「ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……」
頭の上から降り注ぐ蝉時雨と、肌を灼くような眩しい太陽は、まさに“青春の証”である。かつて、そんな名言をドヤ顔で残した男・皐月宏斗の高校最初の夏休みは、現在、文化祭の準備によって絶賛すべて潰されている最中だった。
「俺の、俺の貴重な夏休みがあぁぁぁぁぁ!!」
時計の針を、一ヶ月前へと巻き戻す。
『き、君……っ!! ギターヴォーカル、できたりしないかい……っ!?』
あの薄暗い音楽室で、地味な軽音部の部長にガシッと両手を掴まれたのが、すべての始まりだった。だらっだらに汗をかき、今にも心不全で死にそうな顔で宏斗の手を握りしめていた部長。あの凄まじい気迫に圧され、つい勢いでコクコクと頷いてしまった時には、まさか自分の夏休みが丸ごと消滅するなんて、1ミリも思いもしなかったのだ。
『ほっっ!! 本当かい!?!?』
『あ……え? はい……』
『ありがとうよ! 君は、僕たちのヒーローだ!!』
絶対に面倒くさいことに巻き込まれた。それは分かっていたけれど。
“ヒーローだ”
現実世界であれほど嘲笑され、泥に塗れたその言葉を真っ直ぐにぶつけられて、正直、少しいい気分になってしまったのは否めない。
「……で、つまり。本来のギターヴォーカルの先輩が怪我をして文化祭のライブに出られなくなっちゃったから、その助っ人をしてほしい、と」
クーラーの効かない自室で、頭をガリガリと掻きながらライブの企画資料に目を落とす。
「そんで……ここからオリジナル曲を作るだと!? ふざけんな! 間に合うわけねぇだろ!」
『で、でも皐月くん、作詞作曲の経験あるって……』
『でもそれとこれは……っ』
『皐月くん! 君ならできる! 僕たちも夏休み、死ぬ気で練習するからさ!』
脳内で激しい葛藤が渦巻いたが、どうしても、あの必死な目を突っぱねることはできなかった。音楽が、ギターが好きだということはもちろんだったけれど。
“君は僕たちのヒーローだ”
あの時かけられた言葉が、どうしても脳裏から離れてくれなかったのだ。
_____________
「ここのBメロ……もっと落ち着かせるか。いや、サビ前で一気に開かせた方が……」
口では文句を言いながらも、宏斗は満更でもない様子で、夏休み中とにかくひたすらギターをかき鳴らした。驚くほどにインスピレーションが止まらない。現実世界での鬱屈とした想い、この世界への戸惑い、すべての感情がそのまま音になっていくのがリアルに分かった。
『ひろ、感情が音に乗るタイプは、伸びるよ。苦しい時ほど、いい音が出るんだって』
ふと、ベースを構えた姉・怜のあの真剣な横顔と言葉が、鼓膜の奥で蘇る。ピッキングの手を止め、消しゴムの滓だらけになったぐしゃぐしゃの作詞ノートを見つめた。
苦しい時ほど、いい音が出る。
そう思考した瞬間、脳裏にあの男の顔が…白銀の髪を持つ“如月律”の、冷徹な横顔が浮かび上がった。
「……あいつなら、すぐにいい曲作っちまうんだろうな」
無意識のうちにギターのネックを強く握りしめていて、心臓が、憎たらしいほどにギチリと締め付けられた。
顔が良くて、勉強もできて、スポーツ万能。なら、きっとギターも、歌唱力も、作詞作曲だって、あいつならいとも簡単に、完璧にこなしてしまうのだろう。そんなこと、言わずもがな分かっていた。
_____________
8月10日。
「部長、曲、できました」
真夏の炎天下の中、俺は部長の自宅である、狭くてむさくるしい和室の部屋に招かれていた。じっとりと汗をかいた麦茶のコップ。今にも首がもげて分解してしまいそうな、カタカタと鳴る古い扇風機。宏斗を含めた軽音部のメンバー四人は、畳の上に広げられた、乱雑にコードが書き殴られた用紙をじっと見つめていた。
「ま、紙を見ただけじゃ分かんないっすよね」
宏斗はポケットからスマホを取り出し、あらかじめ録音しておいたデモ音源を再生させた。シャカシャカと、チープなスピーカーからベースラインとギターの音が流れ出す。その瞬間、外で鳴り響いていた蝉の声も、扇風機の軋む不快な音も、誰も気にならなくなっていた。
部屋の中の空気が、一瞬で変わる。全員が、息をするのも忘れたように、宏斗の紡いだ泥臭くも圧倒的な「音楽」に吸い込まれていた。長い沈黙のあと、部長が震える声で呟いた。
「これ……本当に、君が作ったのかい?」
「そうですけど」
宏斗が少し照れくさそうに鼻を擦った瞬間、部員たちは弾かれたように立ち上がり、一斉に自分の楽器を取りに走った。
「早く、練習しよう! 最高の形にして、文化祭でこの曲を届けよう!」
あんなに地味で、頼りなく見えた軽音部の先輩たちが、逆光の中で一瞬、もの凄く輝かしいものに見えた。胸の奥が熱くなる。宏斗も自分のギターを握りしめて立ち上がった。
「良いっすね。で、練習するスタジオってどこなんですか?」
「こっちだ! すぐ近くだから着いてきて!」
よし、スタジオでガンガン音を合わせるぞ、と意気込んだ宏斗だったが、部員たちに腕を引っ張られ、猛暑の屋外へ連れ出された先で、その場に思い切りズッコケそうになった。
目の前に広がっていたのは、青々とした草が生い茂り、キラキラと夏の光を反射する、どこまでも広い川の流れ。
「土手沿いかよ!!!!!」
遮るもののない直射日光の下、先輩たちは嬉々としてアンプをセッティングし始めていた。
頭の上から降り注ぐ蝉時雨と、肌を灼くような眩しい太陽は、まさに“青春の証”である。かつて、そんな名言をドヤ顔で残した男・皐月宏斗の高校最初の夏休みは、現在、文化祭の準備によって絶賛すべて潰されている最中だった。
「俺の、俺の貴重な夏休みがあぁぁぁぁぁ!!」
時計の針を、一ヶ月前へと巻き戻す。
『き、君……っ!! ギターヴォーカル、できたりしないかい……っ!?』
あの薄暗い音楽室で、地味な軽音部の部長にガシッと両手を掴まれたのが、すべての始まりだった。だらっだらに汗をかき、今にも心不全で死にそうな顔で宏斗の手を握りしめていた部長。あの凄まじい気迫に圧され、つい勢いでコクコクと頷いてしまった時には、まさか自分の夏休みが丸ごと消滅するなんて、1ミリも思いもしなかったのだ。
『ほっっ!! 本当かい!?!?』
『あ……え? はい……』
『ありがとうよ! 君は、僕たちのヒーローだ!!』
絶対に面倒くさいことに巻き込まれた。それは分かっていたけれど。
“ヒーローだ”
現実世界であれほど嘲笑され、泥に塗れたその言葉を真っ直ぐにぶつけられて、正直、少しいい気分になってしまったのは否めない。
「……で、つまり。本来のギターヴォーカルの先輩が怪我をして文化祭のライブに出られなくなっちゃったから、その助っ人をしてほしい、と」
クーラーの効かない自室で、頭をガリガリと掻きながらライブの企画資料に目を落とす。
「そんで……ここからオリジナル曲を作るだと!? ふざけんな! 間に合うわけねぇだろ!」
『で、でも皐月くん、作詞作曲の経験あるって……』
『でもそれとこれは……っ』
『皐月くん! 君ならできる! 僕たちも夏休み、死ぬ気で練習するからさ!』
脳内で激しい葛藤が渦巻いたが、どうしても、あの必死な目を突っぱねることはできなかった。音楽が、ギターが好きだということはもちろんだったけれど。
“君は僕たちのヒーローだ”
あの時かけられた言葉が、どうしても脳裏から離れてくれなかったのだ。
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「ここのBメロ……もっと落ち着かせるか。いや、サビ前で一気に開かせた方が……」
口では文句を言いながらも、宏斗は満更でもない様子で、夏休み中とにかくひたすらギターをかき鳴らした。驚くほどにインスピレーションが止まらない。現実世界での鬱屈とした想い、この世界への戸惑い、すべての感情がそのまま音になっていくのがリアルに分かった。
『ひろ、感情が音に乗るタイプは、伸びるよ。苦しい時ほど、いい音が出るんだって』
ふと、ベースを構えた姉・怜のあの真剣な横顔と言葉が、鼓膜の奥で蘇る。ピッキングの手を止め、消しゴムの滓だらけになったぐしゃぐしゃの作詞ノートを見つめた。
苦しい時ほど、いい音が出る。
そう思考した瞬間、脳裏にあの男の顔が…白銀の髪を持つ“如月律”の、冷徹な横顔が浮かび上がった。
「……あいつなら、すぐにいい曲作っちまうんだろうな」
無意識のうちにギターのネックを強く握りしめていて、心臓が、憎たらしいほどにギチリと締め付けられた。
顔が良くて、勉強もできて、スポーツ万能。なら、きっとギターも、歌唱力も、作詞作曲だって、あいつならいとも簡単に、完璧にこなしてしまうのだろう。そんなこと、言わずもがな分かっていた。
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8月10日。
「部長、曲、できました」
真夏の炎天下の中、俺は部長の自宅である、狭くてむさくるしい和室の部屋に招かれていた。じっとりと汗をかいた麦茶のコップ。今にも首がもげて分解してしまいそうな、カタカタと鳴る古い扇風機。宏斗を含めた軽音部のメンバー四人は、畳の上に広げられた、乱雑にコードが書き殴られた用紙をじっと見つめていた。
「ま、紙を見ただけじゃ分かんないっすよね」
宏斗はポケットからスマホを取り出し、あらかじめ録音しておいたデモ音源を再生させた。シャカシャカと、チープなスピーカーからベースラインとギターの音が流れ出す。その瞬間、外で鳴り響いていた蝉の声も、扇風機の軋む不快な音も、誰も気にならなくなっていた。
部屋の中の空気が、一瞬で変わる。全員が、息をするのも忘れたように、宏斗の紡いだ泥臭くも圧倒的な「音楽」に吸い込まれていた。長い沈黙のあと、部長が震える声で呟いた。
「これ……本当に、君が作ったのかい?」
「そうですけど」
宏斗が少し照れくさそうに鼻を擦った瞬間、部員たちは弾かれたように立ち上がり、一斉に自分の楽器を取りに走った。
「早く、練習しよう! 最高の形にして、文化祭でこの曲を届けよう!」
あんなに地味で、頼りなく見えた軽音部の先輩たちが、逆光の中で一瞬、もの凄く輝かしいものに見えた。胸の奥が熱くなる。宏斗も自分のギターを握りしめて立ち上がった。
「良いっすね。で、練習するスタジオってどこなんですか?」
「こっちだ! すぐ近くだから着いてきて!」
よし、スタジオでガンガン音を合わせるぞ、と意気込んだ宏斗だったが、部員たちに腕を引っ張られ、猛暑の屋外へ連れ出された先で、その場に思い切りズッコケそうになった。
目の前に広がっていたのは、青々とした草が生い茂り、キラキラと夏の光を反射する、どこまでも広い川の流れ。
「土手沿いかよ!!!!!」
遮るもののない直射日光の下、先輩たちは嬉々としてアンプをセッティングし始めていた。


