少女は濡羽色の髪を団子に結い上げ、すらりとした体躯に、動きやすそうな裾の短い着物を纏っている。
どこか舞を舞う踊り手を思わせる装いで、背筋は竹のようにまっすぐ伸び、腰には一本の鉄扇を差していた。
彼女は室内の畳へ膝をつくと、私に向かって深々と頭を下げた。
「鉄扇の付喪神、古蘭と申します。本日より三倉様の護衛を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとう」
古蘭は姿勢を崩さないまま、小さく頷く。
真面目な性格なのだろう。
どこか紫玄と似た堅さを感じる。
私は苦笑しながら口を開いた。
「古蘭。私のことは、珠希で結構よ」
すると、古蘭の表情がぴきんと固まった。
「えっ?」
「三倉様なんて、少し堅苦しいでしょう?」
「い、いえ……! 三倉家のご当主様を、そのように馴れ馴れしくお呼びするなど、とても……!」
「貴方は私の護衛をしてくれるんでしょう? なら、少しでも気軽に話せたほうが、お互いに仕事もしやすいと思うの」
古蘭は返事に困っているようだった。
神蔵家でこんなことを言われた経験はないのだろう。
彼女はしばらく視線をさまよわせていたけれど、やがてほんのりと頬を染めながら、おずおずと口を開いた。
「……で、では……珠希様、と……」
「ええ。それで十分よ」
私が微笑みかけると、古蘭もようやく安心したように、小さく笑みを浮かべた。
「さて……少し喉が渇いてしまったわね。お茶でも淹れましょうか。ええと、湯のみは……」
「あっ……!」
私は立ち上がり、部屋を見回す。
すると、しまった、というように古蘭が小さく声を上げた。
「気が利かず、申し訳ございません。ただいまお持ちいたしますので、どうかそのままお待ちください」
「え? あ……」
私が返事をする前に、古蘭は足早に廊下へ出ていく。
ほどなくして、彼女は女中を伴って戻ってきた。
女中が持つお盆の中には、鉄器の黒い急須と湯のみがある。
「あ……ありがとう」
と、思わず戸惑いが声に表れてしまう。
私にとって、お茶は自分で淹れるものだから、誰かに用意してもらうという発想そのものがなかった。
善も、私がお茶を淹れるのが好きだとわかっているから、いつも任せてくれているし。
(でも、私も三倉家を乗っ取られる前は、お手伝いさんに淹れてもらってたっけ……)
そんな記憶も、もう遠い昔のように感じられた。
淹れたてのお茶が入った湯のみを、静かに口元へ運ぶ。
「あら……このお茶、とても美味しいわ。有名なお茶元さんのお茶かしら?」
ひとくち飲んだだけで分かる——このふくよかな香りと、まろやかな甘み。
雑な渋味は一切なく、舌に残る余韻まで心地いい。
「それにこの湯のみも……名のある窯元のお品ね」
指先へ伝わる土の感触や、釉薬の色合い。
そして、かすかに耳を打つ、誇らしげな湯のみの声。
――長い年月、大切に使われてきた品のようだ。
古蘭は少し目を丸くした。
「さすがでございます。こちらは錦花郷の老舗より取り寄せた茶葉です。湯のみは、ユエ子様も長年愛用している窯元の品でございまして」
「なるほどねえ」
こうした日用品一つにも一切妥協がないのは、さすが神蔵家だ。
私はお茶を飲み終え、空になった湯のみをそっと盆へ戻す。
そして、その湯のみをじっと観察する。
「……あら?」
「……どうかなさいましたか、珠希様?」
湯のみをじっと見下ろし、首を傾げる私を、古蘭が不思議そうな目で見る。
「ここの湯のみって、ずいぶん大人しいのね。手を離れても、動き出さないわ」
「……はい? ええと……湯のみが、動き出す……とは?」
「え? 神蔵家には、モノダマはいないの?」
「……ああ! モノダマでございますか」
古蘭は目をぱちぱちさせていたけれど、モノダマと聞いて納得したように頷く。
「あれは強い霊力に満ちた、特殊な環境でしか発生しないのです。神蔵家も幕府時代にはモノダマがいたそうですが、ここ五十年ほどはとんと見かけておらず……」
「そ、そうなの……」
私は少なからず衝撃を受けた。
私にとって、モノダマはいて当たり前の存在だ。
朝になれば急須が伸びをし、閉店後には箒が勝手に掃除を始め、壱丸がその後ろを楽しそうに駆け回る。
もちろん、それが善の霊力のおかげで起きた現象だとは、分かっているけれど。
(神蔵家の土地も、昔ほど霊力に満ちていないということかしら……)
付喪神全体が弱体化している、という善の指摘が、改めて胸にのしかかってくるようだった。
*
夜も更けた頃——古蘭に案内され、私は離れの湯殿へ向かった。
肩までお湯に浸かると、全身からふっと力が抜けていく。
完全に気は抜けないけれど、お風呂に入っている時くらいはしっかり休まないと。
私は湯気をぼんやり眺めながら、今日一日を振り返った。
(同じ骨董守なのに、全然考え方が違うな……)
私は物心ついた時から、物と交流しながら過ごしてきたので、付喪神は家族や友人に近い。
両親も私の価値観を否定しなかったから、私はそれが当然だと思っていた。
けれど、神蔵家では、人間と付喪神は明確に区別されている。
(まあ、付喪神たちに不満はないみたいだから、私が口出しすることではないけど)
付喪神自身も、自らが道具であることに誇りを持ち、その役割を受け入れている。
だから、人間と同じように扱うことだけが正しいとは、私も思わない。
むしろ、骨董守としては神蔵家のほうが一般的で、異端なのは私のほうなのだろう。
(でも……)
私は静かに目を閉じる。
(やっぱり、古蘭と一緒にご飯を食べられないのは、寂しかったな)
*
時を少し遡って、夕刻——私のお部屋の中に、夕餉が一膳、運び込まれた。
そう、一膳だけだ。
「……古蘭。貴方の分は?」
そばで正座していた古蘭は、きょとんと目を丸くしつつも答えた。
「付喪神は基本的に食事を必要といたしませんので、ご心配には及びません」
「そうなの?」
「はい。霊力さえあれば、活動に支障はございません」
「ふうん」
私は箸を持ったまま、お膳をじっと見つめていた。
ふっくらと炊き上がった白米に、具沢山の汁物。
お魚の煮付け、おひたしにお新香。
少しお高めの食堂で出てきそうで、どれから箸をつけようか迷うくらい美味しそうだ。
「食べたいなって思ったりはしないの?」
「それは……」
古蘭は少し考えてから答えた。
「食の嗜好そのものはございます。ですが、人間で言う食欲とは異なりますので、『食べたい』というよりは、『味わってみたい』のほうが近いでしょうか。もちろん、そちらのお膳はすべて珠希様のものですから、私のことはどうかお気になさらず」
善や壱丸は当たり前のように食べてたけどねえ……と、我が家の食事風景を思い出す。
二人とも、ごく自然に私と同じ食卓を囲んで、周りではモノダマたちが楽しそうに働いて。
アリエッタは一人のほうが好きなようで、めったに混ざってこないけれど。
「……一人で食べるのも、なんだか落ち着かないわね」
「申し訳ございません」
「別に謝らなくていいのよ」
けれど、監視役も兼ねているから仕方がないとはいえ、古蘭の視線が気になって食事どころではない。
人に見つめられながらご飯を食べるこの気まずさ……なんとかしたいものだ。
私はふと思いついた。
「ねえ、古蘭。貴方、舞でも披露してくれない?」
「……えっ?」
古蘭が見事に固まる。
私は彼女の装いへ視線を向けた。
「その服、舞姫の衣装みたいだなと思ったのよね。もしかして踊れるのかしらって、気になったの。それとも、好みで着ているだけ?」
「い、いえ……! あの、舞やお筝は、教養として修めておりますので……」
そうは言いつつ、古蘭は耳まで真っ赤になっていた。
彼女の肩が、もじもじと落ち着かなげに上下している。
「難しいなら強要しないわ。思いつきで言ってみただけだし」
「い、いえ、ご命令とあらば……」
私の唐突なお願いを、古蘭は命令ととらえたようだった。
彼女は覚悟を決めたように大きく息を吸って、静かに立ち上がった。
「稚拙なものですが、それでもよろしければ」
と前置きをして、古蘭は腰にあった鉄扇を手に、舞を披露し始めた。
舞が始まってすぐに、彼女の言葉が謙遜に過ぎなかったことを、私は悟った。
(……なにこれ。下手な遊女よりも上手じゃない)
私は遊女として舞を覚えたし、他の遊女の舞も幾度となく見てきた。
だからこそ、古蘭の舞が別格であることはすぐに分かった。
鉄製の扇が、蝶の羽のようなしなやかさで翻る。
あどけない顔立ちなのに、視線は艶やかで、瞬き一つにも色香が漂う。
相当な鍛錬を積まなければ辿り着けない境地。
その妙技に、私は目を奪われていた。
舞が終わると、私は自然と拍手を送っていた。
「とても綺麗だったわ」
「そ、そんな……私の舞などまだまだで……」
「そんなことないわ。だって、ご飯も忘れて見惚れてしまったもの。素晴らしいものを見せてくれてありがとう」
私が惜しみない賛辞を送ると、古蘭は照れたように目を伏せ、それから嬉しそうに微笑んだ。
*
(……あの子は、何が好きなのかしら)
お湯の中で膝を抱えながら考える。
甘いお菓子、美味しいお茶、綺麗な簪、舞に合わせた帯。
……調査で町へ出る機会があれば、古蘭に何か贈ってあげるのもいいかもしれない。
もちろん、彼女が監視役でもある以上、気を許しすぎるべきではないのだろう。
それでも私は、もう少し彼女のことを知ってみたいと思った。
「……そろそろ上がりましょうか」
私は湯船から静かに立ち上がって、ふと、窓から見えた月を見つめた。
(善は今頃、何をしているのかしら。嫌なことをされてなければいいけど……)
どこか舞を舞う踊り手を思わせる装いで、背筋は竹のようにまっすぐ伸び、腰には一本の鉄扇を差していた。
彼女は室内の畳へ膝をつくと、私に向かって深々と頭を下げた。
「鉄扇の付喪神、古蘭と申します。本日より三倉様の護衛を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとう」
古蘭は姿勢を崩さないまま、小さく頷く。
真面目な性格なのだろう。
どこか紫玄と似た堅さを感じる。
私は苦笑しながら口を開いた。
「古蘭。私のことは、珠希で結構よ」
すると、古蘭の表情がぴきんと固まった。
「えっ?」
「三倉様なんて、少し堅苦しいでしょう?」
「い、いえ……! 三倉家のご当主様を、そのように馴れ馴れしくお呼びするなど、とても……!」
「貴方は私の護衛をしてくれるんでしょう? なら、少しでも気軽に話せたほうが、お互いに仕事もしやすいと思うの」
古蘭は返事に困っているようだった。
神蔵家でこんなことを言われた経験はないのだろう。
彼女はしばらく視線をさまよわせていたけれど、やがてほんのりと頬を染めながら、おずおずと口を開いた。
「……で、では……珠希様、と……」
「ええ。それで十分よ」
私が微笑みかけると、古蘭もようやく安心したように、小さく笑みを浮かべた。
「さて……少し喉が渇いてしまったわね。お茶でも淹れましょうか。ええと、湯のみは……」
「あっ……!」
私は立ち上がり、部屋を見回す。
すると、しまった、というように古蘭が小さく声を上げた。
「気が利かず、申し訳ございません。ただいまお持ちいたしますので、どうかそのままお待ちください」
「え? あ……」
私が返事をする前に、古蘭は足早に廊下へ出ていく。
ほどなくして、彼女は女中を伴って戻ってきた。
女中が持つお盆の中には、鉄器の黒い急須と湯のみがある。
「あ……ありがとう」
と、思わず戸惑いが声に表れてしまう。
私にとって、お茶は自分で淹れるものだから、誰かに用意してもらうという発想そのものがなかった。
善も、私がお茶を淹れるのが好きだとわかっているから、いつも任せてくれているし。
(でも、私も三倉家を乗っ取られる前は、お手伝いさんに淹れてもらってたっけ……)
そんな記憶も、もう遠い昔のように感じられた。
淹れたてのお茶が入った湯のみを、静かに口元へ運ぶ。
「あら……このお茶、とても美味しいわ。有名なお茶元さんのお茶かしら?」
ひとくち飲んだだけで分かる——このふくよかな香りと、まろやかな甘み。
雑な渋味は一切なく、舌に残る余韻まで心地いい。
「それにこの湯のみも……名のある窯元のお品ね」
指先へ伝わる土の感触や、釉薬の色合い。
そして、かすかに耳を打つ、誇らしげな湯のみの声。
――長い年月、大切に使われてきた品のようだ。
古蘭は少し目を丸くした。
「さすがでございます。こちらは錦花郷の老舗より取り寄せた茶葉です。湯のみは、ユエ子様も長年愛用している窯元の品でございまして」
「なるほどねえ」
こうした日用品一つにも一切妥協がないのは、さすが神蔵家だ。
私はお茶を飲み終え、空になった湯のみをそっと盆へ戻す。
そして、その湯のみをじっと観察する。
「……あら?」
「……どうかなさいましたか、珠希様?」
湯のみをじっと見下ろし、首を傾げる私を、古蘭が不思議そうな目で見る。
「ここの湯のみって、ずいぶん大人しいのね。手を離れても、動き出さないわ」
「……はい? ええと……湯のみが、動き出す……とは?」
「え? 神蔵家には、モノダマはいないの?」
「……ああ! モノダマでございますか」
古蘭は目をぱちぱちさせていたけれど、モノダマと聞いて納得したように頷く。
「あれは強い霊力に満ちた、特殊な環境でしか発生しないのです。神蔵家も幕府時代にはモノダマがいたそうですが、ここ五十年ほどはとんと見かけておらず……」
「そ、そうなの……」
私は少なからず衝撃を受けた。
私にとって、モノダマはいて当たり前の存在だ。
朝になれば急須が伸びをし、閉店後には箒が勝手に掃除を始め、壱丸がその後ろを楽しそうに駆け回る。
もちろん、それが善の霊力のおかげで起きた現象だとは、分かっているけれど。
(神蔵家の土地も、昔ほど霊力に満ちていないということかしら……)
付喪神全体が弱体化している、という善の指摘が、改めて胸にのしかかってくるようだった。
*
夜も更けた頃——古蘭に案内され、私は離れの湯殿へ向かった。
肩までお湯に浸かると、全身からふっと力が抜けていく。
完全に気は抜けないけれど、お風呂に入っている時くらいはしっかり休まないと。
私は湯気をぼんやり眺めながら、今日一日を振り返った。
(同じ骨董守なのに、全然考え方が違うな……)
私は物心ついた時から、物と交流しながら過ごしてきたので、付喪神は家族や友人に近い。
両親も私の価値観を否定しなかったから、私はそれが当然だと思っていた。
けれど、神蔵家では、人間と付喪神は明確に区別されている。
(まあ、付喪神たちに不満はないみたいだから、私が口出しすることではないけど)
付喪神自身も、自らが道具であることに誇りを持ち、その役割を受け入れている。
だから、人間と同じように扱うことだけが正しいとは、私も思わない。
むしろ、骨董守としては神蔵家のほうが一般的で、異端なのは私のほうなのだろう。
(でも……)
私は静かに目を閉じる。
(やっぱり、古蘭と一緒にご飯を食べられないのは、寂しかったな)
*
時を少し遡って、夕刻——私のお部屋の中に、夕餉が一膳、運び込まれた。
そう、一膳だけだ。
「……古蘭。貴方の分は?」
そばで正座していた古蘭は、きょとんと目を丸くしつつも答えた。
「付喪神は基本的に食事を必要といたしませんので、ご心配には及びません」
「そうなの?」
「はい。霊力さえあれば、活動に支障はございません」
「ふうん」
私は箸を持ったまま、お膳をじっと見つめていた。
ふっくらと炊き上がった白米に、具沢山の汁物。
お魚の煮付け、おひたしにお新香。
少しお高めの食堂で出てきそうで、どれから箸をつけようか迷うくらい美味しそうだ。
「食べたいなって思ったりはしないの?」
「それは……」
古蘭は少し考えてから答えた。
「食の嗜好そのものはございます。ですが、人間で言う食欲とは異なりますので、『食べたい』というよりは、『味わってみたい』のほうが近いでしょうか。もちろん、そちらのお膳はすべて珠希様のものですから、私のことはどうかお気になさらず」
善や壱丸は当たり前のように食べてたけどねえ……と、我が家の食事風景を思い出す。
二人とも、ごく自然に私と同じ食卓を囲んで、周りではモノダマたちが楽しそうに働いて。
アリエッタは一人のほうが好きなようで、めったに混ざってこないけれど。
「……一人で食べるのも、なんだか落ち着かないわね」
「申し訳ございません」
「別に謝らなくていいのよ」
けれど、監視役も兼ねているから仕方がないとはいえ、古蘭の視線が気になって食事どころではない。
人に見つめられながらご飯を食べるこの気まずさ……なんとかしたいものだ。
私はふと思いついた。
「ねえ、古蘭。貴方、舞でも披露してくれない?」
「……えっ?」
古蘭が見事に固まる。
私は彼女の装いへ視線を向けた。
「その服、舞姫の衣装みたいだなと思ったのよね。もしかして踊れるのかしらって、気になったの。それとも、好みで着ているだけ?」
「い、いえ……! あの、舞やお筝は、教養として修めておりますので……」
そうは言いつつ、古蘭は耳まで真っ赤になっていた。
彼女の肩が、もじもじと落ち着かなげに上下している。
「難しいなら強要しないわ。思いつきで言ってみただけだし」
「い、いえ、ご命令とあらば……」
私の唐突なお願いを、古蘭は命令ととらえたようだった。
彼女は覚悟を決めたように大きく息を吸って、静かに立ち上がった。
「稚拙なものですが、それでもよろしければ」
と前置きをして、古蘭は腰にあった鉄扇を手に、舞を披露し始めた。
舞が始まってすぐに、彼女の言葉が謙遜に過ぎなかったことを、私は悟った。
(……なにこれ。下手な遊女よりも上手じゃない)
私は遊女として舞を覚えたし、他の遊女の舞も幾度となく見てきた。
だからこそ、古蘭の舞が別格であることはすぐに分かった。
鉄製の扇が、蝶の羽のようなしなやかさで翻る。
あどけない顔立ちなのに、視線は艶やかで、瞬き一つにも色香が漂う。
相当な鍛錬を積まなければ辿り着けない境地。
その妙技に、私は目を奪われていた。
舞が終わると、私は自然と拍手を送っていた。
「とても綺麗だったわ」
「そ、そんな……私の舞などまだまだで……」
「そんなことないわ。だって、ご飯も忘れて見惚れてしまったもの。素晴らしいものを見せてくれてありがとう」
私が惜しみない賛辞を送ると、古蘭は照れたように目を伏せ、それから嬉しそうに微笑んだ。
*
(……あの子は、何が好きなのかしら)
お湯の中で膝を抱えながら考える。
甘いお菓子、美味しいお茶、綺麗な簪、舞に合わせた帯。
……調査で町へ出る機会があれば、古蘭に何か贈ってあげるのもいいかもしれない。
もちろん、彼女が監視役でもある以上、気を許しすぎるべきではないのだろう。
それでも私は、もう少し彼女のことを知ってみたいと思った。
「……そろそろ上がりましょうか」
私は湯船から静かに立ち上がって、ふと、窓から見えた月を見つめた。
(善は今頃、何をしているのかしら。嫌なことをされてなければいいけど……)

