いわくつきの骨董姫

 翌日の昼下がり。
 私は調査のために、動きやすいワンピースに着替えて屋敷を出た。
 神蔵家の門を出ると、先に待っていた古蘭と紫玄が私に一礼する。
 
「本日はそれがしと古蘭が三倉殿をお守りいたします」
「よろしくね。……ところで、紫玄。私の大事な道具はいないのね?」 
「あの男には、討伐の時まで霊力を温存してもらわねばなりません」
「ふうん、そう……善の知恵も借りたかったのだけどね」

 私は不満を訴えるよう、あからさまにため息をつく。
 それを見た古蘭は、少し申し訳なさそうにしていたけれど、紫玄は表情ひとつ変えなかった。

(善がいないことが、こんなに心細いとはね……)

 二人には——特に古蘭には申し訳ないけれど、善は安心感が段違いだ。
 付喪神としての経験や知識も豊富だし、戦闘の勘も鋭い。
 そんな彼をそばに置いて使えないのは、なかなか大きな痛手だ。

「……ま、それなら後で意見を聞くことにしましょ。さて、行きましょうか」
 
 悔やんでもどうにもならないし、と気持ちを切り替え、私は歩き出した。

 *
 
 やって来たのは、落武者が目撃された帝都の一角——露店が集まる大通りだった。 
 午後の通りで、人々は談笑し合い、子供たちが無邪気に走り回っていた。
 夜になれば恐ろしい落武者が現れるなんて、何も知らない人は夢にも思わないだろう。
 
「さ、まずは聞き込みからしていきましょうか」
 
 私が明るい声を意識して言えば、

「……それは、必要なのでしょうか」
  
 と紫玄が眉をひそめた。
 私は立ち止まり、そんな彼を見上げた。
  
「どうしてそう思うの?」
「神蔵家で既に一通りの調査は終えております。目撃証言も被害状況も把握済みです。改めて聞き込みをする必要はないかと」
「それは神蔵家が調べた情報でしょう?」

 私も騒動の概要は資料で把握している。
 ただし、それはあくまで前情報としてとらえるべきで、これが全容だと言い切っていいものではない。
 
「私は、私が知りたいことを調べるの。そうしなければ、私が調査に加わった意味がないわ」
「しかし、貴方は物の声を聞くのですから、そういった調査を優先するべきでは……」
「大丈夫よ。物にはいつでも聞けるし、向こうから勝手に喋ってくれることも多いから」
 
 紫玄はとりあえず黙ることにしたようだ。
 けれど、表情からして明らかに腑に落ちていない様子だった。
 
「人が話す内容って、時と場合で変わってくるものよ。同じ質問でも、私が聞けば違う答えが返ってくることもあるしね」

 そう言って、私は微笑んだ。
 意見がぶつかった時こそ、不満ではなく笑顔を見せる——これも、遊郭で身につけた私なりの戦法だ。 
 紫玄はしばらく私を見つめていたけれど、やがて静かに息を吐いた。
 
「……承知しました」
「ありがとう。じゃあ、まずはあそこのお団子屋さんから行きましょうか」

 聞き込みの基本は、街で一番情報が集まる場所から始める。
 人が集まるところには、お喋りも自ずと集まるものだ。

 *

 それからざっと二時間ほど。
 団子屋を皮切りに、露店の主人や商家の番頭、井戸端で洗濯をするご婦人や、赤ちゃんをあやしていた子供たちまで、私たちは手当たり次第に話を聞いて回った。
 けれど返ってくる内容は、神蔵家が掴んでいた情報を裏付けるものばかり。
 新しい情報はなかなか手に入らなかった。
 
「やはり、聞き込みは徒労では」
「まだ決めつけるには早いわ」
 
 私は不満を堪えているのであろう紫玄を引き回しつつ、店先に立っていた乾物屋の老夫婦へ声を掛けた。

「ごめんください。お忙しいところすみませんが、少しお話を伺っても?」
 
 老夫婦は「はいはい、なんでしょう」と人のよさそうな笑顔で、私に近づいてくる。

「最近、このへんでなにか変わったことが起きていないか、尋ねて回っているのですけど」
「おや、お嬢さんも落武者について調べてるんですかい?」
「まあ、そんなところです。でも、落武者に関係ないことでも、どんな些細なことでも構いません。なにかいつもと違うと感じたこと、ございませんでしたか?」
「うーん、落武者以外で気になること……」

 とはいえ、ここまで似たような情報しか集まっていなかったから、ここでも同じ類いの話がされるのだろう。
 ……と思っていたけれど。
 
「ああ! そういや昨日の晩、窓を開けて煙草を吸ってたら、変な声が聞こえたなぁ」

 ご店主の何気ない呟きに、私は思わず上擦った声で反応した。

「どんな声でした?」
「男の声だったかねえ。『なんたらはどこだ〜』とか、探し物をしているような……」
 
 すると、隣のご婦人も思い出したように「ああ!」と手を打つ。
 
「そうそう、うちの娘も先週言うとりましたよ。夜道を歩いてたら、『ナニナニはどこだ〜』って、何かを探しているような台詞が聞こえたって」
 
 私は紫玄を見る。
 紫玄は僅かに目を見開いていた。
 
「……その証言は」
「神蔵家には届いていないようね」
 
 私がそう言うと、紫玄は真剣な顔で老夫婦へ向き直る。
 
「失礼ですが、奥様。娘さんにも、その話を詳しく聞かせていただいても?」

 *
 
 乾物屋周辺での聞き込みを終えた頃には、既に日が傾いていた。
 落武者の出没時間も近いし、うっかり鉢合わせないよう、気を張りながら橙色の通りを歩く。
 隣では、古蘭が感心したような、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。
 
「お見事です、珠希様。神蔵家でも掴めなかった情報を、一日目で掴むなんて……!」
「運が良かっただけよ」

 それに、人は相手によって話すことが変わるものだ。
 あの老夫婦にしても、神蔵家に聞かれた時は思い当たらなかっただけなのだろう。
 ふっと思い出すきっかけが、たまたま私との会話にあっただけなのだ。
 そんな話をしながら歩いていると、店じまいをはじめた露店で、ある物が私の目に留まった。
 
「あら、綺麗」

 硝子の彫刻のように輝く、昔ながらの飴細工の串。
 兎に金魚、蝶と、ちょうど三本残っているようだ。
 
「すみません。その飴三本、すべていただけます?」
「はいよ、ありがとさん」
 
 代金を払い、受け取った飴を二人へ差し出す。
 
「はい、古蘭」
「え……?」
「紫玄も」
「いえ、それがしは結構です」

 古蘭は私が差し出した飴を見てきょとんとしており、紫玄はきっぱりと断ってくる。
 二人とも、やはり人間側から何かを与えられることに慣れていないようだ。
 私は小さくため息をつく。
 
「私が三本とも独り占めしたって、食べきれないわよ。飴が苦手なら、無理に受け取れとは言わないけど」
 
 二人は戸惑ったように顔を見合わせてから、結局、遠慮がちに受け取る。
 古蘭は蝶の飴細工を、壊れ物でも扱うようにそっとつついたり、あらゆる角度から眺めていた。
 
「まあ、綺麗ですね……」
「食べ物だから、溶ける前に食べた方がいいわよ」
「は、はい」
 
 古蘭は恐る恐る口へ運んだ。
 ぱり、と薄い飴が割れる音が鳴る。

「甘い……! それに、この飴が薄くかかったところ、歯触りがパリパリして、口の中で溶けて……面白いですっ!」

 飴細工も食べたことがなかったらしい。 
 ぱっと明るい表情で、古蘭はもう一度飴にかぷ、と齧り付いていた。
 その横で紫玄は、まだ手の中の飴を見つめたまま動かない。
 
「紫玄は食べないの?」
「……後でいただきます」
 
 そう言いながらも、彼はどこか落ち着かない様子で飴を眺め続けていた。
 飴細工を片手に歩きつつ、私は
 
「ところで、一つ気になっていたのだけど」

 と尋ねる。
 飴細工を口でちうちう転がしていた古蘭が、「はい?」と応じた。
 
「貴方たちって、もしかして兄妹なの?」
 
 すると、またしても二人は顔を見合わせ、同じように目を丸くした。

「……私、何か変なこと言っちゃった?」
「い、いえ……その……ずばり当てられるとは思わず……」

 やっぱりだ。
 この二人、顔立ちも立ち振る舞いも、真面目な性格も、やたらと似ている気がしたのだ。
 けれど、付喪神は物だから、本当に血の繋がりがあるわけではない。
 
「ということは……貴方たちを作った職人同士が血縁だったとか?」
「いえ。私たちは、初代持ち主様がご兄妹なのです」
 
 それを聞いて、私はすぐに腑に落ちた。
 
「じゃあ持ち主は役人のお兄さんと、その妹と言ったところかしら? 少なくとも、お武家さんのお生まれよね。それに、そんな立派な鉄扇を持てるくらいの女性となると、そこそこ身分の高いお家柄だったんじゃないかしら」

 私が推測を並べると、古蘭は驚いた様子ながらも、目をキラキラ輝かせていた。
  
「す、すごい……! よくぞそこまで……!」
「古蘭」
 
 お行儀よくはしゃぎだす古蘭に釘を刺すよう、紫玄の低い声が飛ぶ。

「むやみにこちらの情報を明かすな」
「あ……も、申し訳ありません……」
 
 兄に諌められ、古蘭は見る見る肩を落としていった。
 しょんぼりと項垂れる彼女が、叱られた子供のように見える。
 
「あらあら、厳しいお兄様だこと。淑女の楽しいお喋りに水を差すなんて。そんなに不愉快だった?」
 
 紫玄は「いえ」と否定しつつも、刺すような鋭い目線で私を見る。
 
「ですが、こうも言い当てられすぎては、あまりいい気分ではありません」
「ふふ、ごめんなさいね。職業病がつい」
「職業病?」
 
 紫玄が眉をひそめる。
 
「いえね、遊女をしていた頃の癖なのよ。お客さんのことを把握していくのは、接待の基本だから」
 
 何気ない会話から、身分や境遇、価値観を引き出し、それに合わせた接待をする。
 それは、あの閉ざされた世界で生き抜くために覚えた技術だった。
 
「安心して。引き出した情報を誰彼構わず喋ったりはしないわ。もしそこを間違えたら、私の信用にかかわるもの」
「……その言葉、信じましょう」

 紫玄は少しだけため息を零していた。
 それが安心からなのか、それとも違う要因なのか、私には判別できなかった。