いわくつきの骨董姫

「ぬおっ!?」
「ご、ごめんなさい、兄様っ!」

 視界が白んだかと思うと、私たちはお芋のようにごろごろと畳の上を転がっていた。
 古蘭と体がぶつかったのか、紫玄が呻いている。

「ここは……呉服屋さん?」

 私たちの周囲には、着物が掛けられた衣桁(いこう)や、整理整頓された着物の見世棚が並んでいた。
 背後には大きな姿見が一枚、静かに立っている。
 どうやら私たちはまとめて、閉店後の呉服屋に転移させられたようだった。

(人は、いないみたいね。よかった……)

 真っ暗な店内で、私は胸をホッと撫で下ろす。
 ここでうっかりお店の人に見つかろうものなら、不審者認定待ったなしだ。

「な、何だったんだ、今のは……!?」
「分かりません……白い腕のようなものに掴まれて、それから……」

 起き上がった紫玄と古蘭は、状況が飲み込めずに混乱していた。
 困惑しきりの二人に、

「あら、初めて見る武器だわ」

 と唐突に、可愛らしい少女の声が話しかける。
 二人は一斉に背後の姿見を振り返り、

「うわっ!?」
「きゃあ!?」

 と、同時に大きな声を上げた。
 当然だ――二人が見たのは、透き通るような青白い肌に、真っ白なワンピースをまとった、まさしく幽霊のような佇まいの少女だったのだから。
 古蘭なんて、叫んだ瞬間に飛び上がって、紫玄の背中に隠れていた。

「カタナ、ではないのね。棍棒にしては形が変だし……どうやって使うのかしら」

 興味深そうに紫玄の十手を眺めている少女、アリエッタに、私はいつもの調子で声をかける。

「ありがとう、アリエッタ。助かったわ」
「どういたしまして」

 アリエッタは少しだけ口元を緩めた。
 古蘭が、紫玄の陰からおそるおそる顔を覗かせる。

「つ、付喪神……? 外の国の方ですか……?」
「ええ、手鏡の付喪神よ。初めまして」

 アリエッタはスカートをつまみ上げ、ちょこんとお辞儀をした。
 それを聞いて、紫玄がパッと私のほうを振り返り、

「……ということは、鏡の中に付喪神を隠していたのですか!?」

 と素っ頓狂な声を上げる。
 私は肩を竦めつつ、悪戯っぽく笑って返した。

「あーあ。善を助ける切り札になるかもって、隠しておくつもりだったのに。バレちゃった」

 紫玄はしばらく黙っていたけれど、やがて静かに尋ねた。

「……それを、それがしたちのために使ったのですか? 隠し通せば、煙羅を救う切り札になったかもしれないのに」
「だって、神蔵家から貸し受けたとはいえ、今は私が貴方たちを使っているんですもの。貴方たちの安全のためなら、仕方ないわ」

 骨董守として二人を借りている以上、私は無事に調査を終わらせ、彼らを神蔵家にお返ししなければならない義務がある。
 私はいたって当然の返事をしたつもりだったけれど、古蘭と紫玄は、なぜかお互いに顔を見合わせていた。

「いっそユエ子様にアリエッタのこともバラして、戦力に加えたいってお願いするべきかしら。この子の転移を自由に使えれば、今後の調査も安心だし」
「珠希様。悪いのだけど」

 ぶつぶつ呟く私の服を、アリエッタがちょいちょいと引っ張る。

「三人同時に転移させるのは、結構霊力を使うのよ。一日にそう何度も使えないわ」

 アリエッタは姿見の縁を指先でなぞりながら言う。

「そう……じゃあ、さっきは無理をさせたのね。ごめんなさい」
「いいのよ。むしろ、ああいう時こそ使わなきゃ」

 とはいえ、いつでも自由に、と都合よく使えるものではない。
 それを知った古蘭が、不安そうに俯く。

「また襲撃されたら、今度こそ珠希様が危険に晒されてしまいます……」
「我らが二人揃っているというのに、不甲斐ない……」

 紫玄も悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
 決してこの二人が弱いわけではない——けれど、二人がかりでも、あの落武者は止められなかった。
 実力差は、誰の目にも明らかだった。

「……やはり、あの無駄のない動き、羅煌様のものだ」

 しばらく沈黙が流れたあと、紫玄がぽつりと呟く。

「分かるの?」
「はい。それに、あの落武者が被っていた鎧兜には、月の紋様が刻まれていました。生前の羅煌様がまとっていたものと同じです、間違いありません」

 迷いのない口調ながら、紫玄の表情は暗かった。
 まるで、認めたくない事実を目の当たりにしてしまったかのように。
 そんな彼を、傍らの古蘭も心配そうに見つめている。

「だとしたら、少し腑に落ちないわね」
「腑に落ちない……? どういうことですか、珠希様?」

 私の言葉に、二人が俯きがちだった顔を上げる。

「あの落武者が羅煌だというのなら、どうして私に向かって『我が主』なんて言ったのかしら」
「えっ!」
「そんな、それがしたちには、かの落武者が話しているようには見えませんでしたが……」

 やはり彼らの耳には届いていなかったらしい。
 けれど、私の耳にははっきり聞こえた。
 確かに、彼は私へ話しかけていたのだ。

「でも、私は刀剣類を持っていたことなんてないわ。三十年前に破壊された羅煌と、関わりがあるはずもないし」

 だとすれば——あの落武者は、私を誰かと間違えている……?
 考えれば考えるほど、新しい疑問ばかりが増えていく。
 
「でも、これは重要な手がかりですよ、珠希様。今日一日だけで、大収穫です!」

 沈んだ空気を元気づけるように、古蘭が拳を握って力説する。

「ええ。でも、謎も増えてしまったわね」

 主人を追い求める目的。
 私に向けられた、『我が主』という言葉。
 繋がらない部品がさらに増えてしまったようだった。
 ふと、私は顔を上げて、あることにようやく気づいた。

「……って、古蘭! 貴方、その髪……」
「え?」

 慌てる私を見て、古蘭はきょとんとしていた。

「あら、貴方。髪の毛が切られているわ。ほら、見てみて」

 古蘭はアリエッタに促されて姿見を見るなり、「ああ」とそれに気づいたようだった。
 古蘭の顔の横に垂れていた髪は、不自然なところでバッサリと切られ、見るも無惨な姿になっていた。

「もしかして、さっきの戦いで……」
「そうでしょうね、紙一重で太刀をかわしましたから。大丈夫です、髪しか切れていませんよ」
「髪しか、って……!」

 確かに、顔を傷つけられずに済んだのはよかったのかもしれない。
 とはいえ、可愛らしく揃えられていた髪が、不格好に切られているのを見たら、さすがに悲しいだろう。
 私だったらショックでしばらく呆然としているところだ。

「三倉殿はお気になさらず。戦いではよくあることです」
「アンタは妹をちゃんと心配しなさい!」

 思慮の欠片もない紫玄の発言に、私は思わず彼の肩を引っぱたいた。
 アリエッタも彼を軽く睨んでいたけれど、当人はなぜ怒られたのか分からなかったようで、目を丸くしていた。
 さらに――古蘭ですら、私たちが紫玄を叱りつけている理由が分からないらしい。
 二人揃って、大事と捉えていないようだ。

「いえ、なんでもないわ……今日はもう引き上げましょう」

 これは駄目だ、とため息を吐きつつ、私は立ち上がった。
 古蘭は「はい」と素直に頷き、紫玄も静かに私の後に続いた。