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スタジオを出ると、夜の空気はひんやりとしていた。怜はベースを背負い直しながら、俺の横を歩く。
「ひろ、アイス買って帰ろ。チョコミントでいい?」
「……なんで勝手に決めんだよ」
「はいはい、反抗期」
音を鳴らしたおかげで、胸の奥の重さはほんの少し軽くなっていた。怜は、普段こそ胡坐をかいて弟をこき使うような姉だけれど、俺が沈んでいる時だけは、何も聞かずに手を引いてくれた。
心地よい空気が流れる中、肩を並べて歩いていると、鬱蒼とした人影が近づいてきた。
「おい、そこの二人」
路地の暗がりから、酒臭い息をまとった男がふらつきながら近づいてきた。酔っているのは明らかだった。姉の怜が一歩だけ、俺の前に出る。
「すみません、通してもらえます?」
「はぁ?なんだその態度」
怜は元から気が強い。そのせいか、やたらと冷たい発言を飛ばす癖があり、それが男の逆鱗に触れてしまった。男は怜の腕を掴もうとし、怜が身を引くと、男の鋭い視線が宏斗に移る。
「邪魔なんだよ、ガキが!」
俺の喉が、ひゅっと鳴った。姉とは反対に、威勢もなく、ほんの少し手足が震えていたのが我ながら情けなかった。でも、怜が自分のために、ベースを背負って外に連れ出してくれたことを思い出すと、胸の奥で、あの“ヒーロー願望”が無理やり顔を出した。
「さっ…さわんな…」
か弱く情けない声で、俺は男の前に立った。さっきよりも、夜風が冷たく感じるのに、それでも汗が首筋を伝っていく。頼りない背中を広げて、大事な姉を守る。そんな背中を、怜は目を熱くさせて眺めていた。
「大丈夫。俺が……守るから」
あぁ、ずっと言ってみたかったんだ。少女漫画のヒーローみたいに、言ってみた。
本当は怖くてたまらないのに、ようやく憧れていたヒーローになれた気がしたんだ。
けれど、酔っ払いの男は一瞬ぽかんとした後、鼻で笑った。
「は?何言ってんだお前」
男の手が俺の胸を突いた。バランスを崩して後ろへよろめいた瞬間、頭の奥であの昼間の笑い声が蘇った。
本物のヒーローなら、こんな時でも迷いもせず、誰かを安心させて、悪役をねじ伏せ、格好よく守り切るのだろう。なのに俺は、怖くて足が震えて、それでも前に立つことしかできなかった。
「ヒーロー気取りかよ。笑わせんな」
男が拳を振り上げると同時に、俺は咄嗟に怜を庇うように抱きしめた。
鈍い衝撃音が、閑静な町中に響き渡る。
失いかけていた意識を必死に保とうとする視界の隅で、夜空の月が、やけに眩しく滲んでいた。
耳の奥で、怜の叫ぶ声が、遠く遠くで響いていた。
スタジオを出ると、夜の空気はひんやりとしていた。怜はベースを背負い直しながら、俺の横を歩く。
「ひろ、アイス買って帰ろ。チョコミントでいい?」
「……なんで勝手に決めんだよ」
「はいはい、反抗期」
音を鳴らしたおかげで、胸の奥の重さはほんの少し軽くなっていた。怜は、普段こそ胡坐をかいて弟をこき使うような姉だけれど、俺が沈んでいる時だけは、何も聞かずに手を引いてくれた。
心地よい空気が流れる中、肩を並べて歩いていると、鬱蒼とした人影が近づいてきた。
「おい、そこの二人」
路地の暗がりから、酒臭い息をまとった男がふらつきながら近づいてきた。酔っているのは明らかだった。姉の怜が一歩だけ、俺の前に出る。
「すみません、通してもらえます?」
「はぁ?なんだその態度」
怜は元から気が強い。そのせいか、やたらと冷たい発言を飛ばす癖があり、それが男の逆鱗に触れてしまった。男は怜の腕を掴もうとし、怜が身を引くと、男の鋭い視線が宏斗に移る。
「邪魔なんだよ、ガキが!」
俺の喉が、ひゅっと鳴った。姉とは反対に、威勢もなく、ほんの少し手足が震えていたのが我ながら情けなかった。でも、怜が自分のために、ベースを背負って外に連れ出してくれたことを思い出すと、胸の奥で、あの“ヒーロー願望”が無理やり顔を出した。
「さっ…さわんな…」
か弱く情けない声で、俺は男の前に立った。さっきよりも、夜風が冷たく感じるのに、それでも汗が首筋を伝っていく。頼りない背中を広げて、大事な姉を守る。そんな背中を、怜は目を熱くさせて眺めていた。
「大丈夫。俺が……守るから」
あぁ、ずっと言ってみたかったんだ。少女漫画のヒーローみたいに、言ってみた。
本当は怖くてたまらないのに、ようやく憧れていたヒーローになれた気がしたんだ。
けれど、酔っ払いの男は一瞬ぽかんとした後、鼻で笑った。
「は?何言ってんだお前」
男の手が俺の胸を突いた。バランスを崩して後ろへよろめいた瞬間、頭の奥であの昼間の笑い声が蘇った。
本物のヒーローなら、こんな時でも迷いもせず、誰かを安心させて、悪役をねじ伏せ、格好よく守り切るのだろう。なのに俺は、怖くて足が震えて、それでも前に立つことしかできなかった。
「ヒーロー気取りかよ。笑わせんな」
男が拳を振り上げると同時に、俺は咄嗟に怜を庇うように抱きしめた。
鈍い衝撃音が、閑静な町中に響き渡る。
失いかけていた意識を必死に保とうとする視界の隅で、夜空の月が、やけに眩しく滲んでいた。
耳の奥で、怜の叫ぶ声が、遠く遠くで響いていた。


