いわくつきの骨董姫

「……話は終わりかえ?」

 やがて、ユエ子様が静かに口を開いた。

「わらわはそなたの講釈を聞くために、この場を設けたのではないぞ。問うておるのは、討伐を引き受けるか否かじゃ」
 
 善の指摘を肯定することも、否定することもなく。
 最初から聞くに値しない戯言であったかのように、ユエ子様は淡々と話を切り上げた。

「改めて問おう、善よ。そなた、刀の付喪神どもを討つ気はあるか?」
「ねェな」

 善は、間髪を容れずに答えた。
 あまりに迷いのない拒絶に、広間がざわめきだす。

「貴様……! 己が生み出した災いにもかかわらず、責任から逃れるつもりか!」
 
 眉間に深い皺を刻んだ紫玄が、噛みつかんばかりの声を上げた。
 
「はなっから俺が原因だって決めつけンなよ。刀たちを破壊したこたァ否定しねェが、今回の怪異が俺のせいだとは限らねェだろ」

 それに、と善は縛られた両手を軽く持ち上げる。

「俺を働かせようってンなら、まずはこいつを解くのが筋ってモンだろうがよ?」
「それはできぬ。ここでそなたを自由にしては、また神蔵の付喪神を破壊されかねん」
「あァそうかィ。なら、せめて珠希を錦花郷へ帰してくれねェか」

 広間の視線が、一斉に私へ向けられた。
 善は私を見ることなく、ユエ子様だけを睨んでいる。

「こいつァこの件とは関係ねェ。三倉家の当主として紹介も済ませた。ここに置いとく理由はもうねェだろ」
「関係がないとは言いきれぬな」

 ユエ子様の返答は、どこまでも平静だった。

「その娘は、そなたの現在の持ち主であろう。主と離されたそなたの霊力や精神に、どのような変化が生じるかも分からぬ。討伐の際に万が一力が発揮されないことがあれば、そなたを連れてきた意味もない。三倉の娘には事態が収束するまで、この屋敷に滞在してもらう」
 
 いかにも合理的な説明に聞こえる。
 けれど、ユエ子様が本当は何を意図しているのか、私と善にはすぐに察せられた。

「おいおい、ちょいと待てよ。珠希は長ェこと骨董守の仕事から離れてたんだぞ。俺が戦線に加わるのはいいとして、珠希が巻き添え食って大怪我でもしたらどうすンだィ」
「ならば、屋敷の中で大人しくしておればよい。不安があるなら、代わりの護衛もつけよう」
「あんな弱っちいのに護衛なんか務まるか。いいから、帰せっつってンだよ」

 先ほどまでのおどけた調子は、もうどこにも残っていない。
 善の灰色の目には、今にも噛みつかんばかりの剣呑な光が宿っていた。
 それでも、ユエ子様は一切動じずに告げる。

「そなたがしかと役目を果たせば、三倉の娘は何事もなく帰れるのじゃぞ。何か問題があるのかえ?」
「問題大アリだよ、このすっとこどっこい」

 善は立ち上がろうとした。
 けれど、手首に巻かれた御札が淡い光を放つと、彼の体は見えない重石に押さえつけられたように、再び畳へ叩きつけられた。

「ンがっ!」
「善!」
「動くな、珠希!」

 思わず腰を浮かせた私を、善が鋭く制した。
 彼は畳に押さえつけられた格好のまま、それでもユエ子様から目を逸らさなかった。

「ケッ、なにが名誉挽回だ。俺を縛るだけじゃ飽き足らず、お姫さんまで屋敷に連れてきて、俺が逃げねェように置いておく。言うことを聞かねェなら、今度はそいつがどうなるか分からねェと脅すつもりだろうが」

 善は歯を剥き出すように笑った。

「そいつァ世間で言うところの、人質ってやつじゃァねェのかィ?」
「そう受け取るならば、それでも構わぬ」
 
 ユエ子様の毅然とした表情は崩れない。
 人質も否定しなかった。
 善はそれが答えだと受け取ったらしい。
 ただ、「カカ」と怒りを押し殺すように、笑っていた。

(……人質、ね)

 想像していたことが、想像通りに現実になった。
 三倉家として断れない立場であったとはいえ、善と共に神蔵家の屋敷に行けば、私は善を従わせるための手札にされる。
 それくらいは、ここに来る前から分かっていたのだ。
 けれど、だからこそ――私はここでただ守られるだけの存在になるつもりはなかった。

「お待ちください、ユエ子様」

 私は静かに声を上げた。
 畳に押さえつけられたまま、善が「珠希」と低い声で私を呼ぶ。
 頼むから口を挟んでくれるな——と、彼の灰色の瞳が訴えていた。
 けれど私は、その視線を正面から受け止めた上で

「善、少し黙っていて。命令よ」

 と言い切った。
 善は苦虫を噛み潰したように眉を寄せていたけれど、決して主人の言葉に逆らうことはしなかった。
 私は改めて姿勢を正し、上座のユエ子様へ目を向ける。

「ユエ子様。討伐を行う前に、まずは私にその怪異を調べさせてはくれませんか」

 私の申し出に、広間のあちこちで戸惑いの声が上がった。
 ユエ子様もまた、険しい表情を見せる。

「そなたは長く骨董守の務めから離れていたのであろう? 怪異を相手にした経験もろくにないのに、どうやって調べるというのじゃ」
「ごもっともな意見にございます」

 私に骨董守としての経験が不足しているのは、紛れもない事実だ。
 ここで虚勢を張ったところで、神蔵家の人々を納得させることはできない。
 だから、私は私の武器を、躊躇いなく出すことにした。

「ですが——私は物の声を聞く力を授かっております。物の心に触れることにかけては、ここにいる誰よりも長けていると自負しております。落武者となったのが、かつてこの地にあった刀たちだというのなら、今なお意思が残っている可能性がございます」
「なにゆえそう思う?」
「彼らは神蔵家の骨董守を積極的に襲う一方で、一般の市民には危害を加えていないのでしょう?」
「そのように報告されておる」
「ならば、彼らは相手を選んでいるということです」

 ただ見境なく暴れているのではない。
 人と骨董守を区別し、そのうえで神蔵家の骨董守だけを狙っている。
 そこには、必ず理由があるはずだ。

「彼らが何を憂い、何を求めているのか。なぜ神蔵家だけを狙うのか。その理由を知らぬまま討ち滅ぼすのは、あまりに早計ではございませんか」
「下手人は、そこにいるではないか!」

 紫玄が苛立たしげに声を上げた。

「煙羅が刀たちを破壊した。それによって怨念が生じ、落武者となって我らを襲っている! 因果など、とうに明らかでしょう!」
「それは、現時点で確認できている事実を繋ぎ合わせた推測にすぎません」

 紫玄の眉が吊り上がる。
 けれど私は、できる限り平静な声を保った。

「善が刀の付喪神たちを破壊したことは、本人も否定しておりません。ですが、彼らがなぜ今になって現れたのか。なぜ善ではなく、神蔵家の骨董守を狙うのか。その説明にはなっておりません」

 善を恨んでいるのなら、最初に善を探そうとするはずだ。
 にもかかわらず、落武者はずっと神蔵家の者ばかりを継続して襲い続けている。

「彼らの行動には、まだ私たちが把握していない目的があるように思えます」
「目的が分かったところで、相手が我らに刃を向けておる事実は変わらぬぞ」

 ユエ子様が静かに告げる。

「話し合いで収まる相手とも限らぬ」
「無論、対話が必要不可欠だと申し上げるつもりはございません。ですが、何も知らぬまま善を戦わせることには、反対いたします」

 畳に押さえつけられていた善が、僅かに顔を上げる。

「相手は、神蔵家の付喪神でも歯が立たぬほど強大な怪異。いかに善が強いとはいえ、確実に無事で戻れる保証はございません」
「珠希、俺ァ――」
「お黙り、善」

 善の言葉を遮り、私は続けた。

「今、彼を所有しているのは、この私です」

 昨日、店でユエ子様に告げた言葉を、今度は広間にいる全員へ向けて繰り返す。

「持ち主の許可もなく、危険な戦いへ差し出されては困ります。万が一、善が破壊されるようなことになれば、私は神蔵家に相応の責任を求めます」
「……っ、立場をわきまえよ、三倉!」

 重鎮の一人が声を荒らげた。
 けれど私は、その男へ視線を向けることなく、ユエ子様だけを見据えた。

「討伐そのものを拒むつもりはございません。必要であれば、善にも相応の責務を果たすよう命じます。ただし、相手の性質も分からぬまま、闇雲にぶつけることは承服できません」

 私は一度息を吸い、深く頭を下げた。

「どうか今一度、調査の機会をお与えください。彼らの声を聞くことができれば、余計な犠牲を出さずに事態を収める方法が見つかるかもしれません」

 重鎮たちは互いに顔を見合わせていた。
 三倉家の当主が出しゃばるなと、苦々しく感じている者もいるだろう。
 不確かな力に頼るべきではないと懸念する者もいるかもしれない。
 けれど、現に神蔵家は多くの犠牲を出し、未だ落武者を討てずにいる。
 今の彼らには、私の提案を一笑に付すだけの余裕はないはずだ。

「……よかろう」
「ユエ子様!」

 ユエ子様の答えに、紫玄が驚いたように声を上げる。
 しかしユエ子様は片手を掲げ、それを制した。

「鴨谷の一件において、この娘が鏡花図屏風の怪異を収めたことは事実じゃ。試す価値はあろう」

 その言葉に、私は僅かに胸を撫で下ろした。
 けれど、ユエ子様はすぐに続けた。

「ただし、条件がある」
「承ります」
「そなたが怪異を調査する際は、必ず神蔵家の者を同行させること。独断で落武者へ近づくことは許さぬ。また、調査によって成果が得られぬ場合は、直ちに善に討伐を命じる」
「……承知いたしました」
「それから」

 ユエ子様の視線が、私から善へと移る。

「調査の間、そなたらを同じ場所へ置くことはできぬ。三倉珠希は客人として、東の離れへ滞在してもらう。善は本邸の封じの間で預かる」
「おい、ふざけんな。珠希に手ェ出したら――」
「調査の際には会わせよう。それ以外の時間は別々じゃ」
「それじゃ俺が、珠希を守れねェだろうが」
「ゆえに、護衛をつけると申しておる」

 ユエ子様は当然のことのように言い放った。

「三倉の娘は調査に協力する客人。そなたは過去に神蔵家の付喪神を破壊した罪人じゃ。同じ扱いを受けられると思うでない」

 善の御札に再び淡い光が宿る。
 彼は歯を食いしばりながらも、今度は立ち上がろうとはしなかった。
 私を見ている。
 無茶をするなと、怒っているようにも見えた。
 けれど、今の言葉を取り消すつもりはない。
 私はユエ子様へ、深く頭を下げた。

「承知いたしました。神蔵家の監督に従い、落武者の怪異を調査いたします」

 善を一人で戦わせるくらいなら、ここに残る。
 たとえ人質として利用されるのだとしても、私には私のやり方で、この状況へ抗うことができる。
 顔を上げた時、善はひどく不満そうに私を睨んでいた。
 けれどその灰色の瞳の奥に、ほんの僅かに安堵の色が滲んでいたことを、私は見逃さなかった。