いわくつきの骨董姫

 会合が終わると、善は二人の骨董守に連れられ、本邸の奥へと歩き出した。
 
「善」
「ン? なんだィ、お姫さん?」
 
 拘束されたまま振り返った善は、いつものような軽薄そうな笑顔をしていた。
 けれど、その灰色の瞳に宿る警戒だけは消えていない。
 私は彼に、命じるように告げた。
 
「必ず、また会いましょう」 
「あァ」
 
 善はそれだけ返して、骨董守たちに連れられていった。
 
「こちらです。東の離れまで、ご案内いたします」
 
 紫玄が私を促す。
 私は静かに頷き、その後ろへ続いた。

 *

 神蔵家のお屋敷は本当に広々としている。
 廊下を歩く間、何度も人とすれ違い、その度に視線を浴びた。
 私が三倉家の当主だからか、『煙羅』を伴って現れた女だからか——そのどちらでもあるのだろうけれど、居心地が悪いったらない。
 
「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 すると、しばらく無言のまま歩いていた紫玄が、不意に口を開いた。

「貴方様は、なぜああまで煙羅を庇われるのです」
 
 私は紫玄の背中を見つめたまま答える。
 
「私には持ち主として、彼をできる限り守る義務があるから」

 と、一応はそう言っておく。
 けれど、本当は持ち主としての義務以前に、私自身が善を守りたいと思っている。
 神蔵家にとっては、どれだけ忌々しい存在だったとしても……私にとっては、誰よりも私を大事にしてくれる道具。
 それが、私の善だ。

「……とはいえ、貴方たちが知っている善を、私は知らない。神蔵家にいた頃の彼も、彼が起こしたという事件のことも」
「ならば、それがしがお教えしましょう」

 紫玄は歩き続けながらも、はっきりとした声で言った。
 まるで、よく聞きなさいと親が子供に言い聞かせる時のように。
 
「当時、神蔵家には『双羅(そうら)』と呼ばれる二人の付喪神がおりました。一人は喧嘩煙管の付喪神・煙羅。もう一人は刀の付喪神たちを束ねていた、羅煌(らごう)様というお方です」

 私は黙って耳を傾ける。
 
「あの二人がいる限り、神蔵家に(かげ)りはないと言われておりました。しかし、普段の彼らは犬猿の仲でもあったのです。庶民の護身具である喧嘩煙管と、武士の力の象徴たる刀——根本的に価値観が異なる者同士でしたから」

 そういえば、と私は思い出す。
 善の初代持ち主は血の気の多い鳶職の若者で、武士と争った末に斬り殺されたのだ、と彼は語っていた。
 付喪神の人格は、特に初代持ち主の影響が大きく関わるらしい。
 権力を笠に着た武士と、抑圧されていた庶民——確かに、その道具同士の折り合いが悪いのも頷ける。

「とはいえ、戦場に立てば無類の強さを誇る二人。喧嘩も口で言い争う程度でしたし、それがしを含めた周囲も『また始まったか』と特に心配はしておりませんでした。……ですが」 

 紫玄はここで言葉を少し詰まらせ、ふー……と細く息を吐いてから続けた。

「ですがある夜、あの男は——煙羅は、越えてはならない一線を越えた。諍いの末に、羅煌様と刀たちを破壊したのです。奴は全く悪びれずに……『腹が立ったから、みんな壊してしまった』と、笑って言いました。いつものように」

 紫玄が歯を食いしばる音が聞こえる。

「まるで、大したことではないと言わんばかりに」
 
 長い廊下に、再び沈黙が落ちた。
 私は何も口を挟まなかった。
 今はまだ、この人の話を最後まで聞こうと思ったからだ。
 やがて、小さく息を吐いた彼は、ぽつりと続けた。
 
「本来は破壊処分と判断されてもおかしくない行為ですが、あの男には長年の功績がありました。それによって情状酌量となり、追放処分となりました」

 静かに吐き出すその声には、先ほどまでの怒りとは違う、失望の色が滲んでいた。
 
「けれど、それがしはもう、あの男を師とは思いません。たとえどれほど強くとも、仲間を手にかけ、それを笑って済ませる者に、敬意を払うことはできませんから」
 
 ちょうどその時、紫玄の足が止まる。
 
「着きました。こちらが貴方様に過ごしていただくお部屋になります」
 
 案内された先は、手入れの行き届いた庭に面した、静かな一室。
 一人で過ごすには、少し広すぎるような気もした。
 私を部屋に通すと、紫玄は中に入らず、廊下で膝をついたまま頭を下げた。

「後ほど、この離れの護衛を務める者がご挨拶に参ります。調査の間は、その者が三倉様のお側につくことになりますので」
「ええ、分かったわ」
 
 私は静かに頷いた。
 紫玄は一礼して立ち上がると、踵を返そうとする。 
 私が「紫玄」と声をかけると、彼は足を止めた。
 
「話してくれてありがとう」
 
 お礼を言った私に、紫玄は目を見開いた。
 動揺を悟られないように振舞っていたから、『なんだこの人は』とでも思われたのかもしれない。
 彼はやがて、小さく会釈を返して、
 
「……失礼いたします」
 
 と、そのまま部屋を去っていった。
 彼の足音が廊下の向こうに消えた頃、私はふう、と喉に詰まっていたものを押し出すように、息を吐いた。

(『腹が立って、みんな壊してしまった』か……これほど彼らしくない言葉もないわね)

 紫玄の声で浮かび上がる、かつての善が言ったという台詞。
 けれど、私はどうにも引っかかって仕方がなかった。
 確かに、善は短気で喧嘩好きだし、暴れればとんでもない強さを発揮する。
 けれど、彼は一時の怒りに任せて、越えてはならない一線を踏み越えるほど愚かな人ではない。
 これまでの彼の言動を見ていれば、そんなことはすぐにわかった。
 
(……でも、三十年前の善は、激情家だったのかしら。今は性格が丸くなっているのかもしれないし)
 
 刀を壊したこと自体は、彼も否定しなかったから事実なのだろう。
 けれど、彼がそうするに至った経緯や理由については、もう少し探りを入れてみる必要がありそうだ。
 私は座布団に腰を下ろし、懐から丸い漆塗りの手鏡を取り出した。
 
「アリエッタ。聞こえる?」
 
 鏡面に向かって声をかけると、鏡に映った私の顔が、水面のようにゆらゆらと揺れる。
 やがて、銀色の波紋が広がっていた鏡の中に、見慣れた骨董店の景色が映し出された。
 
《聞こえてるわ、珠希様》
 
 漆の枠の向こうから、ちょこんとこちらに顔を見せるのは、錦花郷に置いてきたアリエッタだった。
 
《ずいぶん大変なことになったみたいね?》
「まったくだわ。善は拘束されちゃうし、私にも監視がつくし……」
 
 もう散々よ、と私は苦笑した。
 
「そっちはどう? モノダマたちは変わりないかしら」
《大丈夫よ。壱丸ちゃんが面倒見てくれてるから、みんな落ち着いてるわ》
「そう、よかった。アリエッタも、急に店番を任せてしまってごめんなさいね」
《平気よ、こう見えて楽しんでるし。たまに変なお客さんは来るけれど》
「変なお客さん?」
《私が動いてるところを見て、「お人形が動いた!」って腰を抜かした人とか》

 ああ……と妙に納得した。
 アリエッタは西洋人形のような可愛らしい顔立ちと、冷たい陶器のように美しい肌をしている。
 背丈も小柄だから、お人形に見えても無理からぬ話だろう。

《あとはそうね……薄暗い場所で帳簿を整理してたら、今度は幽霊だと思われたみたいでね。叫びながら飛び出して行っちゃったお客さんもいたわ》
「……お店そのものが『いわくつき』って噂されそうね」
 
 私としては、三倉骨董店は至って普通の骨董店として営んでいくつもりだ。
 なのに、開店から間もないこの時期に『幽霊が出る店』などという変な噂が流れては困る。
 一日でも早く戻って、通常営業に戻したいところだ。
 
《そうそう。必要なら、壱丸ちゃんや私が鏡の力でそっちへ行くこともできるからね。……話を聞く限り、社長さんを『封じの間』から連れ出すのは、難しそうだけど》
「やっぱり、そうよね」

 アリエッタも鏡越しに話を聞いていたらしい。
 ユエ子様の不思議な術には、アリエッタも打つ手がないようだ。
 善も全く抵抗できずに押さえつけられていたし、きっと付喪神にはどうにもできない代物なのだろう。
 
「でもありがとう、アリエッタ。本当に心強いわ」
《困ったら遠慮なく呼んで。珠希様は、一人じゃないんだから》
「ええ。また何かあったらお願いするわ」
《任せて。珠希様もどうか気をつけてね》

 アリエッタの柔らかな微笑みが消え、鏡面に私の顔が映し出される。

「あらやだ、酷い顔だわ……」

 なんとも固く険しい自分の表情に、つい顔をしかめてしまう。
 こんな顔でユエ子様と向かい合っていたなんて、と眉根を指で軽く揉んでいると、ふと襖の向こうから、小さく声がした。
 
「失礼いたします。三倉様」
「はい。どうぞ」
 
 静かに開いた襖の向こうから現れたのは、十八歳ほどに見える、一人の可憐な少女だった。