ひろくんのヒーロー様

“バタバタバタッ……”

人通りの多い廊下で、さっそく少女漫画お決まりのイベントが発生した。お盆に載せた大量のプリントを、女子生徒が盛大にぶちまけたのだ。

よし、キタ……!

内心で激しくガッツポーズをしながら、俺は日頃の練習の成果を出すべく、お得意のミステリアス(風)ヒーロー様を演じて歩み寄る。流れるような動作でしゃがみ込み、スマートにプリントを集めた。

「大丈夫?」

顔を上げ、渡す瞬間には口角をほんの数センチだけ上げる、完璧な微笑み。

「あっ……あ、ありがとうございます……!」

狙い通り、目の前の女子生徒はポッと頬を林檎のように赤らめる。ついに、俺のヒーロー願望が叶いかけた……そう確信した、次の瞬間だった。

「プリント、こっちにまで飛んできてたけど」

真後ろから響いたその声に、廊下の空気が一瞬で凍りついた。透き通るように甘く、どこか冷ややかな声音。同時に、さらりと風に流れるようにして、瑞々しいシトラスの香りが俺の鼻腔をくすぐる。

さっきまで騒がしかった廊下が、一瞬にして浮ついたような、熱を帯びた静寂へと変わっていく。ふと目の前を見れば、プリントを受け取ったばかりの女子生徒が、今度は顔を爆発しそうなほど真っ赤にして俯いていた。

「きっ……如月くん……! ありがとう……っ」

如月……?
彼女の熱い視線を追うようにして、俺がゆっくりと振り返った先。そこには、もはや言葉では形容できないほどの、本物の『ヒーロー』が立っていた。

「別に。……ただ、足元に飛んできただけだから」

少し目にかかる、柔らかな白銀の髪。それが廊下に差し込む日の光を浴びて、透き通るようにきらきらと輝いている。高く通った鼻筋に、長いまつ毛が綺麗な影を落としていた。わずかに動いたピンク色の唇すら、絵画のように美しい。イケメン、なんてチープな言葉じゃ物足りない。この世界の中心に立つために生まれてきたような、圧倒的に浮世離れした容姿。

“本物のヒーロー”を前にして、全身の活力が一瞬で指先から抜けていくのが分かった。思い知らされてしまった。自分が必死に演じていたヒーローなんて、ただのお遊戯会レベルの、痛い偽物でしかなかったのだと。

男だの女だの、そんな壁すら関係ない。あいつはただ、そこに“存在しているだけでヒーロー”だった。

「……っくそ」

下唇を強く噛みしめる。めちゃくちゃに、悔しかった。
あまりにも格が違いすぎて、いっそ笑えてくるほどに。

でも…だからこそ、俺の胸の奥の、あの不格好なヒーロー願望がふつふつと燃え上がった。

見てろよ。お前から、その完璧なヒーローの座、絶対に奪ってやる……!