に他ならない。
 善は、私が刀たちの境遇を察したと見るや、ユエ子様に視線を向けた。

「ユエ子。珠希に煙管を渡してやってくれ」
「そなたの本体をか?」
「あァ。落武者に触れられたことで、羅煌の記憶が見えたなら、俺の記憶もそれで見えるはずだ」

 ユエ子様はしばらく善を見つめていた。
 けれど、他意はないと判断したのか、格子の外に置いてあった黒漆の箱に近づき、そこに張られていた札をピッと剥がした。

「物の声を聞くだけでなく、物に刻まれた記憶まで見るのか。『骨董姫』とは」

 ユエ子様は私のほうに振り返る。

「では――見通してもらおうか。三十年前、わらわたちが見落としたものを。煙羅が何を隠したのかを」

 そして、箱から取り出した煙管を、私に差し出した。
 紫玄が息を飲み、古蘭が胸元で両手を握りしめているのを一瞥してから、私は煙管を両手で受け取った。
 その瞬間、目眩のようなくらりとした感覚が私を襲った。

 *

「……煙の、か」

 神蔵家本邸から離れた道場で、激しい物音が聞こえた。
 俺が嫌な予感と共に駆けつけた時には、全てが遅かった。
 
「羅煌……お前、何やってんだよ……?」

 俺は道場の重い扉を開け放ったまま、その場に立ち尽くしていた。
 目の前には肩を落とした羅煌が立っていて、その手は赤黒い血で濡れていた。
 板張りの床には、折れて、砕けて、ひしゃげた刀——よく見知った仲間たちが、物言わぬ鉄屑となって散らばっていた。

「……お前、こいつらの頭(かしら)だろうが! なんで、みんな壊しちまって……」

 情けないほど声を震わせる俺に、羅煌は力なく笑いかけた。
 普段はにこりともしないこの堅物が笑っているのを見て、俺は心のどこかで察した。
 だからこそ、問わずにはいられなかった。
 俺が察した、言葉にならない何かを、否定してもらいたかったから。

「頭だからだ、煙の」

 羅煌はなおも笑みを浮かべながら答えた。

「こやつらは、ワシが責任もって浄土に送らねばならん。ゆえに、ワシの手で確実に壊した」

 否定は、してもらえなかった。
 どころか、ほとんど正解と言われているようなものだった。
 羅煌たちは、とうとう限界を迎えてしまったのだ。
 外身より先に、中身のほうが朽ち果ててしまった。

「ワシらはもう、存在している意味がない。存在する意義を見い出せんのだ」

 ただ蔵へしまわれ、時折手入れを施され、誰にも使われないまま二十年。
 それでも、最初の頃は刀たちもまだ笑っていた。
 またいつか、主を得て振るわれる日が来るだろう——と、羅煌も皆を励ましていた。
 けれど十年が過ぎ、十五年が過ぎる頃には、誰もそんなことを言わなくなった。

「戦いに生き、戦いに死ぬことこそ、ワシらの誉れ。されど今は、戦があっても抜かれることはない」
  
 いっそ鋳溶(いと)かされ、新たな道具へ生まれ変われたなら、彼らはどれだけ救われただろう。
 けれど、神蔵家は刀たちの保存を選んだ。
 俺はどうすることもできないまま、少しずつ壊れていく羅煌たちを、ただずっと見ているしかなかった。

「もはや錆びて朽ちることさえ許されぬ。——意義を失ったまま生きるこの有様を、地獄と言わずして何と言うのだ?」

 羅煌の言葉は、俺への恨み節のようにも聞こえた。
 そうではないと頭では分かっていても、責め立てられている気がしてならなかった。
 覇気の欠片も感じさせない声が、俺の喉をじわじわと焼いていく。

「羅煌……」

 すまなかった、と言おうとして、呑み込んだ。
 俺は神蔵家の決定を覆すことも、壊れていく羅煌たちを支えてやることもできなかった。
 彼らを見殺しにしたも同然なのに、自分だけ許しを得ようとしていることに、後ろめたくなったのだ。
 
「のう、煙の。天はなぜ、ワシらに心を授けたのだろうな」

 不意に、羅煌は俺に問いかけた。
 
「ワシらは道具なのに、血も涙もあったのだ。血も涙もなければ、どれほど楽だったのだろうな」

 羅煌の感じてきた苦悶が、俺の胸に突き刺さるようだった。
 同じ心を持った道具だからこそ、俺にはこの男の苦悶が分かってしまう。

「……まったくだ。お前の言うとおりだよ、羅煌」

 不思議と、笑いがこぼれた。
 羅煌と同じ、乾ききった笑いだった。

「こんなモンがなければ、俺もお前も、こんな苦労はしなかっただろうに」

 心がなければ、こいつらはただ人間の望みどおりに保存され、戦の時代の語り手となれただろう。
 俺も、壊れていく同胞を見殺しにするしかない罪悪感に、苦しまずに済んだ。
 
「「──心なんて、最初からなければよかった」」

 まったく同じ言葉が、羅煌と俺の口からこぼれた。
 羅煌は周辺に転がった刀の残骸をひと通り見やると、
 
「……皆、今までよう耐えたな」

 と労うように呟いた。
 そして、その場にどっかりと腰を下ろし、頭を垂れた。

「これで終わらせてくれ。おぬしは同胞殺しを止めるために、ワシを討った——そういうことにしておけば、おぬしまで処罰されることはあるまい」
「……」
「頼む。最後の一手だけは、おぬしにしか頼めんのだ」 
「……ひでえ奴だ。血も涙もあるって分かってる相手に頼むたァ」

 数分前の俺なら、全力で止めにかかっていたに違いない。
 けれど、俺はもう、拒めなかった。
 拒めなくされてしまった。
 だから、武士の真似事をするように、貫手を刀に見立てて構えた。 

「感謝する、同胞よ」
「……ああ。俺も、近いうちに逝くよ」

 羅煌を叩き折るのは、乾いた枝を叩き折るよりも容易かった。
 神蔵家最強と謳われた刀の最期は、あまりにも静かで、驚くほど呆気なかった。