いわくつきの骨董姫

「そうだ、百貨店に行こう」

 回復した次の日、善は唐突にそんなことを言って、気分転換だとばかりに私を街へ連れ出した。
 そして今、私は錦花郷の大通りに建つ百貨店の前にいる。
 混凝土(コンクリート)の白い外壁に、天井の高いアーチ窓、外灯に映える看板――帝都のそれにも負けない、立派な建物だ。

「ほら、壱丸。動いちゃダメよ。今はぬいぐるみのフリでしょ」
「ウウウ……でも、楽しみすぎて尻尾が動いちゃいます……!」
「カカ、壱丸は百貨店なんて初めてだもんなァ。だが、ここから先は我慢だぜ」
 
 私はぬいぐるみのフリをした壱丸を抱えながら、善の後に続く。
 建物の回転扉をくぐると、ピカピカに磨かれた内装と、上品で華やかな電飾に歓迎される。
 宝石箱のようにきらびやかな世界を前に、私の胸はときめいた。

「わあ……すごい。前に来たときより、ずっと立派になったわね」
「去年改装されたばかりだからな。最新式のエレベーターもあるんだぜ。ほら、洋品売り場はこっちだ」

 善に連れられるまま、私はエレベーターに乗り、三階の洋品売り場にやって来る。
 現れたショーウインドウの向こうでは、艶やかなワンピースやブラウスをまとったマネキンたちが整列していて、やってくる客を迎えている。
 どの服も素敵で、つい目移りしてしまいそうだ。

「どれ、まずは珠希の新しい服から見ていくか。今持っている着物だけじゃちょいと不便だろう?」
「確かにそうかも……」

 私は普段用の着物を何着か持っているけれど、よそ行き用の着物は一着しかない。
 それも、遊郭を出る時に餞別で贈られたものなので、少々華やかすぎるのだ。
 ほどほどに街になじめる洋服も一着くらい欲しいところだった。
 善はとある洋服店に入ると、開口一番

「俺の嫁に似合う服をいくつか見繕ってくれ! 予算は気にするな、いくらでも出す!」

 となんとも富豪らしい台詞を添えて店員に注文していた。
 ……いや、注文というか、もはや号令だった。
 突然の上客の登場に店員たちは目をキラリと光らせ、私はものの見事に彼女たちの着せ替え人形と化したのだった。

「こちらのお帽子はいかがですか?」「今は足を少し見せるお洋服が流行りですよ」「このようなパンプスもよろしいかと」「アクセサリー選びもお任せください」

 といったなめらかなセールストークの嵐に翻弄されつつ、あれよこれよと色んなものを身につけさせられ、私は善のもとへと搬出された。
 善は私を見ると、ピュウ、と口笛を吹いて満足げに笑う。

「おお、こいつァ想像以上だなァ! 似合うじゃねェか、珠希」
「そ、そう? 初めて着たからよく分からないんだけど……変じゃないかしら」
「んなことねェよ。振り返って鏡見てみな」

 背後の姿見に映し出された自分を見て、私は言葉を失った。
 エメラルドグリーンのシルクのワンピースに、レースの手袋。
 大ぶりのイヤリングに、ヒールが高めのパンプス。
 ハンドバッグやハットまで、身につけたことのない品々が私を綺麗に飾っている。

「すごい……! 自分でも吃驚だわ……」

 遊郭で純和風の着物ばかり着ていた私が、ここまで洋服にハマるとは思わなかった。
 まったく新しい、モダンガールの私が誕生していた。

「やっぱり俺の目に狂いはなかったな。珠希なら絶対に似合うと思ってたんだ!」

 善が私以上に嬉しそうな声で言う。
 もう一度後ろを振り返れば、そこには未だかつてないほどの輝かしい笑みを浮かべる善がいた。
 それはもう、満開の花畑のような笑顔だ。
 遊郭通いをしていた頃を顧みても、善がここまでの笑顔になったことはない。

「なんでアンタがそんなに嬉しそうなのよ……」
「え? そりゃァ、自分の嫁がとびきり可愛くなって嬉しくならねェ野郎はいねェだろうよ」

 ……以前から感じていたけれど、この男、小っ恥ずかしい台詞をぺろっと言う。
 照れや躊躇いがなさすぎて、いっそ清々しいかもしれない。
 私の背後の店員たちも「きゃーっ」と小さな声で騒いでいた。

「あらまあ、新婚さんかしら? うふふ」
「綺麗な奥さんねえ、旦那さんが嬉しそう」
「いいわぁ、うちの主人もあれくらい言ってくれれば……」
「というか、旦那さんも男前じゃない?」

 ……なんだか、店員どころか周囲のお客さんも私たちを見ている気がする。
 善の声がよく通るから、みんな注意を引かれてしまったのだろうか。
 彼も彼で美丈夫だから、他のご婦人たちの目がほの字になっているし。

「よし、これをまとめて一式買おう」

 善が即断即決で財布を取り出したのを見て、私はふとワンピースの値札をチラリと盗み見た。

(……待って。待って!? 善はこれを買う気なの!?)

 大雑把に見た値札の数字は、桁の数からしておかしかった。
 ……いや、試着した時点で、普通の洋服とは別格であることには気づいていたのだ。
 洗練されたシャープなデザインと、極上の肌触り――今まで触れてきたものとは次元が違う。

「こ、こんなに高いもの……いいの?」
「もちろん。こんなに似合ってんだ、むしろ買わなきゃ損だろ」

 善が力説している後ろで、店員たちもしきりに頷いている。
 確かに、表向きは富豪の妻なのだから、それなりの格好をしなければならないというのは理解できる。
 けれど、それにしたってこの額は……。

「いっそ俺の分も買うか! 珠希がモガになるなら、俺もモボにならねェとだろ!」

 さらなる買い物宣言に、私はぎょっとした。
 豪快な人だとは思っていたけれど、金遣いもここまで豪快だと色々不安になる。