いわくつきの骨董姫

 三倉統二郎夫妻との決着からちょうどひと月が経った頃――錦花郷のとある裏路地、朱色の斜陽が差し込む瀬戸物屋にて。
 陶継はご満悦とばかりに鼻歌を歌いながら、俺が持ってきた紅茶を湯呑みに注いでいた。

「現代社会ってのは忙しなくていけねぇな。まるでしなびた青菜みてぇな顔じゃねぇか、煙野郎」
「うるせェよ、ジジイ。こちとら、その貴重な紅茶買いつけるのに苦労してたんだ、感謝しやがれ」

 ウッヒッヒ、と気味悪く笑いながら、両手をこすり合わせる陶継。
 少々憎たらしい横顔で、ひびの一つも入れてやりたくなる。
 しかし、陰の功労者たるこの男に対して暴挙を働くわけにもいかないので、俺は煙管をくわえてこらえた。

「三倉財閥のことだがね」

 紅茶をズズッとひと口啜った陶継が、ふと思い出したように口を開く。

「とうとうラジオで放送されちまったよ。
 裏金の流通、闇取引、暴力や強迫まで――瀬戸物どもがずっとひそひそ言ってたことが、ぜぇんぶお天道様のもとに出ちまった」
「あァ、知ってる。繁華街のほうでも号外が配られてたからなァ」

 俺は手にしていた号外を眺めつつ、素通りしてきた繁華街の騒ぎようを思い出した。
 一大財閥のスキャンダルに、戸惑いの声と怒号が飛び交うあの光景――人間社会を二百年見てきた俺でも、そうそうお目にかかれない荒れようだった。
 様々な事業に手を伸ばしていたのだから、それだけ影響も大きかったということだろう。
 関係者が火消しに躍起になっているそうだが、もはや財閥の解体は避けられまい。

「特に統二郎夫妻。いっぺんに消えちまったのがまだ見つからねぇで、警察もいよいよ大動員だってよ」
「ふーん」
「港じゃ統二郎が所有していた車が、とんでもねぇ姿で見つかったって言うじゃねぇか。
 交通事故じゃありえねぇ壊れ方だ、って警官どもが首を傾げているらしい」

 そりゃ交通事故じゃねェしな。 ……という台詞は、あえて言わない。
 このジジイも、すべて知った上で喋っているのだ――なにせ、こいつは夫妻との決着後、匿名で警察に通報した張本人なのだから。
 しかし、俺は今、茶番に付き合ってやる気分ではない。
 すると不意に――カタリ、と店内のどこかで、軽めの磁器の音が鳴る。
 振り向けば、桃色に染められた西洋風のティーセットが目に入った。

「ありゃァ……」
「最近、うちに流れてきたやつさ。前の持ち主のせいで、仲間がひとり粉々になっちまったみたいだが……それ以外はみんな綺麗に手入れされてたよ」
「ふーん」

 遠目に見ただけの印象だが、おそらくは西洋風に作られた国内製のティーセットだ。
 けれど、大切に手入れされていたのだろう――うちにいるモノダマたちのような、温かみのある霊力を感じる。

「そんで、あの麗華とかいう馬鹿令嬢。あれも先月、田舎の親戚の家に引っ込んだらしいが、肩身の狭い生活だそうだよ。
 凋落した元・財閥令嬢、なんて地方じゃいい酒の肴だろうしな」
「けっ、俺からしたらお茶請けにすらしたくねェ話だよ」

 当初は、麗華も叩けばまだまだ(ほこり)が出るだろうと見ていたが――さすがに、親の金で多数の『ツバメ』を飼い慣らしていたと聞いたときは呆れた。
 鏡の中で見たかの理想郷のことを思えば、納得の事実ではあるのだが。
 彼女の身を預かることになった家としても、甚だ迷惑な話だろう。

(……あの親に比べりゃァ、娘はまったく同情できないでもないんだがねェ)

 それでも、あの女がかつて、珠希の心に深手を負わせたのは紛れもない事実……許す道理はない。
 自身が向き合うべきものに対して、頑なに背を向け続けた報いだと考えれば、おおよそ妥当の結末と言えるだろう。

「暁斗のやつも災難だったなァ……」
「お前さんの弟分か。そっちはどうなったんだい?」
「なに、今は順風満帆さ。うちの会社と手を組むことになってから、水を得た魚のように生き生きしてやがる」

 三倉財閥という命綱を失った千代沢産業だが、こちらは俺が先手を打っておいたのが上手く働いた。
 俺は先日、暁斗を通して千代沢社長に『海外に販路を拡大してみないか』と支援を提案していたのだ。
 千代沢社長は俺の提案に乗り、結果的に千代沢産業はギリギリで財閥解体の煽りを食わずに済んだ。
 今、暁斗は新事業に向けて、社員共々邁進(まいしん)しているようだ。
 
「財閥の不正も、おおよそ片付きつつある。あの家の資産は全部、珠希のもとに返還されるが……本人が聞いたら、多分ひっくり返るだろうな」

 今頃は壱丸やモノダマたちの相手をしながら、のんびりとしていることだろう。
 その穏やかな目が驚きで丸くなるさまが、早く見てみたいものだ。
 そう考えながら、俺はゆっくりと席を立った。

「そろそろ帰るかい」
「あァ。薄気味悪ィジジイの顔よりも、お姫様の綺麗な顔を拝みたいんでな」
「ケッ! しれっと惚気(のろ)けやがって。とっとと行っちまえ」

 背後の陶継にひらりと手を振りつつ、店の戸を開け放つ。
 古物のにおいがこもった店内に、冷たくも澄んだ冬風が吹き込んだ。

 *

 叔父たちとの決着から二ヶ月あまり――錦花郷は日に日に肌寒くなってきている。
 木の葉もすっかり落ちきった庭を臨む縁側で、私は修理屋から帰ってきたばかりの湯呑みを眺めていた。

「いい仕上がりじゃない。よく似合ってるわよ、貴方」

 私がそう言って微笑みかけると、湯呑みのモノダマはパタパタと手足を動かして、ありったけの喜びを伝えてきた。
 ここへやってきた初日に割れてしまった湯呑みは、継ぎ目に金粉の飾りを施されて帰ってきて、とても満足げだった。
 私の膝に乗っていた壱丸も、生まれ変わった湯呑みを見て、嬉しそうに尻尾を振っている。

「よかったですねぇ〜! これでまた、みんな一緒に過ごせますね!」

 私たちの周りを囲んでいる食器や玩具などのモノダマたちも、帰ってきた仲間に「おかえりなさい」とでも言うように、カチャカチャと合唱中だ。
 湯呑みをひとしきり眺めた私は、
  
「ちょうど美味しいほうじ茶を頂いたところだし、使わせてもらおうかしら。そこの鉄瓶さん、お湯を沸かしてくれるかしら?」

 と、モノダマにお願いする。
 それを聞いた壱丸はさらに尻尾の動きを加速させて、私の膝からぴょんと飛び降りた。

「ぼくもお茶したいです! 珠希さま、一緒にお茶会しましょ〜!」
「はいはい、壱丸はホットミルクね」
「わあい! じゃあぼく、お煎餅(せんべい)持ってきますね〜!」

 壱丸が意気揚々と廊下を走り出そうとした時、

「珠希。ちいと話があるんだが」
 
 そこへ善が分厚い封筒を手にやって来て、私の隣に腰を下ろす。
 なにやら神妙な面持ちで、声音もいつもより落ち着いているから、私も無意識に背筋を伸ばした。

「三倉家の件かしら?」
「おう。あの一家の悪事が正式に報道されて、三倉財閥は事実上解体だ。そこはこの前も話したな?」
「ええ。あの人たちの性根を知っていれば、むしろ遅すぎるくらいだわ」
「で、ここからが本題なんだが」

 善は一旦言葉を切ると、封筒を私に差し出した。

「奴らの資産は本来の後継者……つまりアンタに、全部戻ってくることになった」

 私は受け取った封筒を開き、同封された資産の一覧に目を通した。
 一枚、また一枚と視線を走らせ――そして、思考が止まった。

「……ちょっと待って。なによ、この数字」

 何度か目を擦ったり、瞬きをしたりしてみるけれど、何度見ても変わらない。
 今まで見たこともない数字が、そこに記されていた。

「ねえ……これ、ケタは合っているの? 計算は間違えてない?」
「んにゃ、合ってるぜ。財閥そのものを解体して、諸々全部精算した上での金額がそれだ」

 ……お父様やお祖父様はかなり頻繁に骨董品を収集していたから、我が家がそれなりに裕福だということは幼心にも察していた。
 しかし、だとしても、諸々の精算を終えてもなおこの金額とは……。

「これは……素人が迂闊に動かしたらいけないやつね……」
「カカカッ、そりゃそうだ。アンタの懐事情、昨日までとはまるで別物だぜ」
「笑い事じゃないのよ。これ、下手に触ったら国に怒られるやつじゃない……」

 私は深く息を吸い、善一のほうへ向き直る。

「善……アンタ、資産運用できる?」
「もちろん、これでも商社の社長だからな。ひととおりの知識はあるぜ。ネコババもしねェから安心しな」
「当たり前でしょ。アンタがそんなことしないのは分かってるわ」
「そりゃよかった」

 とりあえず、当面は善に経理関係を丸投げすることになりそうだ。
 その間に、私もきちんと資産のことを勉強しなければなるまい。

「すごいです、珠希さま! 正真正銘の大金持ちですよ!! しかも三倉家初の女性当主さま! かっこいい〜!」
 
 私の足元で、壱丸が前足をばたつかせながら、ぐるぐるとその場を忙しなく回りはじめる。
 ずいぶん興奮しているようで、声を上げるのと同時にヘッヘッヘッと息を荒らげていた。

「壱丸、分かったから落ち着きなさいな……」
「無理です! めでたいです! ぼくも胸がいっぱいです〜!」

 壱丸は台所や客間などを駆け回って、モノダマたちへ「今日はお祝いですよ〜!」と叫ぶ。
 すると、それまで静かにしていたお皿や湯呑みのモノダマたちまで出てきて、カチャカチャ踊り出した。
 壱丸はモノダマたちの行列を引き連れて、そのままぴゅーん! とどこかへ走っていった。

「……なんか、頭が追いつかないわ」
「まァ、そうだよな。実感が湧かねぇのも無理はねェ。だが……」

 善は一呼吸おいて、私をまっすぐ見つめながら続けた。

「それは紛れもなく、珠希が取り戻したものだ」
「でも、善がいなかったら、こうはならなかったわ」
「俺ァアンタに使われていただけだ。アンタに手に取られて、意志を受け取って初めて、俺は動くことができる」
「アンタは私を買いかぶりすぎよ」

 だって、この光景は、彼がいなければ手に入れられなかったものだ。
 かつて家を奪われ、家財を奪われ、親も失った私が、こうして笑い合える『家族』を得た。
 壱丸が歌い、モノダマたちがあちこちで踊りだす――こんな騒がしくも穏やかな日々をくれたのは、他でもない善だ。

「ねえ、善。私、新しい目標ができたの」
「ほォ?」

 善が煙管を咥えた格好で、私を見つめる。
 灰色の瞳に、私の微笑が映り込んでいた。

「売られた他の家財たちに、みんなに、また会いたいの」

 叔父夫婦に奪われて、散り散りになったあの子たち。
 彼らは私の第二の家族だ。
 また、あの頃のような楽しい話がしたい。

「状況が落ち着いて、春になったら、みんなを取り戻しに行きたい。きっと大変な旅になると思うけど……付き合ってくれる?」
「あァ。果てまで付き合うさ。俺ァアンタの道具だからな」

 即答だった。
 躊躇いなど一切感じられない、まっすぐな声で返して、善はニッと口角を吊り上げた。

「ふふ、そう言ってくれると思っていたわ」

 特に、道具だから、と言うあたりがなんとも彼らしい。
 私もまた、彼と同じように、ニッと口角を上げた笑顔で返した。

「ありがとう、善」
 
 私は彼が咥えていた煙管を奪い取ると、彼の着物の衿をぐいっと掴み、体を引き寄せた。
 呆けた顔をした善の唇を奪った瞬間、彼の体がギクリと動揺したのが伝わってくる。
 花街で交わしていた、柔らかく触れるだけの口づけとは違う。
 私のものだと認識させるための、深く刻みつけるようなキス。

「これからもこき使われてちょうだいね。私の付喪神さん?」

 私はそっと善の唇から離れ、彼の驚愕した顔を楽しむように見つめた。
 善は数秒ほど目を瞬かせていたけれど、やがて――

「……あァ、敵わねェな。アンタにァ」

 と顔を隠して俯いた。
 灰色の髪の隙間から見えた彼の耳は、火が入ったように赤かった。


 四章「骨董姫と最強の付喪神」・了